クリスのチェンバロ・リサイタル@聖ヤン教会

クリスティアン・ベザイデンホウト(日本語の表記は色々あるので略してクリス)によるチェンバロ
リサイタルを聴きにいった。

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         チェンバロの制作年代その他由来は説明がなかったので不明。

クリスのリサイタルに行くのは二年振りである。今回はフォルテ・ピアノでモーツアルトを弾くのでは
なくて、チェンバロで弾くバッハとその同時代かそれ以前のバロック音楽なのだった。

CLAVECIMBEL  Kristian Bezuidenhout 2013年2月28日@Sint Janskerk

Johann Kasper Kerll (1627 - 1693)
Toccata in g klein en Passacaglia in d klein

Louis Couperin (1626 - 1661)
Allemande - Courante - Sarabande in e klein (Bauyn MS)

G. F. Handel (1685 - 1759)
Allemande, from Suite Nr. 3 in d klein, HWV 428 - Courante,
from Suite Nr. 11 in d klein, HWV 437 - Aria & Variaties, uit HWV 428

Johann Jakob Froberger (1616 - 1667)
Partita in C groot, FbWV 612a

J.S. Bach (1685 - 1750)
Toccata in d klein, BWV 913

PAUZE

J.S. Bach
Prelude & Fuga in D groot, uit Das Woltemperierte klavier, boek I, BWV 850
Prelude & Fuga in D klein, uit Das Woltemperierte klavier boek II, BWV 875
Prelude & Fuga in es klein, uit Das Woltemperierte klavier boek II, BWV 876
Ricercar à 3 uit het Musikalisches Opfer, BWV 1079

J.S. Bach
Partita in a (naar BWV 1004 voor vioolsolo in d klein) transcriptie voor clavecimbel
door L.U. Mortensen


会場は聖ヤン教会で、コンサート会場としてはお気に入りの部類である。教会にしては残響が少なく、
しかし地元の市民会館ホールほどは音響がデッドでなく、雰囲気も悪くない。
聖母マリア教会よりは、ずっとずっと好みである。しかも、ここには暖房もしっかり入っている!
(このことは11月に行ったコンサートで実証済みだったが、寒さと戦いつつ音楽を聴くのは辛いし
ほとんど難行であるから、暖房が入る教会は快適である)

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        教会内部とパイプオルガン。両脇上層部に注目のこと。

聖ヤン教会について調べるため、サイトをコンサートの前日に見ると、あっと驚く発見があった。
教会建築は、13世紀に建てられた身廊の初期ゴシック部分と15世紀に増築・再建された後期
ゴシックの部分と塔からなり、外側の下層部分は硬いナミュール石、外部上層部分と内部は
柔らかい石灰岩のマール石で出来ている。
元はカトリックの教会だったのだが、1633年オランダ軍がカトリック・スペインからマーストリヒトを
奪回すると、聖ヤンはカルヴァン派のための教会にさせられた。ついでに内部インテリアも
プロテスタントらしく替えるためか、漆喰が剥がされ、内部の壁は石がむき出しになった。
むき出しになった壁のマール石は多孔質のため、湿気や温度と同じく音も吸収しやすい。それで、
残響というものがほとんどない。
いわゆる教会らしい音響が皆無という珍しい教会なのだ。(だから、コンサート会場として好き)
しかし、それではありがたみが薄れてちと困るというので、マイク24本とスピーカー24台を両壁の
上層部に設置し、PA装置で残響を作り出すようにしているのだという。
オフ(残響ゼロ)、説教用に2.5秒、コンサート用に4秒の3種類から選べるという、ハイテク音響
教会なのだ。人工的に作り出した残響で、硬い石造りの教会のような厳かさが出せるらしい。
う~む、なるほど。そのことは今まで知らなかったし、気が付かなかったが、よく見るとたしかに
スピカーが上層部左右に12個ずつ計24個設置されている。
しかし、今までのコンサートでは全く気にならないくらい残響は少なかったし、今回のリサイタルでも
気になるほどの残響はなかった。ほとんど、デッドといってもいいくらいだ。

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         チェンバロの真正面、かぶりつき席に座った。


二年ぶりに真近で見るクリスは、感心なことに全くリバウンドしていないようでスリムなことこの上ない。
椅子に腰掛けてもお腹回りや背中、ヒップや腿などに全く贅肉が見えない。脚なんてすごく細い感じ
である。髪は短めにカットしてすっきり、ステージまでの足取りやお辞儀の仕方その他の所作もすこ
ぶる上品である。古楽界の鍵盤貴公子の名に恥じない。
ただし、顔芸だけは昔どおりで、結構楽しめる。

しかし、肝心なのは外見ではなくチェンバロ演奏である。

チェンバロは、ごくごく微細な音の楽器だから、この聖ヤン教会でも広すぎるくらいだ。
かぶりつき席を陣取ったのは正解で、鍵盤は見えても奏者後方の席ではチェンバロの音は聴こえて
こないだろう。鍵盤後ろ側に座っていた人たちは、休憩後に開かれた蓋の方にほとんど皆移動した。
マイクは見える場所に設置されていなかったから、清々しい生のチェンバロの音が聞こえるのだが、
それはごく近くに座らないとよく聴きとれないのだ。
今までチェンバロ独演に接したことはあまりなく、伴奏だったり通奏だったりするのがほとんどだった。
おのずと膝を正して耳を澄まして聴く、という態度になる。典雅でデリケートなチェンバロの独演では
独特の小世界が形成される。その味わい深さ。機会があったらまた行きたいと思った。

古楽器による古楽演奏ではアルファ波が発生するという自説を持っているのだが、その晩のクリスの
弾くチェンバロからはまさにそよそよ・ひたひたとアルファ波が漂い、かぶりつき席に座っていると全身
でその鮮烈な空気の洗礼を受けることになる。
少し溜まっていたストレスやイライラが優しい音のマッサージで解きほぐされ、とげとげしていた心も
すっきりと癒された気分だ。

当初の予定ではバッハ三昧のプログラムだったが、前半は、バッハより少し前か同時代のバロック
作曲家による曲に変更になった。ドイツの作曲家による曲が多いのだが、どの曲の印象も柔らかで、
まるでおフランスっぽい雅な雰囲気が漂う。ゆったり、ふんわりした優しい空気に包まれる感じだ。
最初と最後のトッカータは緊張感がありちょっと過激なタッチなので他の曲目と比べると異色だが、
じっくりと噛締めると味わいのあるドイツ・パンでふんわりした中身のソフトな曲を挟んだサンドイッチの
ような構成である。

休憩後は、バッハの平均律とパルティータ。アンコールもパルティータからアルマンド(BWV828)。
これらの曲を聴くと、バッハが唯一無二・孤高の天才であることがよくわかる。
鍵盤楽器の可能性を追求し計算しつくした感がある。(だから、楽譜や鍵盤を追っていると、頭が
非常に疲れてくる)
聴いているだけだと、その複雑に織り成される曲の緻密さが美に変換されて耳に届くので、幸福感が
得られる。まるで数式のようなバッハの曲をそういう美に変換できる音楽家は素晴らしいと思う。
クリスのチェンバロ演奏はとても丁寧で、繊細にして奔放、オーソドックスにしてドラマチックだった。
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by didoregina | 2013-03-05 16:34 | コンサート | Comments(12)
Commented by さわやか革命 at 2013-03-06 06:02 x
クリス氏のチェンバロ、聴いてみたいですねえ。
来日公演はフォルテピアノばかりなんで。秋に来るそうですが、モーツァルトをやるらしいです。

教会でのコンサートは確かに微妙ですね。音が拡散して目の前に奏者がいるのに聞こえないこともあります。おまけに真冬は寒くて死ぬ~~。
Commented by レイネ at 2013-03-06 16:03 x
さわやか革命さま、クリスはチェンバロも自由自在に弾くので感嘆。チェンバロは思った以上に音色に変化が付けられて、飽きずに聴くことができました。
この教会は、クリスでもちょっと大きすぎたかも。次回のチェンバロ・コンサートはスキップ・センペとオリヴィエ・フォータンが2台でラモー三昧!会場はもっと小さなセレブルダース・チャペルに変更されました。
Commented by Vermeer at 2013-03-06 16:53 x
教会の内部を描いた作品で知られているサーンレダムに出てくるのは、ユトレヒトでも聖ヤン教会ではなくて、ドム教会=ユトレヒト大聖堂なのでしょうか?
スキップ・センぺ⇒
見覚えのある名前と思ったら、マリア・バーヨ(S)のヘンデル・アリア集で弾き振りしてました。
Commented by レイネ at 2013-03-06 18:02 x
Vermeerさま、興味が湧いたので、サーンレダムが描いた教会の絵についてちょっと調べてみました。ユトレヒトの聖ヤン教会内部を描いた絵はロッテルダムのボイマンス美術館に所蔵されています。また近年ロンドンでサーンレダムが描いたものだろうと思われる聖ヤン教会内部の別の絵が発見され、二年前にユトレヒトのセントラル美術館で特別展示されたようです。ドム教会を描いたデッサンがユトレヒトの古文書館に収蔵されているようです。有名なのは聖ヤン教会の絵の方でしょうね。クリスのコンサートが行われたのはマーストリヒトの聖ヤン教会でしたが。
Commented by Vermeer at 2013-03-06 18:46 x
早速のレイネ調査団の御報告、敬服いたしました。聖ヤン(マーストリヒト⇔ユトレヒト)違いですいません。今回の記事の2枚目の写真、オルガンの上のアーチに、既視感に捕らわれてしまいました。
Commented by Mev at 2013-03-06 21:52 x
教会で残響がなくて、しかも、残響調整ができるなんて、すごいハイテクですね。こんな歴史的な様相なのに? さすがオランダだなあ。もちろんそのマイクやスピーカーはフィリップス製?

Commented by レイネ at 2013-03-07 00:27 x
Vermeerさま、サーンレダムの絵もお好きですか?わたしは、プロテスタント教会内部を描いたこの手の絵は、寒々しくてし~んとして音がない感じでどうも苦手なんです。マーストリヒトの聖ヤン教会も17世紀にプロテスタントに宗旨替えさせられたので、サーンレダム描く教会の絵とインテリアが似てるせいでしょうね、既視感を覚えるのは。
Commented by レイネ at 2013-03-07 00:30 x
Mevさま、スピーカーやマイクの位置が高すぎて、メーカーまでは見えませんでしたが、フィリップスというのはありえますね。アムステルダムの教会でもよくコンサートが開かれるところは、こういう音響設備があることを疑ってみる必要があったりしますよ。でも、こういう発見は楽しいわ。
Commented by galahad at 2013-03-07 17:05 x
クリスのチェンバロ独奏聴きたいです~。楽器の来歴もちょっと気になりますね。オリジナル楽器だったりするのかな、と。
教会って、音響や装飾などで伝道する役目もあるから、適切な音響調整ができるというのも知的かつ効果的じゃないでしょうか。寒いなんて修行じゃないんだからと思いますよね。
クリスがますますやせてヴィジュアル系を保っているとの報告に感心です。でもそんなにやせなくていいのよ…。
Commented by レイネ at 2013-03-07 19:20 x
galahadさま、チェンバロ独奏を真近で聴いて、様々な音色が作れて表現力のある楽器なんだなと感心しました。鍵盤の両脇に階段状のギアみたいなのが付いてて、そのレジスターをぐっと押して操作すると音色が変わるんです。まるでパイプオルガンのように。作り出される色はフォルテピアノよりも多彩なのにびっくり。
クリスは、鍵盤の貴公子路線を一直線に進んでます。
Commented by 名古屋のおやじ at 2013-05-18 10:53 x
最近、ベザイデンホウトの今秋の名古屋公演のチラシをもらいました。
「フォルテピアノの貴公子 クリスティアン・ベザイデンホウト」との宣伝文句に思わずニヤリ。今回の会場はは宗次ホールで、前回の電気文化会館よりもさらに小ぶり。贅沢なひと時となりそうです。プログラムはモーツァルト。もうちょっと違ったものも聴きたいけど、それはないものねだりかな。
Commented by レイネ at 2013-05-21 06:49 x
名古屋のおやじさま、クリスは毎年日本公演を行なってるようですが、モーツアルトばっかり?オランダだと、フォルテ・ピアノのリサイタルではモーツアルトがほとんどですが、18世紀オケとはベートーヴェンのPコンなどよく演奏してます。来シーズン楽しみなのは、チェロのピーター・ウィスペルウェイとのベートーヴェン全チェロ・ソナタ・マラソン!日本でも、別のレポートリーも演奏して頂きたいですよね。幅広いレパートリー持ってる人だから、ないものねだりではないですよ。でも呼び屋さんとしてはイメージ固定した方が売るのが楽なのかも。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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