内田光子さんのリサイタルに着物で

内田光子さんがオランダでいつもコンサートを行うのは、アムステルダムのコンセルトヘボウと
エイントホーフェンのフィリップス・ミュージックヘボウ(ミュージックセントルム)のみだと思う。
前者の場合は誰にも合点がいくだろうが、なぜ後者にも毎年来てくれるのか?
多分、昔からのフィリップス・レーベル繋がりではないかと思われる。

今回のプログラムは以下のとおりだった。

Mitsuko Uchida @Muziekgebouw Frits Philips Eindhoven 2013年2月13日

平均律クラヴィーア曲集第二巻より
Bach - Prelude and Fugue No1, BWV 870
Bach - Prelude and Fugue No14, BWV 883

Schoenberg - Sechs kleine Klavierstücke opus 19

Schumann - Waldszenen

(休憩)

Schumann - Sonate nr 2

Schumann - Gesänge der Frühe


当初のプログラムは、ベートーヴェンの『ディアベッリ変奏曲』とシューベルトのソナタの予定
だったのが変更された。
『ディアベッリ』は、特に聴きたい曲ではないが、内田さんの弾くシューベルトは魅力的だ。
対するに、バッハとシェーンベルクはぜひとも聴きたいが、シューマンはさほど好みではない。
というわけで、曲目変更されても、感情的には差し引きゼロの勘定である。

今回のコンサートには行こうかどうしようか迷っていた。というのは、その週には寒波が来る見込み
との予報だったからで、夜更けに1人で1時間も高速を飛ばすのはなんだかいやだなあ、と尻込み
していたのだ。あまりに荒天になった場合、市内の義妹の家に泊めてもらうという手もあるのだが、
その週はカーニヴァル休みのため家族揃ってスイスにスキーに行っていて留守だ。

そこへ助っ人登場。同行者が三人現れ、しかもわたしは車を運転する必要なし。
その3人とは来週のクリスによるバッハのチャンバロ・リサイタルに同行する人たちで、内田さんの
プログラムにもバッハの『プレリュードとフーガ』が加わったため、チェンバロとピアノとで聞き比べ
ようという訳だ。

c0188818_17225791.jpg

            母が結んだ糸で織ってもらった帯。

内田さんは、動きやすそうな黒のジャンプ・スーツみたいなのをお召しで、金色の幅広サッシュを
腰に巻いて左側でリボン結びにしている。ジャンプ・スーツは三宅一生か山本耀司のデザインの
ような感じで、機能的かつ内田さんのスレンダーな体型にマッチしている。金色のサッシュをしている
ところがいかにも彼女らしい。

バッハをモダン・ピアノの生演奏で聴くのは、本当に久しぶりだ。
内田さんによるバッハ演奏は、ペダルも多用したレガートで、しかもかなりの弱音から始まって、
強弱の付け方もモダン・ピアノらしい音作りである。
すなわち、消え入りそうに儚いタッチで揺らしつつ弾かれる前奏曲と、ごつごつしたところがなく
滑らかに流麗に弾かれる3声のフーガとの対比もロマン派風アプローチなのである。
バッハをピアノで弾くからといって、ノン・ペダルでいかにもぽつぽつしたチェンバロっぽい音を出そうと
する必要はないし、生真面目一本やりみたいな弾き方ではなく、洒落っ気があって耳に心地よい。

シェーンベルクの演奏前に、一旦席を立って内田さんは楽屋に戻った。それが結構長い時間席を
外していたので会場がざわざわとなって、また内田さんが戻ってきてもなかなかしーんとはならない
のだった。これは困る。シェーンベルクの曲はとても短いが、弾く方も聴くほうも集中力を要する
真剣勝負の趣であるのだ。
隣のおばあちゃんはバッハが始まったら爆睡していたし、短い曲間や弱音になると傍若無人に咳を
する人が多くて非常に耳障りである。音が大きくなるのにタイミングを合わせて咳もすべきである。
そのくらいの覚悟がなかったら、家で寝るなりコンサートはお休みしてもらいたいものだ。
シェーンベルクもウィーンの人であるから、内田さんのレパートリーには適っている。奇をてらわず
全くエキセントリックにならずにロマンチックに聴こえる演奏だった。

c0188818_1651269.jpg

            内田さんのイメージで選んだ着物は結城紬。
            真綿紬なのでほっこりと暖かく、冬にぴったり。
            鶯色の地にグリーンの細かい格子と横縞。
            母が手で結んだ糸を横糸にして織ってもらった帯。      
            光沢のあるオレンジの地にクリーム色系のグラデーションの
            パステル・カラーの結び糸が、ひげのように出ている。
            帯揚は、紺にクリーム色の菊模様。
            帯締は、クリーム色のごろっとした変わり組。
            (多分、叔母が組んでくれたもの)


わたしはシューマンのピアノ曲にはあまりそそられない。つまり、弾いてみたいと思わせる曲が
少ない。
前半最後の『森の情景』は、ピアノ師匠Pのレパートリーでもあるのでまだ聴く機会があるが、
ピアノ・ソナタ第二番なんて、その晩聴くのが初めてであった。

『森の情景』には『子供の情景』のような無邪気な面が少なくて大人っぽく、複雑さと奥深さも
秘めつつ、鳥のささやきや狩の馬や犬の駆ける様子などがリアルな情景として目に浮かんでくる。
内田さんのデリケートな演奏でしっかり聴くと、その複雑さがミクロコスモスのように有機的に絡まって、
森の樹間から湧いてくる霧のように神秘的に響き、いい曲だなあと思わせる。

最後の『暁の歌』では、情景としての叙情性が少なくなり、怪奇な暗さが増している。ロマンチシズム
の真骨頂ともいえる彩りの所々に耳を引掻くような不安感を募らせる音が混じる。しかも、ベートーヴェン
のように昇華するところがなく、閉塞感のある曲である。
この小さな不安を煽るような曲も、内田さんは繊細に魂を込めるかのように弾き聞かせてくれた。

アンコールは、モーツアルトのソナタの一部。(特定できなかった)
前半は爆睡していた隣のおばあちゃんも、休憩中にスイッチが入ったようで、最後には一部分いきなり
ピアノに合わせて口ずさんだりしていた。晩年のホロヴィッツみたいなとろけそうな顔の白髪の彼女は、
しかしかなりオシャレであり、多分ピアノ教師ではないかと思われた。

c0188818_17201629.jpg


休憩中や、トイレや、帰りの出口などでもわざわざ寄ってきては着物を褒めてくれる人がいるので、
同行者たちは、着物の威力にびっくりしていた。
内田さんのリサイタルに、彼女のイメージに合わせた着物で行ったのは大正解であった。

         
  
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by didoregina | 2013-02-18 09:34 | コンサート | Comments(10)
Commented by nana at 2013-02-18 19:08 x
ピアノやってらして、シューマンお嫌いな方もおられるんですね~。私には、この後半プロは、これまでになく、なかなかそそられるプログラミングです。特に「暁の歌」はいいなぁ。アンデルジェフスキーで、この曲の存在を知りましたが。とにかく内田さんは今度はシューマンに焦点をあてている様子、札幌でもリサイタルがありそうですが、楽しみです!情報ありがとうございました。
Commented by レイネ at 2013-02-18 22:07 x
nanaさま、シューマン嫌いというより、積極的に弾きたい曲が見当たらないんです。アルベニスとかベルクとかヤナーチェクとかの弾きたい曲が多すぎ、でも時間は限られてるし。40歳過ぎるまでショパン弾く気にならなかった天邪鬼ですから。また、バッハは子供時代のトラウマからか楽しんで弾けません。モーツアルトも大好きですが、思い通りに弾けないというジレンマが。。。
でも、内田さんのナマの演奏で聴いたシューマンは、いずれも素晴らしかったです。『暁の歌』も地味ながら不思議な魅力のある曲ですね。お近くで内田さんのシューマン聴かれる機会があったらいいですね。
Commented by 内田 at 2013-02-19 02:38 x
http://ameblo.jp/ask-nl/写真がこんなところに
Commented by レイネ at 2013-02-19 16:17 x
内田さま、写真ブログへのリンクありがとうございます。さすが、会場も美しく撮れてます。(この方とエイントホーフェンにご一緒したので、わたしも写ってます)
Commented by straycat at 2013-02-20 18:26 x
レイネさま♪
素敵、ステキ、結城は珍しいデザインですね、地は格子なんですか?
帯揚げの紫が効いてますね。
内田さんのデリケートなピアニズムは小規模なホールでじっくり聴くのがよいのではないかと、関西で一度だけですが聴いた時思いました。
お母さまの手結びの糸で織った帯も、何とも言えない色の趣きがありますね。レイネさんの着物姿がいつも褒められるの、何となくわかるような気がします。
Commented by レイネ at 2013-02-20 20:23 x
straycatさま、お褒めいただきありがとうございます。グリーン大好きな母なので、結城もちょっと変わったデザインなんです。

内田さんの繊細な演奏が、小曲を集めた選曲にも会場にもピッタリでした。
着物も内田さんのイメージに合ってたということが、会場の皆様からの反応から感じられました。わざわざ褒めに来てくれるというのは、自分ではなかなかできないなあ、と逆に感心。
Commented by Kinox at 2013-02-21 08:58 x
うわぁ結城紬のお着物すてき! 色もいいですね。わたしもつい声をかけちゃうと思います。そしてわたしもいよいよ幽玄な凄いレベルにいる内田さん尊敬してます。今シーズンは近所でシューマンづくしのようで、わたしはシューマンは異様に自己投影してしまうくらい好きなので楽しみです。
> 40歳過ぎるまでショパン弾く気にならなかった天邪鬼
わたしも30過ぎるまでショパンは女々しいと思って聴くのも弾くのもイヤイヤでしたから、お気持ち分かりますわ、ふふ。
Commented by Vermeer at 2013-02-21 11:46 x
マルゴ姫のお眼鏡にかなった、色のコントラストが眼にも心地良い素敵なお召し物ですね。ヨーロッパの方は本当に“キモノ”に関心が高いのですね。

昔からのフィリップス・レーベル繋がり⇒
ホール名にはまだ冠が残っているのですね。
老舗レーベルのクローズにより新譜が出ないのは当然として、過去の大カタログまでDECCAレーベルで再発されるのは納得できません。大プロデューサー、エリック・スミスとの内田女史のシューベルトも、フィリップス盤を大事にしています。
Commented by レイネ at 2013-02-21 15:53 x
Kinoxさま、着物をお褒めいただき、ありがとうございます。

>わたしもいよいよ幽玄な凄いレベルにいる内田さん尊敬してます。今シーズンは近所でシューマンづくしのようで、わたしはシューマンは異様に自己投影してしまうくらい好きなので楽しみです。

本当に、幽玄の境地でした、リサイタルでの内田さんは!今シーズンの内田さんは、シューマン尽くしなのね。子供の頃は、『子供の情景』とか『子供のソナタ』とか弾くのは好きでしたが、わたしは、シューマンに自己投影、できないわ。。。

>わたしも30過ぎるまでショパンは女々しいと思って聴くのも弾くのもイヤイヤでした

全く同感。同士ですね。(わたしは40過ぎるまでだめだった)



Commented by レイネ at 2013-02-21 16:07 x
Vermeerさま、真綿紬の着物は優しく包み込む感じが肌に心地よく、裄を自分サイズに直してもらったので着心地もいいんです。
キモノ着てると、ファッションに感心の高そうな人たちが近寄ってきて話しかけてくることが多いです。

フィリップスは音楽産業からはほぼ撤退したのかもしれないけど、本社および工場のあるエイントホーフェンは色々と恩恵を蒙っていて、美しいインテリアのコンサート・ホールでの内田さんのリサイタル・チケットが、一番高い席でも35ユーロ(ドリンク付)でした!

オリックスによるロベコ買収ニュースがこちらの新聞を賑わせてますが、毎夏恒例(今年で25年目)のコンセルトヘボウでのロベコがスポンサーのコンサート・シリーズは、少なくともあと3年は続くそうです。企業スポンサーやメセナって、クラシック界には絶対に必要。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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