ジャルスキーの生の声を聴く  その1

今年の目標として、「カウンターテナーを極める」を掲げて以来、2度目のCTコンサートである。
会場(コンセルトヘボウ)にも歌手(フィリップ・ジャルスキー)にもオケ(フライブルク・バロック・
オーケストラ)にも不足はないはずだ。

寒波が去り雪が融けて、保線工事にも当たらず、ドラッグ・ストアの安売り切符でアムステルダム
まで出かけたのだが、電車は遅延もなく、幸先は非常によろしい。しかも、南部のカーニヴァルと
いう馬鹿騒ぎから離れた北の地に向かう電車の車内はガラガラで快適だった。

まずは、国立博物館で特別展『ノヴァ・ゼンブラ』を観よう。3月5日までなのでわたしにはこれが
最後のチャンス。クライドファットで販売されているオランダ鉄道NSの切符は正規の値段の半額
以下なので、入館料14ユーロを払っても差し引きはポジティブである。
しかし、『ノヴァ・ゼンブラ』展の展示物は思った以上に少なくて、これだけを目的にしてずんずんと
レンブラントもフェルメールも無視して進んだので、時間が余ってしまったくらいだ。しかし、400年
以上も前の極地探検で使われた道具やスケッチや本などが、文字通り風雪に耐えて残っているのを
目にすると驚愕し改めて感嘆する。

もう一つの特別展『天からの贈り物』(同じく3月5日まで)も1室のみのこじんまりした展示だが、
中世から北方ルネッサンスのキリスト教美術品の新たな購入作品が主に披露されていた。
展示数が多くないため、かえって厳選してるように感じられて、プレゼンテーションとしてはなかなか
よろしい。

その中でわたしの目を捉えて離さなかったのは、テラコッタの胸像『悲しみの聖母』だ。
まるで絵から抜け出たようなほぼ実物大の聖母像で、息子を失い茫然自失の母親が思いつめた
ように一点を見つめる険しい目付きの迫力と、透徹した悲しみの美しさ。

c0188818_19193938.jpg

          (1500~1510年頃、フランダース地方)

ガラス・ケースに入れられたこの胸像は、ぐるりと回ってあらゆる角度から見ることができるのが
うれしい。そして、彼女の目線を避けた角度から眺めると、あのちょっとだけ人を撥ねつけるような
険しさと悲しさは半減して、いかにも慈悲に満ち溢れた聖母像なのだった。

c0188818_19224169.jpg


この胸像と同じテーマを曲にしたペルゴレージの『スターバト・マーテル』
スピノジ指揮で、ヴェロニク・ジャンスとジャルスキーが歌っている。『アグリッピーナ』での親子役
で息がピッタリだった二人だ。





コンサート前に軽いランチをフィリップ・ジャルスキー(以下PJ)ファンの皆様とご一緒した。
Mevさん、 Peaceさん、 CLさん(登場順)である。
初めてお会いする方々であっても同好の士なので、なかなか楽しくおしゃべりが弾むのだった。

さて、いよいよ14時15分からPJのコンサートが始まるコンセルトヘボウに向かう。
大ホールは、日曜マチネだが、コーラス席までほぼ満員である。(実は、2日くらい前にもまだ
安売りオファーが来たりしたが、チケットは全部捌けたようだ。なぜか、6列目のわたしの左隣は
空いてたが。)
そして、会場の平均年齢が普段と比べて20歳は若いと思えた(当社比)。いつもなら65歳以上の
老年カップルが大多数で見渡す限り白髪銀髪なのが、さすがに今回は30~40代の聴衆が多く、その
おかげで熱気に溢れ華やいでいる。女性同士や、男性カップルが目に付く。

今回のプログラムは、オール・ヘンデルである。主にヘンデルのメゾ・ソプラノもしくはカストラートの
ためのオペラ・アリアとその合間にヘンデルの器楽曲が入る。
構成は、ちょっと、3年前のサラ・コノリーによるコンサートと似ている(ヘンデルのオペラ・アリアに
テレマンの『ターフェル・ミュージック』を同じくフライブルク・バロック・オーケストラが演奏した)が
曲目は被らない。

2012年2月19日@コンセルトヘボウ

Petra Müllejans leiding
Philippe Jaroussky contratenor
Freiburger Barockorchester

Georg Friedrich Händel
Ouverture (Riccardo primo, Re d'Inghilterra, HWV 23),
Aria "Agitato da fiere tempeste" (Oreste, HWV A 11),
Recitativo & Aria "Ho perso il caro ben" (Il Parnasso in festa, HWV 73),
Concerto grosso, op. 6/6, HWV 324,
"Se potessero i sospiri miei" (Imeneo, HWV 41),
Aria "Con l'ali di constanza" (Ariodante, HWV 33)
- pause -
Aria "L'angue offeso mai riposa" (Giulio Cesare in Egitto, HWV 17),
Aria "Mi lusinga il dolce affetto" (Alcina, HWV 34),
Sarabande (Almira, Königin von Kastilien, HWV 1),
Aria "Ombra cara" (Radamisto, HWV 12),
Aria "Come nubbe che fugge dal vento" (Agrippina, HWV 6)

このプログラムでPJとFBOは既に昨年11月と12月にフライブルク、ハレ、ハンブルク、
ベルリン、バルセロナ、サン・チャゴ・デ・コンポステラ、ブリュッセル、パリでツアーを行っているが、
アムステルダムのコンサートだけ2月になった。

オケの構成は、歌手のソロ・コンサートにしては比較的大きな編成で第一ヴァイオリンが5人、第二
ヴァイオリンは上手に4人。対向式の配置は12月のバッハとゼレンカの合唱曲コンサートの時と同じ
だが、メンバーは多少異動しているようだった。(前回は、上手の第二ヴァイオリン脇の座席だった
のでわたしからは彼の譜面が覗ける位置だった男性V奏者が今回は下手で、コン・ミスの隣にいた
女性V奏者が上手に入れ替わっていた)ヴァイオリン奏者は皆立ったままの演奏である。

スケジュールを見ると、世界各地で様々なコンサート活動やオペラ演奏を行っているが、基本的に
指揮者を置かずに、重なる日程もコン・マスとコン・ミスの双頭体制でこなしている。
今回はコン・ミスがミュルヤンス女史で、しなやかな体の動きをタクト代わりにしてオケ全体を
まとめている。彼女の弦の動きはシャープで、リズムの決まり具合が視覚的にも聴覚的にも
無駄なく締まっていて気持ちいい。
また、奏者同士の微笑み合うような眼差しが今回も印象に残った。

出てくる音は、まろやかな雅致があるとでも言おうか、尖がりすぎず、しかし中庸に堕しているわけで
もなく、余裕が感じられる演奏である。都会的ではなくどことなくほんの少し土臭いところが味わい深く、
それでいてテンポにも音にももっさりしたところがない。文句つけるところが見つからないのだった。

さて、PJの歌に関する感想は、次の記事にしたい。
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by didoregina | 2012-02-20 13:16 | コンサート | Comments(4)
Commented by Mev at 2012-02-21 01:14 x
待ってました!でもいいところで「つづく」ですね。ふふふ。

ところでノヴァゼンブラ展もさることながら「天からの贈り物」聖母子展よかったですよね!私もあのリアルな胸像が印象的でした。だいたい聖母の表情はいくら悲しそうでもここまでリアルに顔を歪めていないのに、この500年以上前の胸像は現代的な面持ちです。驚きました私も。あと少女漫画みたいなGeertgen tot Sint Jansの聖家族図が好きでしたねー。http://www.rijksmuseum.nl/images/assets/hoofdafbeeldingen/SK-A-500?
Commented by レイネ at 2012-02-21 01:46 x
Mevさま、そうですよ、あんなに良いコンサートのことは、さら~っとは書けないし言い尽くせません。色々な方向に飛んじゃいそうです。

悲しみの聖母胸像は、顔や衣服の表面も裏の下の方も全く傷んだ様子なく、表情がストレートだし、色もよく残っててほぼ実物大だからリアルで迫力ありますね。
へールトヘン・トート・シント・ヤンスは、30年前にネーデルラント美術史を勉強してた時、一番好きだった画家です。今回の特別展で脚光を浴び、昨日も高校生か大学生の女の子のグループが絵の前で感想を言い合っているのをこっそり聞きながらにんまりしてました。あの平坦で卵みたいな顔は現代人の好みにも合うのよね。今回の再発見は、エリザベートと赤子のヨハネがかなり大きく描かれていること。ユトレヒトとロッテルダムにも彼の素晴らしい絵がありますよ。
Commented by アルチーナ at 2012-02-21 11:13 x
ええ、本当に良い所で「つづく」ですね(笑)
続きが楽しみです。でもコンサート以外のオフ会も楽しかったようですし、展覧会もご覧になって、電車も快調、そして当然、コンサートも快調だったようで素敵な一日だったようですね。
客層も他のコンサートとは違うのですね・・日本でのPJ様のコンサートは中年女性ば圧倒的という感じだったでしょうか。
それはそうと、ドラッグ・ストアで電車のディスカウント・チケットを売っているのですか?ちょっとビックリ!どういう仕組なんでしょう・・??
Commented by レイネ at 2012-02-21 16:57 x
アルチーナさま、すみません、期待させてしまって。
コンサートは大盛況で、観客は大よろこび、サイン会の列も凄かった。特におやぢという感じの人たちがサイン会には目立ち、わたしは目を丸くしました。
NSの切符は、正規で買うのが馬鹿馬鹿しくなるほど、しょっちゅうドラッグストア、スーパー、荒物店などで期間限定の安売りしてます。今回の安売り切符は2月18日から6月3日までの土日限定で、二等車に一日乗り放題で15ユーロ弱。ちなみに駅で買うとマーストリヒト~アムステルダム往復は二等で46ユーロ強、一等で78ユーロ強です。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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