クリスのフォルテピアノ・リサイタル

チェンバロ・リサイタルから約一ヶ月後、今度はクリスのフォルテピアノ演奏会に行った。
場所は、ベルギーのハッセルト・カルチャー・センターのコンサート・ホールである。
曲目は、オール・モーツアルト。
ホールのサイトとレコード会社サイトのクリスのスケジュールの発表とでは、その日の曲目は全く
異なっていたので、一体どちらが正しいのか当日までわからない。どきどき。
いずれにせよ、モーツアルトのピアノ・ソナタを中心にした構成だ。
マーストリヒトの聖ヤン教会でのリサイタルにも来ていた友人のTとHを誘った。

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Kristian Bezuidenhout 2013年4月7日@Concertzaal CCHA

Mozart
Sonate in Es grote terts, KV 282
Adagio
Menuetto
Allegro

Praludium (Fantasie) und Fuge C-Dur KV 383a

Sonate in F grote terts, KV 332
Allegro
Adagio
Allegro assai

pauze

12 Variations in Ed grote terts, KV 354 Je Suis Lindor Theme
Allegretto
Variation I t.e.m. Variation XII
Allegretto

Sonate in c kleine terts, KV 457
Molto allegro
Adagio
Allegro assai


楽器は、エドウィン・ブウンク氏所有の1800年ローゼンベルガーだ。(今回はプログラム・ブック
に明記してある!)
2年前に2回聴いたクリスのモーツアルト演奏も同じ楽器だった。(そのときは、どこにも書いて
なかったので本人に直接訊いて確かめた)
ハッセルトで聴いた1回目のときの印象は、特に前半はこちらの耳が楽器に慣れないせいか、
音に硬さというか冷たさがあるようで耳にしっくり来ない感じだったのだが、今回はどうだろうか。

最初のソナタから、クリスの演奏はロマンチシズム溢れ、きらびやかさのある音が紡ぎ出されて
ゴージャスである。
耳に違和感を感じたのはほんの数秒だけで、前回とは打って変わって柔らかく温かみのある音が
心地よく響いてくる。楽器もよく鳴っている。
前回同様やはり最前列に座ったのだが、今回は舞台に向かって右寄り、フォルテピアノの蓋の正面
の位置であるので、デリケートな楽器の響きが直接届く。ステージの奥行きを二分する真ん中辺りに
設置された大掛かりな木製パネルの反響板のおかげで、とても好ましい音響だ。
このパネルは、前回にはなかったのだろうか。(2年前に撮ったステージの写真で確かめると、
全く同じパネルが設置されている)
このホールのステージは、膝ほどの高さで異常に低い。だから、平土間かぶりつき席に座っても、
音が頭上を通りすぎる感じにはならない。(それは、前回も同様のはず)

なぜ、このようにしつこく2年前と比べるのかというと、ソナタのうち一曲は、前回と同じなのに、
印象がまるで違っているからだ。
同じ楽器、同じ奏者、同じホール、同じ曲なのに、2年の歳月を間に挟んで、演奏がここまで
進化したのか、それとも、楽器がよく弾きこまれているのか、とにかく驚くばかり。
先月はチェンバロの音色のパレットのヴァリエーションに驚いたのだが、今回はじっくりと心に沁みる
とか癒されるとかいうのとは別の次元の、心が天空に飛翔するかのような快感を覚えるのだった。
長調の曲目が主なせいだろうか、降り注ぐ清冽な空気を胸いっぱいに吸い込んむような気持ちよさ
を演奏を聴きながらずっと味わった。

しかし、これはもしかしたら、クリスの演奏が異常に進化したせいではないだろうか。
軽々と飄々と、しかし手堅い演奏なのだが、全身がリラックスしているような自然な動きで、ちまちま
したところが全くなく音楽の懐がとても広くなっている。
顔芸にも苦悩のポーズとかシリアスを装う必要がなくなったようだ。
モーツアルトと一体化したような天真爛漫さで、自然に気持ちのいい音を作り出している。

曲目が進むにつれて、テンポも速まりドラマ性も増し、まさに疾風怒濤の趣である。
同行のHは、こういう速いテンポのモーツアルトはありか、とびっくりしていたので、ブリュッヘンの
モーツアルトだって疾風怒涛なんだからこれは古楽演奏の王道だよ、とわたしは応えたのだが。

爽快かつダイナミックなクリスの演奏で、一陣の風のごとく心の塵を吹き飛ばしてくれ、身も
天の高みにまで舞い上がるかのような気分の午後だった。

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コンサート後、ロビーに飾られたアートをじっくり見て回り出口に向かうと、楽屋からクリスが出てくるの
にぶち当たった。(ここのホールの楽屋口は一般出入り口の手前にあるので、以前、楽屋のドアを
開けて出てきたダミアン・ギヨンとぶつかりそうになったことがある)
チャンスを逃さず、クリスに近づいて握手。そしておしゃべり。
なによりも、2年前、震災後2ヶ月も経ずに日本公演を行ってくれたことに感謝の意を表したかったの
である。
今日はこのままロンドンに帰るのかとか、耳に絆創膏を張ってるのが舞台でも見えたのでそのことを
訊ねたり、反響パネルは2年前もあったかしらとか、日本では(というかわたしのブログでは)古楽界の
貴公子と呼ばれていることなど、なんだか延々と井戸端会議っぽく親しく会話していたので、同行の
TとHからは「以前からの知り合いみたい」とびっくりされた。
そうではなくて、折り目正しくて育ちのよさを感じさせるクリスには話しかけやすいし、ファンの話に
誠心誠意応えるという態度をとるのである。彼のしゃべり方には、ほとんどやんごとない雰囲気さえ
漂う。
しかし、「古楽界の貴公子」にはとてもウケて、高々と笑っていたのは喜んでる証拠だと思う。
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by didoregina | 2013-04-09 22:08 | コンサート | Comments(6)
Commented by Mev at 2013-04-10 18:05 x
藍の地模様のお着物美しいですね。帯で春らしくなってますね。群青色の道行きも上品な光沢で素敵です。すみません、音楽のことじゃなくて。
Commented by レイネ at 2013-04-10 20:41 x
Mevさま、お褒めいただきありがとうございます。マチネ・コンサートなので、柔らかい着物では会場の雰囲気にもそぐわないと思って紺地のカタモノの(大島)紬にしました。つるつるしゃきしゃきして生地にも糸にも光沢があり、気張らない大島は重宝。
Commented by galahad at 2013-04-11 17:09 x
藍色の紬、レイネさんのお着物姿はいつもすてきです。ご本人もきれいだからでしょうけど。クリスに清冽なモーツァルト、聞き損ねてるからこれもうらやましいな~。古楽界の貴公子、今度日本で会えたら私も必ず伝えよう。
Commented by レイネ at 2013-04-11 22:27 x
galahadさま、過分なお褒めの言葉、恐縮です。クリスがフォルテピアノで弾くモーツアルト・ライブは、これが3回目ですが、もうモーツアルトが乗り移ってるとしか思えない自然さでした。「震災後の日本、怖がって誰も行かなくても僕はやっぱり行かなくちゃ」と思ったそうです。古楽界の鍵盤貴公子(Keyboard Prince Charming of Early Music)の称号には、非常にウケてくれてました。クリスのコンサートには、galahadさんもぜひ着物で駆けつけてあげてね!
Commented by ロンドンの椿姫 at 2013-04-13 12:31 x
一昨日届いたWigmore Hallの来シーズンのラインアップを見ていたらクリスさんのコンサートがあったので(9月28日)、申し込んでみます。曲目は全モーツァルトですが、レイネさんがお聴きになったのとは全く違うようです。できれば私も着物で行ってみるつもり。
Commented by レイネ at 2013-04-13 17:22 x
ロンドンの椿姫さま、クリスは何年かかけてモーツアルトの全鍵盤独奏曲をレコーディングしているので、リサイタルはモーツアルト中心ですが、レパートリーが増えてくばかりなので曲目はその都度異なるでしょうね。ぜひ、お着物で出かけて応援してください。着物で被りつきで目立ったせいか、舞台上で深々とお辞儀したあと客席を見渡してわたしに目線を合わせて小さく頭を下げてくれた気がします。
思わずプリンス・チャーミングなんて言っちゃったけど、ノーブル・プリンスにしといた方がよかったかな。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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