ブリテンの『ヴェニスに死す』@DNO

c0188818_207825.jpgDeath in Venice
Benjamin Britten (1913 - 1976)
gezelschap
ENO Chorus and Technical / Production team
muzikale leiding Edward Gardner
regie Deborah Warner
decor Tom Pye
kostuums Chloe Obolensky
licht Jean Kalman
choreografie Kim Brandstrup
video Finn Ross
een productie van English National Opera 2007
coproductie met De Munt/La Monnaie Brussel
orkest Rotterdams Philharmonisch Orkest


Gustav von Aschenbach John Graham-Hall
The Traveller / The Elderly Fop / The Old Gondolier / The Hotel Manager / The Hotel Barber / The Leader of the Players / The Voice of Dionysus Andrew Shore
The Voice of Apollo Tim Mead
The Polish Mother Laura Caldow
Tadzio, her son Sam Zaldivar
Her two daughters Mia Angelina Mather Xhuliana Shehu
Their governess Joyce Henderson
Jaschiu - Tadzio's friend Marcio Teixeira

2013年7月7日@Muziektheater Amsterdam

DNOの2012・2013年シーズン最後の演目は、ブリテンの『ヴェニスに死す』だった。
通常ならば、グランドオペラやヴェルディやワグナーなどの大作でシーズンの幕を下ろすの
だが、この静謐なオペラを最後に持ってきた。
というより、DNOプロダクションとしては、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が
最後の演目でこの『ヴェニスに死す』は、オーケストラ以外は、出演者はもちろん、指揮・
演出を始めとするプロダクションのテクニカルチームも完全にENOからの引っ越し公演だった。

そういうわけで、アムステルダム歌劇場の舞台の雰囲気は、完全にイギリス色に染まっていた。

c0188818_20303985.jpg

DNOサイトの写真は、ENOとモネ共同プロ初演のまま(主役はイアン・ボストリッジ)!あまりに手抜きだ。


作曲家がイギリス人でリブレットも英語だから、歌手はイギリス人で揃えるのが間違いがなく
てよろしい。指揮者も演出家ももちろんイギリス人である。

舞台デコールはシンプルで、ラグーンの遠浅の浜辺とオーガンジーのように風をはらむ透明な
カーテン、大道具はゴンドラ、船、ホテルやテラスの椅子などだけでスッキリとした空間が
美しい。
バックは、なかなか日の暮れない残照の浜辺や、ぎらぎらと残酷な太陽を表現する照明、
遠くに霞むヴェニスのシルエットなど、全体に淡くて透明感のある憂いに満ちている。
衣装も正統的ベル・エポックで、20世紀初頭の高級な避暑地の雰囲気そのもの。誰もが思い
浮かべる当時のヴェニスとリド島のイメージで、違和感を感じさせない。
舞台造形上、立体的な物はほとんど設置していないのに関わらず、平面的になっていない。
すなわち、ごちゃごちゃした大道具なしで、シンプルな装置が視覚的に奥行きを感じさせ、
観客のイマジネーションに訴えかけ、美的感覚を呼び起す、この舞台は大いに気に入った。
説明過剰で子ども扱いされているような気分になるような舞台とは正反対である。

c0188818_2184436.jpg


ブリテン作曲のこの音楽を聴いたのは、今回実演鑑賞した時が初めてなのだが、器楽にも歌
にもおやっと思うほど、ドビュッシーの音楽を思わせる箇所がとても多いのに驚いた。
作曲されたのが1973年というのが信じられないほど古めかしいというか、20世紀前半風の
響きに満ち溢れているのだ。
無調の歌や、ピアノの分散和音の響きや、ヴィヴラフォンの奏でる東洋的なペンタトニックの
旋律がドビュッシー(特にピアノ曲集『映像』と『版画』)に後期ウィーン楽派の音を混ぜた
ような具合で、初めて聴くのに懐かしささえ覚えたほどである。
物語の時代設定が20世紀初めなのだから、それで間違いはない。懐古趣味とも言えなくも
ないが、そこにぺダンチックな抒情性が感じられ、安心して聞いていられる。

とはいえ、歌手は3人のみで、特に主役フォン・アッシェンバッハはほぼ出ずっぱりでずっと
独唱(しかも無調)するのだから、歌う方はさぞかし大変だろう。主役歌手は、最後にはほと
んど絶唱という感じである。
歌手が3人というのと、東洋的な旋律、シンプルな舞台造形から、能を鑑賞しているような
気分にもなった。
かといって、シテ、ワキ、などの役割構成がそっくりそのまま『ヴェニスに死す』の登場人物
に当てはまるわけではないが、テノールのフォン・アッシェンバッハがシテ、複数の登場人物
を担当するバリトン歌手がワキ、カウンターテナーのアポロがツレ、タージオが子方と言え
ないこともないだろう。

c0188818_21553380.jpg

         ようやく夏らしくなった北のヴェニス、アムステルダムの運河は船で溢れる。
         歌劇場フォワイエ・ベランダからの眺め。

ゴンドラが能の作り物の舟のように使われているのが印象に残ったのだが、このゴンドラは、
ギリシャ神話に出てくる三途の川の渡し守カロンの漕ぐ舟に思えた。つまり、ヴェニスの運河の
水は現世とあの世を分かつ境界であり、その象徴性からフォン・アッシェンバッハの運命は最初
から明白だ。(タイトルからして死は暗示どころではないが)
その死の世界へ、スランプに陥った作家フォン・アッシェンバッハは、自らの意志でインスピ
レーションを求めて旅立つ。しかし、そのために蒸気船に乗り込むのが、私には少々腑に落ち
なかった。
というのは、最初彼が住んでいたのはミュンヘンで、そこからアルプスを越えて彼方の光溢れる
ヴェニスに行く、ということになっているから、地理上、船に乗る必要性はない。
しかし、ヴェニスには船で訪れることは、芸術家にとって美学上絶対にはずせないお約束だっ
たのだろう。どうやら、わざわざプーラから蒸気船に乗り込んでヴェニスに向かったようである。
アドリア海上から望むヴェニスこそ海の都の本来の姿であり、その姿を見るためには船で行く
ほかはない。

c0188818_22132984.jpg


さて、このオペラを実演鑑賞したかったのは、ウォーナー女史演出ということも大きかったが、
実はカウンターテナーのティム・ミード(アポロ役)の生の声を聴きたかったからだ。
数年前のモネ劇場ではボストリッジ博士が主役だった(チケット取れず無念)が、今回のテノ
ール歌手にはさほど期待していなかった。
しかし、ジョン・グレアム=ホールの役柄への没入はすさまじく、ほとんど鬼気迫るという感
じで、もうフォン・アッシェンバッハになりきっている。声も年齢や体格も役にふさわしい。
バリトンのアンドリュー・ショアも異なる役柄の歌い分けが上手くて唸らされたし、出番の少
ないCTティム・ミードも期待を裏切らない歌唱だった。というか、生の声が聴けただけで満足だ。
ミードの声は、いわゆる教会系というか、いかにもイギリス人CTの伝統を感じさせ、最近の若手
CTに付けたくなる形容詞、筋肉質だとかレーザー光線のようにシャープというのには当てはま
らない。
育ちのいい好青年というったルックスがいいし演技もなかなかだから、またオペラ舞台で見て
みたい。

c0188818_22173982.jpg


ルックスといえば、この作品では美少年タージオ役も重要である。歌はないからダンサーが
務める。
躍動感あふれる振付で、いかにも太陽神に好かれそうな少年タージオの存在が強調されていた。
すなわち、美と若さと生命そして無垢の象徴である。心を病んで、年を取り、外見的には美しい
とは言えないフォン・アッシェンバッハとは正反対の存在であり、それだからこそ彼が魅かれ
るのだ。
タージオを始めとする少年たちは、いかにもイギリス風訓練の行きとどいて均整の取れた踊り
を披露してくれた。彼らが踊ると、さわやかな涼風が吹き抜ける。それが、フォン・アッシェ
ンバッハがタージオに抱くプラトニックな恋愛感情を象徴していて、舞台および作品のストー
リー全体との統一感が壊されず好ましかった。


c0188818_22373434.jpg

              ワンピースのベルト代わりに、帯締め二本を結んだ。
              オペラ・ピンクの丸組と天使の肌と呼ばれる薄い珊瑚色の
              平組で、和のテイストを入れてみた。

アムステルダムのDNOへは通常電車で日帰り遠征するので、着物で行ったことはない。
当日も、保線工事プラス事故で大回り迂回乗換3回となり、片道4時間かかった。
[PR]
by didoregina | 2013-07-11 15:43 | オペラ実演 | Comments(6)
Commented by Kew Gardens at 2013-07-13 02:07 x
ENOで今年再演されたようですが、アムスでの引越公演もあったのですね。 2007年の初演を鑑賞しましたが、耳慣れない音楽ながら、思ったほど現代じゃない(=聴くのがつらくない)とほっとしたのを覚えています。 でも、印象に残っているのは、すっきりとしながら、Veniceの雰囲気を醸し出していた舞台と、Tadzio役のダンサーや他ボーイズ達(何を観に行ってんだか・・・)ちょっと登場のApollo役のIestyn Davies(だったはずですが)には、一体この人は??? 衝撃の遭遇でした。 そもそもBostridge博士の気合の入ったインタビューを読んで興味をそそられたのですが、肝心の博士は、年齢が若すぎるのでは?なんて変な感想。 映画の印象が強すぎたのかもしれません。
Commented by Mev at 2013-07-13 05:35 x
さすがレイネ様のレビューは知的で、まるで文学誌のエッセイのようですてきです~。

デコールは長いカーテンが本当に生きてましたね。風にそよいだりして。照明も雰囲気をよくだしていたし。
そして、やっぱりこのデコールは映画にすごく影響を受けてるんだろうなと思いました。映画のセットを極限まで削って抽象化したような。

ゴンドラの漕ぎ手がいちばん恐ろしかったです。死神のようでしたよね。

ふんだり蹴ったりの目にあう主役でありながら、なぜか死ぬことで平安を得るような印象で、これは原作がそうだからなのかもしれないけど、まことに不思議なドラマでした。そしてまことに壮絶な表現でしたね。
Commented by レイネ at 2013-07-13 22:39 x
Kew Gardensさま、6月に再演したENOがそのままプロダクションの場所をアムスに移した公演みたいです。

>思ったほど現代じゃない(=聴くのがつらくない)
まさにその通り。パーカッションやピアノやヴィブラフォンの響きが、東洋的で耳なじみがよい感じでしたね。
ブリテンのメモリアルイヤーだから、機会があれば別のオペラも鑑賞したいなと思わせます。

観客にも演出家にも、ヴィスコンティ映画のインパクトが強烈なためイメージがかなり固定されて、、オペラの舞台演出も歌手選びも難しい。全体的にかなり映画に近いプロダクションだと思いました。博士もきっと思い入れは強くても、外見がやっぱり若すぎる。。。
Commented by レイネ at 2013-07-13 22:49 x
Mevさま、いやいや、最近、ブログ友達がブログから遠ざかってるようなのが残念で、FBには書けない思いをつらつらと書いているだけです。私たち二人だけになっても、ブログ頑張りましょう!

トマス・マンの小説を読んだのが中二の時で、文庫本のカバー表紙がヴィスコンティの映画のスティール写真(ビヨルン・アンドレセン!)だったのが強く印象に残ってます。映画を見たのは、中三か高校生になってからですが、きっと、私たちと同世代のデボラ・ウォーナー女史も思春期にこの小説と映画に出会って、多大な影響を受けたのではないかと察せられる舞台でしたね。実演鑑賞できて、本当によかった!
Commented by 守屋 at 2013-07-27 17:28 x
おはようございます。今年の11月までイギリス(でも、大半はイングランド)各地で開催されているブリテンの音楽の催し物の中で、これはかなり高い評価を得ていました。観に行こうか迷ったのですが、「カンティクルズ」を3回も聞くことになっていたのでパスしました。行きたくても行けなかったのは、サフォークの海岸で上演された「ピーター・グライムズ」です。グレアム=ホールは観てくれは冴えませんが、ギリアムが演出した「ファウストの劫罰」でも素晴らしい舞台でした。
Commented by レイネ at 2013-08-11 10:16 x
守屋さま、亀レスで申し訳ありません。本日ヴァカンスから戻りました。
ブリテンのメモリアル・イヤーなのでチャンスがあれば他のオペラも観たいのですが、マイナーな『オーウェン・ウィングレーブ』を見逃したのが残念です。(別のコンサートか遠征かなにかと重なったため)
海岸での『ピーター・グライムズ』とは、まさに正鵠を得たmise-en-sceneですね。
カンティクルズはぜひ生で聴きたいと思ってます。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


最新のコメント

Vermeerさま、多分..
by レイネ at 01:38
トマスのソロ・コンサート..
by Vemeer at 01:25
Vermeerさま、この..
by レイネ at 20:56
詳細なレポート、楽しく拝..
by Vermeer at 18:02
ロンドンの椿姫さま、それ..
by レイネ at 17:03
大満足のマスタークラスで..
by ロンドンの椿姫 at 23:41
鍵コメさま、ヴェロニカ・..
by didoregina at 18:57
Mevrouwさま、北海..
by レイネ at 18:46
レイネ様も怒涛の更新で、..
by Mevrouw at 23:33
Mevrouwさま、サー..
by レイネ at 22:10
Mevrouwさま、夏の..
by レイネ at 22:05
新作オペラに挑むのは本当..
by Mevrouw at 20:56
クロアチア~ベネチアを自..
by Mevrouw at 20:27
Mevrouwさま、ご高..
by レイネ at 20:19
ようやく一息つける日なの..
by Mevrouw at 19:57
Mevrouwさま、癒し..
by レイネ at 16:49
このところネットからも音..
by Mevrouw at 16:37
斑猫さま、もうすでにパリ..
by レイネ at 16:57
ロンドンの椿姫さま、まさ..
by レイネ at 16:54
こんにちは CT研究会..
by 斑猫 at 00:16

以前の記事

2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月

タグ

最新のトラックバック

究極の愛を描いたワーグナ..
from dezire_photo &..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
ポン=タヴァン派、総合主..
from dezire_photo &..
倉冨亮太さんの繊細な美し..
from dezire_photo &..
ダイナミックで刺激的な多..
from dezire_photo &..
贅沢と快楽に生きる娼婦な..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..

カテゴリ

全体
バロック
映画
オペラ実演
オペラ映像
オペラ コンサート形式
着物
セイリング
コンサート
美術
帽子
マレーナ・エルンマン
イエスティン・デイヴィス
クイーン
CD
20世紀の音楽
旅行
料理
彫金
ビール醸造所
ベルギー・ビール
ハイ・ティー
サイクリング
ダンス
ハイキング
バッグ
教会建築
カウンターテナー
演劇
未分類

検索

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

音楽
映画

画像一覧