オペラ・ザウドの『マノン』

オペラ・ザウドのプロダクションは当たり外れが激しいので、実演鑑賞には及び腰になる。
上演機会の多い有名な演目の場合は、かなりの覚悟で臨む。他の歌劇場の有名歌手の
歌ってるのと比べてしまうとその差は歴然だから、まあ、がっかりすることの方が多い。
だから、この『マノン』も、当初全く鑑賞する気がなかった。ところが、マーストリヒトでの
プレミエの評がNRCなどの全国紙でもかなりよいので気が変わった。
全国巡業してまた南部に戻ってくる、シッタルトでの公演を予約した。
もうすぐ帰国されるバービーさんとA子さんにも、オランダで最後のオペラだからごいっしょに
いかが、とお誘いして。

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Muziek  Jules Massenet
Libretto  Henri Meilhac en Philippe Gille naar de roman Histoire du Chevalier
des Grieux et de Manon Lescaut van Abbé Prévost
Regie  Lotte de Beer
Dirigent  Ivan Meylemans
Orkest  Limburgs Symfonie Orkest
Manon   Kim Savelsbergh,
Le Chavalier des Grieux  Rafael Vazquez Sanchis
Le Comte des Grieux  Marco Bakker,
Lescaut  Richard Morrison,
Monsieur De Bretigny  Martijn Sanders e.a

見たいという気にさせたのは、気鋭の新進演出家ロッテ・デ・ベア女史による読み替えが、かなり
好意的に評価されていたからだ。(デ・ベア女史は、今年のホランド・フェスティヴァル参加DNO
プロダクションの新作オペラWriting for Miss Monroeの演出担当)
すなわち舞台を現代に置き換えて、東欧かどこかからヨーロッパの都会に出てきた山出しの芋ネエ
ちゃんのサクセスおよび破滅のストーリーになっていて、アクチュアリティが抜群だという。

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     ヨーロッパの都会の空港に着いて、物品の質と量に圧倒されるマノン(右奥)

ハッピーな旅行者が行き交う空港は、きらきらと乙女の憧れを誘う高級品で一杯だが、田舎から
出てきた女の子を陥れる罠や悪の匂いも漂う。
金持ちのボンボン騎士デ・グリューは、バックパッカーの姿で空港に降り立ったばかり。喧騒の中、
マノンとお互い一目ぼれの恋に落ち、逃避行となる。

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          空港のブランド商店で愛を語る二人。

第一幕第一場、マノン役キム・サーベルスベルクの声は、ちょっと意外なほど精彩さを欠いていて、
これで主役はちょっと、と思ったのだが、どうやら芋ネエちゃんという役柄設定に忠実に、発声も
歌唱も押さえ気味にしていたらしい、と第二場になってわかった。

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          貧しい二人が暮らすのは、トレーラー・ハウス。

このトレーラー・ハウス(というかキャラバン)は、最初、空港でブランド商品としてリボンで包装
されていたのを破ると出てくるもので、巡業歌劇団の宿命で限られた舞台装置の有効な使い方に
感心した。

これ以降、マノンはちゃっかりと援助交際したり、美貌を武器にのし上がっていく。そうなると、第一
場でのおずおずとした少女とは別人のように、声にも艶と伸びやかさが加わり自信が覗えるのだ。
それに対して、世間知らずのボンボンのままであるデ・グリューは、親に金の無心することぐらいしか
出来ない。(パパへの頼みごとには携帯を使う)
デ・グリュー役はスペイン人歌手だが、テノール人材不足のオペラ・ザウドにしては、逸材を持って
きた。背丈こそ、他のオランダ人キャストより頭一つ低いが、いかにもラテン系の鼻にかかった甘い
声が二枚目役にぴったり。

第二幕は、金持ちド・ブレティニーの援助によってデザイナーとして成功したマノンのファション・
ショーから始まる。ココ・シャネルが成り上がったのと同様である。

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       ショーには、デ・グリュー父も現れて、息子が僧侶となったことを告げる。

面白いのは、デザイナーとして得意の絶頂にいるマノンに負けないほど、デ・グリューもTVタレント
神父として華々しい活躍をしていることだ。
カメラマンの注文に応えて様々なポーズをとる神父姿のデ・グリューは、セレブそのものでとても
笑える。彼は彼で傷心から立ち直り成功しているのだが、マノンが彼に遭いに行くことから破滅への
道のりが始まる。

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         再びいっしょになった二人は、博打で生活費を稼ぐ。

この『マノン』では、デ・グリューは完全に魔性の女マノンに切りきり舞させられる、憐れな若者だ。
小悪魔マノン、という従来どおりの解釈から抜け出ていない。
実生活の経験に乏しい世間知らずという点では、二人とも似たりよったりではあるが、女の武器で
のし上がるという体験をしているマノンの方が強いのだ。
        
カジノで不正の疑惑をかけられた二人のうち、デ・グリューは親の七光りと財力のおかげで、警察の
手から逃れるが、マノンは不法滞在者として強制退去させられる。
最後に二人がようやく出会えたのは、国境近くにある強制退去者の収容所だ。
監視員にワイロを渡して最後の別れをする二人だが、マノンは最後まで虚勢を張って、「これが
マノンという女のストーリーよ」と見得を切って終わるという幕切れであった。


歌手にも演出にも、自信とトータルの芯が貫かれていて、とても楽しめるプロダクションだった。
現代への読み替えということで、字幕ではフランのかわりにユーロと出たりしていたが、実際に
歌詞もユーロと変えて歌っていた。喧嘩シーンや言い争いでは、オランダ語字幕が、最近流行り
の言い回しそのもので、アクチュアリティとリアリティが高まっていた。

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         ホール入り口に立ってたマノンの実物大写真と。

また、オペラ・ザウドの強みは、音大オペラ科という新人供給源が近くにあることから、コーラス
その他の登場人物が皆若くてフレッシュ。これは、見ていて聴いていて清々しく、同じ巡回オペラ
であるナショナル・レイス・オペラの年寄りが多い合唱団のもさついた動きや演技と比べると、格段の
差だ。
若い出演者の多い華やかな現代的な舞台はミュージカルみたいな軽さが感じられ、主要歌手は、
しかし、しっかりとした聴かせる歌唱力を披露するので、その落差が心地よいプロダクションだった。

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           クリーム色の万筋の着物に、光るグリーンの洒落袋帯。
           帯には『富嶽三六景』から「駿州江尻」を写した刺繍。
           オレンジ色の帯揚げ、象牙色の冠組の帯締め。
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by didoregina | 2012-12-16 12:51 | オペラ実演 | Comments(6)
Commented by straycat at 2012-12-16 22:43 x
おお、さっそく、着物でお出かけになったんですね。

万筋の江戸小紋なんて素敵!私は江戸小紋を持っていないので羨ましいです。ファーマルになり過ぎず、キチンと感を出してくれるので便利ですよね。レイネさんのご実家のあたりはやはりお江戸風味が強いのでしょうか?私の実家は関西(それも西の端)だからか、祖母や母のワードローブには江戸小紋がないのです。

それはさておき、私もマノンは突然ルイジアナなんかが出てくるプッチーニより、マスネの方が好きです。ドラマとしてもまとまりがありますよね。
田舎娘のサクセス&転落ストーリーというのは無理のない読み替えと言えるでしょうが、空港のブランドショップにデザイナー、タレント神父とは現代の世相を上手く取り入れていますね。
私も20代の頃、キラキラしたヨーロッパブランドを憧憬のまなざしで見つめていた田舎者の自分を思い出します。もちろん、成り上がりなんて無理でしたが、マノンにかつての自分の一面を見出す人は案外多いんじゃないでしょうか。
Commented by レイネ at 2012-12-17 06:39 x
straycatさま、江戸小紋は、細かいところに凝るという秘めたお洒落が渋くて江戸好みなんでしょうか。万筋は線が細かいので、かなり近づかないと無地のように見えます。母の江戸小紋はこれ一つだけなんですが、色がはんなり系なので母は自分では似合わないと思ったようで、すぐに譲ってくれました。わたしは、黒白の大小霰とか、紫の行儀とか、水色の竹縞とかのきりっとした色と模様の江戸小紋に憧れるんですが、このクリーム色はなぜか最初から気に入りました。

マスネのマノンは、フランス女らしいコケットさのある可愛い女ですが、プッチーニの『マノン・レスコー』の方が、なんとなく女の意地が感じられてヒロインとしては魅力的、しかも悲劇度は高いように思えます。2月にモネ劇場で、ウェストブルック主演の『マノン・レスコー』があるんですが、マチネは別キャストなのでどうしようか悩んでます。

おっしゃるとおり、オペラ・ザウドの『マノン』には誰でも感情移入しやすいようで、客席は沸いてました。
Commented by Mev at 2012-12-17 17:16 x
ご無沙汰していてすみません。Opera Zuidはなかなか観に行けませんが今回は面白そうですね! オランダの歌劇団はどこも財政逼迫で苦しそうで、ライスオペラは近日公開といいながらなかなか演し物も確定できないみたいだし。今後弱小団体の行く末を案じております。

ところで本日はケルンですね!楽しんでいらしてくださいね!どのようなお召し物かしら。写真、楽しみにしていますっ!
Commented by レイネ at 2012-12-19 01:55 x
Mevさま、ただいまケルンから戻りました。期待で胸がいっぱいになり前夜よく眠れなかったのですが、期待を上回る素晴らしい演奏と歌唱で、とても楽しいコンサートおよびサイン会でした。
Mevさんもケルンに行けそうなのかしら?譲二氏に聞いたら、2014年のアムス公演はコンサート形式だそう。今のところ決定してる舞台形式のは同年3月のヴェルサイユ公演で、現在他の歌劇場に打診してる模様。でも、アムスの会場は、アレーナとか言ってたけど、そんなのあり?聞き間違いかしら?
Commented by Mev at 2012-12-19 17:37 x
貴重な情報ありがとうございます。レビューも拝読させていただき、詳しく書いていただきうれしゅうございました。

アレーナ?ありえないー!!許せません、そんなの。でも、ドミンゴ先生はZiggoドームなんですよね、、、。(アレーナの隣にできたイベントホール。行ったことないですが、そこも音響なんてあったもんじゃないだろうなと思うホールです。) ってことはそういう可能性あるんですね。アムスだったらコンセルトヘボウしかないでしょう!!狭すぎるってことですかね。あー泣きそう、、、。
Commented by レイネ at 2012-12-20 01:39 x
Mevさま、アレーナはありえないわよね。でもその隣のハイネケン・ミュージック・ホールとか, Ziggoドームならあり?後者は、ロック・ポップ・コンサート・ホールとしては、音響が最適だそうで、そこでコンサートした人たちは皆こぞって褒めてますね。(マドンナとかレディー・ガガとかコールドプレイとか。。。)でも、ドミンゴ先生も登場なら、『アルタセルセ』もありえる。きっと、それだわ。だって、ケルンのテントも、普段は『キャッツ』やら『マイ・フェア・レディ』などミュージカル専門ホールなのよ。前から3列目でしたが、バロック・オケの音はくっきり、歌手の声もよく届き、音響は悪くありませんでした。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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