ザルツブルクの『ドン・カルロ』の衣装デザイン

ザルツブルク音楽祭の『ドン・カルロ』をArteによるTV中継で観た。
休憩も含めて5時間以上の超長尺ヴァージョンだったので、肝心なところでウツラウツラ
してしまい、オペラをしっかり鑑賞したとは言えないので、視覚的に印象に残ったコス
チュームに関して書き留めたい。

舞台装置・デコールが非常に簡素で重厚さに欠け、デザイン的にもイマイチ練りとひねりが
足りないのは少々残念だったが、衣装デザインは素晴らしく練られて、歴史的スタイルを
換骨奪胎しながら、舞台映えもして機能的になっている点を評価したい。
衣装デザイン担当は、Annamaria Heinreich。

以下、ザルツブルク音楽祭サイトの写真と、デザイン・モデルにしたであろう肖像画とを
見比べてみよう。


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© Monika Rittershaus

まず、フォンテーヌブローの場での衣装には、かなりがっかりさせられた。
毛皮の付いた外套を羽織ったこの二人の写真だけ見たら、ドン・カルロとエリザベッタだとは
到底思えない。ロシアかどこか東欧風の色使いのドレスに毛皮である。しかも、ダサいと
しか言いようのない帽子。エリザベッタはフランス王の息女で、母親はメディチ家出身である。
当時最新のモードを着こなして当然のプリンセスなのに、田舎っぽすぎる。

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    エリザベート・ド・ヴァロワ(1560年) Antonis Mor画 Varez Fisa Collection

スペイン王に嫁いだフランス王女ともなれば、↑のような豪奢さを見せつけて当然。
もしかしたら、オペラの衣装デザイン担当のハインライヒ女史は、この絵からインスピレー
ションを得て、舞台用に簡素化したのかとも思われるのだが、色づかいが安っぽい。


また、ドン・カルロの舞台衣装として定番化しているのが、提灯ブルマーとびらびらフリルの
襟元だが、今回の衣装デザインでは、そのどちらも採用されなかった。衣装デザイナーの画期
的決断とも言えよう。

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      ドン・カルロス(1557~1559年頃) Sanchez Coello画 プラド美術館

この絵に描かれたドン・カルロスは、エリザベート・ド・ヴァロワとフェリペ2世が結婚した
頃で少年の趣が残る。 だから、提灯ブルマーも似合っている。
しかし、舞台上では動きにくく暑いという欠点があるため、今回の舞台衣装に提灯ブルマーは
採用されなかった。
そして同時に、フリルの襟元も不採用。これも、機能性重視のためだろうか。それとも、
スリムなズボンとブーツというスタイルに合わせてのデザイン上のマッチングのためか。

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© Monika Rittershaus

フリルなしで、普通のワイシャツみたいな打ち合わせのブラウスを下に着ているのが、やはり
デザイン的にイマイチ好みではなかったのだが、舞台が暑いのか、熱演・熱唱のため暑くなる
のか、それともファン・サーヴィスのためか、ブラウスの襟元を開けて胸元近くまで見せる
ことが結構多いカウフマンであった。

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   © Monika Rittershaus      現代的で動きやすそうな衣装

                         
また、彼のキュートなクルクル巻き毛の魅力を生かすためか、羽根飾りや宝石の付いた帽子も
なし。

ところが、ハンプソン演じるロドリーゴは肖像画のドン・カルロスそっくりな素敵な帽子を
被っていて、それがまたよく似合うのだった。

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  © Monika Rittershaus           ロドリーゴの帽子が素敵!


この写真のフェリポの衣装は、フェリペ2世の肖像画そっくりである。間違い探ししても
違いが見つけにくいほど、考証がしっかりしている。帽子や上着の質感、首から下げた
金羊毛騎士団のメダルに至るまで、下の絵から抜き出てきたかのよう。

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       フェリペ2世(1565年) Sofonisba Anguissola画 プラド美術館収蔵

この肖像画を描いたソフォニスバ・アングィッソラというイタリア人女流画家は、スペイン
宮廷ではエリザベート王妃の女官として仕えかつ王妃に絵を教えていた人だという。
彼女の描いたエリザベートの肖像画も美しい。

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    エリザベート・ド・ヴァロワ(1561~1565年ごろ) Sofonisba Anguissola画
            プラド美術館

この絵の黒いローブに縦に入っている刺繍模様が、オペラの舞台衣装デザインに取り入れら
れている。

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                               © Monika Rittershaus

黒地に白の刺繍模様が、ここではローブ全体のモチーフになっている。
アニア・ハルテロスは、すらりと長身で顔立ちも細面でノーブルで、全体的に王妃にふさわ
しい気品が漂うから、どんなドレスでも似合う。デザイナーにとって理想的というかデザイン
のし甲斐・着せ甲斐のある歌手だろう。

今回のドン・カルロ掟破りとしては、エボリ公女のアイ・パッチなし、というのもある。
アイ・パッチ、びらびらレースの襟、提灯ブルマーなどは、アイコン化していると同時にクリ
シェと化してもいるから、それらを排してオリジナリティを出しているのは好ましいが、
わたしの好みとしては、エボリのアイ・パッチは捨てがたい。

その代り、と言ってはなんだが、ヴェールが上手く使われていた。エボリとエリザベッタの
ヴェールのみならず、ムーア風テーマの音楽に乗って、中庭で女官たちがアラビア風ヴェー
ルを顔に巻くシーンは美しい。

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                              © Monika Rittershaus

スペインの宮廷では、黒のドレスが当時のモードだったから、皆、黒いドレス姿なのだ。
襟が詰まっていず胸元が開きすぎという感じだが、ドレスのウエストはV字カットの切り替え
があり、考証が生かされているデザイン。

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       エリザベート・ド・ヴァロワ(1605年) Juan Pantoja dela Cruz画
                プラド美術館

上の肖像画が描かれた時点では、エリザベート王妃は亡くなっているから、多分1565年にアングィッソラ
が描いた肖像画をもとにした絵であろうと推測されるもの。
ドレス自体は黒で比較的シンプルだが、宝石類を使った飾りがさすが王妃の貫禄である。
当時のスペイン王ともなれば世界一の資産家・長者であり、その王妃のお召し物であるのだから、
贅沢で高価かつゴージャスなのは当然だし、誇示して威光を見せつけている。

最期に、悲劇の王子ドン・カルロスの肖像画を掲げたい。
王妃エリザベートと義理の息子ドン・カルロスは、奇しくも同じ年の1568年に亡くなっている。
昨年末、プラドやエル・エスコリアルで見たドン・カルロスの肖像画には、金羊毛騎士団の
メダルをつけたものが見あたらず不憫に思ったのだが、神聖ローマ皇帝マキシミリアン2世の
命によってウィーンに届けられたドン・カルロスの肖像画には、ハプスブルクの家系らしく
金羊毛メダルが描かれている。

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スペイン王子ドン・カルロス(1564年頃) Alfonso Sanchez Coello画
                ウィーン美術史美術館
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by didoregina | 2013-08-21 12:12 | オペラ映像 | Comments(5)
Commented by 守屋 at 2013-08-23 02:50 x
こんにちわ。ハルテロス、ドイツ語圏ではキャンセルしないようですね。もう、ロンドンでは聴く機会はないだろうな。
Commented by レイネ at 2013-08-23 15:36 x
守屋さま、ハルテロスはカウフマンとの共演や地元でのオペラ出演はキャンセルしませんね、ほとんど。しがらみとかいろいろあるのかな。ロンドンではキャンセルしまくってますね、残念ながら。
Commented by Kinox at 2013-08-29 11:42 x
レイネさま、凄い凄いと独り言をつぶやきながら、勉強させていただきました。
わたしのブログに寄ってくださる方で、フィリー在住でストコフスキー時代からフィラ管を聴いてらっしゃるCSMTさまという素敵な方がいらっしゃって、わたしは大先輩として尊敬しているんです。わたしのブログのコメント欄でもぜひ読んで、とレイネさまの記事をお勧めしていましたので、わたしのところでレイネさまの記事に感激なさったレイネさまへのコメントを下さっています。大変お手数なのですが、リンクしたわたしのほうのコメント欄にお時間があるときにお運び願えませんでしょうか。お願いいたします。
Commented by Kinox at 2013-08-29 11:43 x
CSTMさま、の間違いです。重ね重ねの失礼をお許しください。
Commented by レイネ at 2013-08-29 17:43 x
Kinoxさま、お褒めいただき、恐縮です。皆さまのようにオペラ歌手の歌唱に関しては経験不足のため気の利いたことを語れないので、コスチュームの話題でお茶を濁す、という姑息な手段をとっただけなので。。。そちらのブログ記事にもコメントしたいと思いつつ、怖気づいてしまって二の足踏んでましたが、これからお邪魔しますね。リンクとご紹介ありがとうございます。


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