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I am a woman now

I am a woman now_c0188818_16403158.jpg
監督:Michiel van Erp
2011年 オランダ














2012年のアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭に出品された作品で、劇場公開は今年3月。
「なんだかなあ」というタイトルなのとプレス写真に魅力を感じなかったので公開当時はスルー
したのだが、先日TV放映されたのを見た。すると、色々と考えさせるところの多い佳品だった。

I am a woman now_c0188818_1651536.jpg

        50年近く前、性転換手術によって女性になったエイプリル(右)

1950年代から70年代にかけて、モロッコのカサブランカで開業するフランス人医師が行った
性転換手術で女性になった4人の現在(ほぼ老後)をドキュメンタリーで見せるのだが、
そのうちの3人は、言われなければ元男性だったとは思えないほど女らしく、見目麗しく、
立ち居振る舞いも上品で洗練されている。実際、年とともに女性ホルモンの分泌が少なくなる
ため見かけにも態度にも女らしさが減っている女性を目にすることが多いから、驚きは2重だ。
(性転換手術後は一生、女性ホルモンを経口薬などで摂取し続けるのだと、後で知った。)

女性らしさや美しさは、たゆまぬ努力で磨き続けないと持続不可能なのだ。(環境保全や経済
成長に絡んで使われる「持続可能な」という日本語には居心地の悪さを覚え、最も美しくない
単語の一つとして忌み嫌っているのだが、こういう用法ならばマル)

性同一性障害に長年苦しんだ彼らは、性転換手術を受けてその悩みからは解放された。
生まれ変わり本来の自分を蘇らせてくれた執刀医のビュローには感謝してもしきれない、毎朝、
喜びと満足で目覚めると、一様に言う。
しかし、その一方で、別の苦しみも味わい続けているのだった。

新たに出会った男性や友人には、性転換のことをいつ告白すべきかという悩み。
恋人は全てを受け入れてくれても、世間の偏見が立ちはだかる。
納得してくれたはずの恋人の心も次第に離れていくことが多く、関係が長続きしない。
結局自分は性転換した女性であって、生まれながらの女性にはどうやっても勝てない、と言う
のだ。

そして、老後・老醜の問題もある。女性に生まれ変わりたかったが、老女になるつもりは
なかった。
皆、美しく老いていて、老醜など微塵も感じさせない気概に溢れている人たちだが、忍び寄る
恐れはいつでもある。彼らは、若い頃は傍から見たら刹那的・享楽的に生きていたのかもしれ
ないが、現在の自分や今後の自分を見つめる目はシビアかつ冷めている。

ベルギー人、イギリス人、オランダ人、ドイツ人の4人のうち、70歳になるドイツ人のジーンは、
他の3人とは明らかに異なる容姿だ。3人の写真を見ると少年・青年時代にも美しさが群を抜いて
いたのに対し、ジーンは元々美人とは言えなかったようだし、性転換手術後、20年間レズの関係
だったパートナー(日本人のケイコさん)が、元男性とのレズビアン関係というややこしさに
耐えられなくなったため、ジーンは女性ホルモン摂取を止めてしまったのだ。だから、現在の
ジーンは、外見上、女性らしさには著しく欠ける。
しかし、男性でも女性でもないような外観とは裏腹に、ジーンの心の優しさは、ケイコさんの
墓に向かって唱えるお経の真剣さに現れていた。

ジーン以外も皆それぞれ、性転換によって新たに発生した悩みを抱えて生きている。
しかし、誰一人として、手術をしたことを後悔していない。
それを象徴するかのように、画面には陽光が溢れ、全体的にトーンが明るい。
(ただし、ジーンが登場すると、画面がとたんに暗くなる。年老いても新しいレズビアン・
パートナーが見つかったりと明るい要素もあるのだが。)

性転換した若く美しい人たちの写真や映像などは普段でも目に付くが、このように、術後40年、
50年経った彼らの現在、過去、未来を見つめるという観点が新鮮だ。そしてそこには、興味
本位に根ざしたようなナイーブさがなく、センセーショナルさは極力抑えていて、登場人物への
問いかけにも語りのシーンにも監督の眼差しの優しさが満ち溢れているドキュメンタリーである。
by didoregina | 2012-11-23 10:36 | 映画


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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