『イポリートとアリシー』@オペラ・ガルニエは正統的HIP

パリのオペラ・ガルニエで6月・7月に上演されたラモーの『イポリートとアリシー』は、ぜひとも
実演鑑賞してバロックの雰囲気を満喫したい!と思わせる正統的HIP(Historically Informed Performance)の舞台だ。
すなわち、アイム女史指揮の古楽オケ、コンセール・ダストレーによる器楽演奏、歌手陣も
バロックを得意とする歌い手で揃え、舞台美術・衣装および装置はバロック時代をかなり正確に
再現するような造形で、歌手の身振りはバロック・ジェスチャーだし、バレエは優美なバロック・ダンス。
ここまで凝ったHIP上演は、めったに拝むことはできまい。

実演鑑賞は叶わなかったが、MezzoでTV放映されたライブがYoutubeにアップされていて、
全編観ることができる。(この人、TV放映されたバロック・オペラの相当数を投稿している。
ありがたいことだが、著作権問題があるだろうからいつまで視聴可かは不明)

Hippolyte et Aricie, by Jean-Phiippe Rameau
Le Concert d'Astrée, Emmanuelle Haïm (conductor)
Ivan Alexandre (stage director)
Antoine Fontaine (sets)
Jean-Daniel Vuillermoz (Costumes)
Hervé Gary (lighting)
Natalie Van Parys (choreography)

Sarah Connolly (Phèdre),
Anne-Catherine Gillet (Aricie),
Andrea Hill (Diane),
Jaël Azzaretti (L'Amour / Une Prêtresse / Une Matelote),
Salomé Haller (Oenone),
Marc Mauillon (Tisiphone),
Aurélia Legay (La Grande Prêtresse de Diane / Une Chasseresse / Une Prêtresse),
Topi Lehtipuu (Hippolyte),
Stéphane Degout (Thésée),
François Lis (Pluton / Jupiter),
Aimery Lefèvre (Arcas / Deuxième Parque),
Manuel Nuñez Camelino (Un Suivant / Mercure),
Jérôme Varnier (Neptune / Troisième Parque)
Live from the Paris Opera, Palais Garnier

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       プロローグは森の中

プロローグの舞台装置および演出から、既に期待が高まる。
森に勢ぞろいした月のニンフ達のコーラスは、バロック・ジェスチャー付きで、舞台前方床の端に
置かれた照明が、ろうそく風の色で下方正面からの光を後方に向かって当てているので、ほの暗い
舞台上の登場人物の目から上が影になり、なんとも独特のバロック風情がかもし出されている。
本物のろうそく使用は、防火上許可が下りなかったのだろうが、この薄暗さはなかなかよろしい。

ゴンドラに乗って天から下るディアーヌの声が最初迫力不足に聴こえたのは、舞台のかなり上方
から歌わされたためだろうか。舞台に降り立つほど下に来ると、聞き取りやすいくらいの声量に
なったように思えた。(そのゴンドラは、プロローグの最後にかなりのスピードで上手方向上方に
斜めに上がって行ったのでびっくり)

ディアーヌと言い争うお茶目なアモールの歌手は、軽くて転がる声とルックスも可憐。
雷鳴と共にジュピターも天下り、けんかを成敗すると、地下の者達はいっせいにかしずくのだった。
ジュピター役はプルート役も兼ねているのだが、歌もルックスも、どうも神としては迫力不足である。
(第二幕のプルートになったら俄然よくなったが)

全幕通じて非常に多いバレエ・シーンだが、バロック・ダンスの軽やかなステップがとても優美で
ドレスとメイクアップともマッチしているから、飽きさせない。
実際、ストーリー進行を途切れさせることなく、自然にバレエ音楽部分が融合しているのは、
ラモーの作曲の力量を示すものだろう。ダンス・シーンと歌の部分が有機的に結合していて、
バレエの合間に歌が入っているかのような流れと趣である。スムーズそのものでほころび部分が
見当たらない。
そういうふうに自然に流れるのは、オーセンティックな鬘やメイクや衣装と、音楽および雰囲気に
マッチしたバロック・ダンス振付とダンサー達のテクニックにも負うところが大きい。これぞおフランス
のエレガンスの最高峰といえよう。


第一幕の舞台は、ディアーヌの神殿。
アリシー役のジルは、ルックスは地味目のお姫様だが、声量がしっかりあるので、優美さの中に
芯の強さを秘めているようでとても好ましい。
低めのテノールで歌うトピ君のイポリートは、狩装束の姿かたちの美しくすらりとしたプリンスで、
凛々しさ抜群。
恋する二人は、しかし、互いに向き合ったり近づくこともなく、客席に向かって正面を向いたまま歌う
のが、バロックらしい。
お互いに見つめあうのは最後の方になってからである。

そこへ典雅かつ荘重なサラ様のフェードルが登場する。重厚な上着とビラビラしたフリル・レース襟の
スペイン風のドレスで悪役であることを強調。男前のチェーザレそのものの顔つきで邪悪な目付きの、
典型的継母という風貌である。
しかし、悪役だからといってわざとらしいドスを効かせたりせず、歌声はあくまで優雅さを失わない。
これぞバロックの真髄。裏に秘めたフェードルの情熱は、サラ様の均整の取れた美しい声で
なくては表現できまい。


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         地獄は上下さかしまの国

第二幕は、アップテンポで快活に始まるが、舞台は地獄である。
地獄の責め苦にあうテゼー王役のドグーは、とにかく歌が上手いし、老け役も上手だ。
鼻に掛かって下によく響く朗々たる美声で、立ち姿もフランス語もほれぼれするほど美しい。

この地獄では、コーラスの顔が上下さかさまのメイクなのが効果抜群。しかも、閻魔大王の家来
みたいな役のメイクと所作が歌舞伎か京劇の悪役風で面白い。


第三幕では、道ならぬ恋心に身を焦がすフェードルのアリアが胸を打つ。
王妃の誇りを捨てて生身の女であることを象徴するかのように、髪飾りと首のフリルの襟を外すと、
歌い方も様式的というよりは、情熱を強調するように変化する。その変身振りを歌唱でも表現できる
ところがサラ様の面目躍如。
激しく息詰まるかのような、フェードルの心情吐露とイポリートとの応酬が続き、ここにはダンスの
入り込む余地はない。
突然のテゼー帰宅に、驚く二人。そこに割って入った女官の機転で、音楽もいきなり明るい
菅楽器演奏にダンス。演出もこのように緩急自在にストーリーと音楽に対応しているのが素晴ら
しい。
自ら責任を引き受けて放浪の旅に発つイポリート。その後は、テゼーの一人舞台である。
相変わらず老け役が上手いドグーだが、いくらメイクで顔に皺や隈をつけても、体型と立ち姿の
若々しさは隠せない。


c0188818_21471689.jpg


第四幕では、ネプチューンの支配する海に放浪するイポリートは、アリシーと再会するも、
死の国へと旅立つ。
そこへ髪を下ろしたフェードルが登場して、自らの罪のため死んだ無実のイポリートを悼む。
その後悔の様子は悲劇の王妃そのもの、もしくは恋狂いの狂女だ。

第五幕では、苦悩するテゼーのところにネプチューンが現れ、イポリートは死んでいないと言う。
噴水の沢山ある庭で1人嘆くアリシー。そこに男女のダンサー達が静々と登場し、皆で天に祈る。
その祈りが通じたかのように天から矢が降ってきて、ディアーヌが降臨。風に乗ってイポリートも
黄泉の国から生還して、ハッピーエンド。

コンセール・ダストレーによるラモーの音楽は、特に低音の通奏がびしばしとよく響き、めりはり
抜群。緊張感と躍動感に溢れている。
HIPというだけでなく、トータル芸術としても完璧な舞台だった。
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by didoregina | 2012-08-03 15:02 | オペラ映像 | Comments(4)
Commented by 名古屋のおやじ at 2012-08-04 06:53 x
ご紹介の映像、つまみ視聴してみました。結局、このような舞台づくりが繰り返し見て飽きないのかも、と思った次第。クリスティの「アティス」の舞台の映像を見たときにも同じような感想を抱きました。このラモーもブルーレイにしてほしいなあ。

コノリー、良いですね。次は、シャルパンティエの「メデ」なんてのはどうかな。
Commented by レイネ at 2012-08-04 12:30 x
名古屋のおやじさま、徹頭徹尾凝ったHIPが、ラモーのバロック音楽と上手く融合していて見飽きません。ただ、こういう演出があちこちでやたらと上演されたりしたら、食傷気味になるかも。劇場を選ぶだろうし、レアなのが価値を高めてるとも言えましょう。

サラ様、来シーズンはROHでフリッカ役に挑みます!
『メデー』は昨シーズンモネでナディア・ミヒャエルが歌ったのを鑑賞しましたが、サラ様だったらまたかなりイメージが変わるでしょうね。
Commented by kametaro07 at 2012-08-04 14:39 x
こんにちは。
フランスバロック界の芸術の粋を集めた素晴らしい舞台でした。
衣装だけでも制作に相当の時間と費用がかかっていて、そうそう同じような演出ではできないのではないでしょうか?

地獄の場面で3体の人形が逆さ吊りで上から降りてきたわけですが、その3体が歌いだしたからビックリ!!!
見た目では額にある口が歌うわけですが、一体いつ入れ替わったのか?まるで手品のような仕掛けも面白かったです。
放送でもいつ入れ替わったのかまでは分からなかったでしょうね。
Commented by レイネ at 2012-08-04 16:05 x
kametaro07さま、めったにないチャンスを逃さずに、パリで実演ご覧になったのは大正解だったことでしょう。いいな、いいな、いいな~。

>衣装だけでも制作に相当の時間と費用がかかっていて、
合唱団員とダンサーの数も相当いましたからね。ただ、舞台美術は、kametaroさんおっしゃるところの「紙芝居様式」ですから、比較的安くついたのではないかと思います。

>見た目では額にある口が歌うわけですが、一体いつ入れ替わったのか?
入れ替わったというより、上から吊り下げられた人形の顔が仮面のような作りになっていて、下にいる歌手がその仮面に顔を嵌め合わせたとか、そんな感じじゃないかと想像してます。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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