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オペラ・ストリーミング比較 『サンドリヨン』と『愛の妙薬』

モネ劇場では、今シーズンから全ての演目を公演終了後から3週間限定で、ストリーミング
配信している。
また、バイエル州立歌劇場でも、今年からライブ・ストリーミングを(試験的に?)始めた。
丁度、この2歌劇場からのストリーミングを2日続けて観ることが出来、思うところがあったので、
両者の比較検討の結果を報告したい。

モネ劇場12月公演は、マスネの『サンドリヨン』だった。ロンドンのROHとの共同プロである。
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     1月19日までモネのサイトからオンデマンドでタダでストリーミング視聴可。


このプロダクションは、リールとバルセロナでも上演されるようだ。
ブリュッセルでは、主演がアンヌ・カトリーヌ・ジル(S)とリナット・シャハム(MS)、王子役も
ソフィー・マリレー(MS)とフレドリック・アントゥーン(T)のダブルキャストだった。
ストリーミングでは、12月13日と17日の公演を編集したもようであるが、サンドリヨンがソプラノで
王子役がメゾという、極当たり前のキャスティングと設定だった。すなわち、少女のシンデレラと
少年のような王子の思春期の物語になり、フェミリー向け御伽噺として無理がない。
メゾとテノールによるキャストでは、どうしても大人っぽく色っぽくなってしまったろう。

演出(および衣装)がローラン・ペリで、舞台セット担当がバルバラ・ド・ランブールのコンビなので、
御伽噺的オペラにはぴったり、どんな舞台を見せてくれるのかと、かなり期待していた。
しかし、平板な舞台装置とファンタジー不足の衣装、退屈な振付、あまりにステレオ・タイプでベタな
人物設定と演技など、全体の冗長さにあくびが出てしまう仕上がりだった。これは、どうしたことだろう。

オペラ・ストリーミング比較 『サンドリヨン』と『愛の妙薬』_c0188818_13455.jpg


赤い表紙に金色の文字の厚くて重いペローの童話の本とギュスターブ・ドレの挿絵が、子供の頃
から印象に残っているので舞台装置に再現したい、というペリの希望通り、舞台の3方の壁と
ドアには、童話の本のページをそのまま投影したような文字で埋められて、文字通り本の中の
世界になっている。

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      ドレ(1832 - 1883)によるペローの「サンドリヨン」挿絵(1897)

舞踏会シーンでは、シンデレラの衣装はノーブルでシンプルな白だが裾の方が灰色になっていて
「灰被り」を連想させるし、招待客の女性は全員赤のドレス姿で、白との対比は鮮やかだ。
しかし、赤のドレスもそれぞれ一枚一枚異なる凝ったデザインなのに、なぜか視覚的インパクトは弱い。
あまりに誇張された演技と振付のためである。穢れがなくてきれいすぎて白けてしまうのだ。
また、コーラス団員の混じるバレエ・シーンも平面的な動きが単調で、コミカルな動作も予想が付き、
呆れるくらい退屈だった。
現実とは正反対の世界である御伽噺を、もやをかけた夢のように見せるのだが、ファンタジーの表現
手法としては、古過ぎるし正統的過ぎる。
苦味も毒の匂いもしない御伽噺そのものの舞台では、21世紀に上演するオペラとしては観客の満足は
得にくい。
19世紀末に描かれたドレの挿絵の方が、よっぽど毒がある。

マスネのこの作品の独自性は、王子の幼児性に対してサンドリヨンの母性が強調された点にある。
贅沢に飽きてメランコリックな世界に閉じこもる王子は母性への憧れが強く、同じく母の愛を知らずに
育った貧しいサンドリヨンは、二人の夢の中では母性そのものの存在になる。サンドリヨンは、恋や
豪奢な生活への憧れより、王子の心を(母性)愛で満たして鬱から救いたいという思いが強い、
聖女的な人物なのだ。
これによって、このオペラは平板なシンデレラ物語とは一線を画した近代的な作品になっている。
それなのに、今回の演出ではその点が曖昧で、王子の寂しい心を救いたいと願うサンドリヨンによる
冒険(少女からの成長)という面がほとんど欠落していた。
クリスマス・シーズンのファミリー向けプロダクションだとしても、舌に甘さだけが残った。

歌手陣に魅力が乏しいのも、つまらなかった一因だ。主役のジルはオードリー・ヘプバーンのように
ノーブルで可憐なのだが、オーラがない。王子役のメゾは、ビジュアル的にまあまあだが、すねてる
ような表情しか出来ない人なので、単調な表現にも飽きる。
歌唱的に一番弱かったのは、魔法使い役のエグリーズ・グティエレスで、高音になると声量が一挙に
少なくなり、迫力不足も甚だしい。妖精らしく煌くような高音部こそ、聞かせどころの少ないこのオペ
ラにあって、唯一楽しめる部分であるはずなのに。


モネのストリーミングは今シーズンから始まったが、これで3作目であり、テクニカル面でもほとんど
不備がないどころか親切なシステムで、快適に視聴ができる。オランダ語とフランス語だけだが、
字幕も選択できる。なによりも、全公演終了後からの期間限定ストリーミングだから、映像は編集も
されているが、好きな時間に見ることができるのがいい。

オペラ・ストリーミング比較 『サンドリヨン』と『愛の妙薬』_c0188818_1584849.jpg

               ミュンヘンの『愛の妙薬』

それに対して、モネを見習った、と噂されるバイエルン州立歌劇場からの、ライブ・ストリーミング
は、技術面でお粗末だった。全世界からアクセスが殺到したため(?)か、途中フリーズしたり、
アクセス出来なくなったりしたらしい。
タダだから文句を言われる筋合いはない、と言われるかもしれないが、画質が非常に荒くて不鮮明
だし、音響もオケの音が大きすぎるのに対して歌手の声の通りがよくない。歌手は、ストリーミング
だからといって、特にマイクを使用しているようではなかったから仕方ないのかもしれないが、ライブ
にしなかったら、後から編集・補強も出来たのに。
一発勝負のライブという点で、モネ方式とは異なり、先々シーズンから始めたリエージュの歌劇場
からのライブ・ストリーミング方式に近い。リエージュからのストリーミングも、毎回技術上難ありだ。
モネ方式への移行を求めたい。

この『愛の妙薬』はバイエルンでの新プロダクションではないから、ライブだからといっても事前
準備は出来るはずだ。それなのに、字幕なし、というのはあまりに哀しい。ドイツ語だけでもいいから、
つけて欲しかった。上演前と幕間には、総裁からの挨拶とあらすじの語りには英語字幕が付いていた
のだから。技術上、さほど難しくもないだろうし。

主役二人以外は、幽鬼のようなメイクの不気味な人物ばかり、というのがインパクトがある。
『未知との遭遇』風セットや『オズの魔法使い』っぽい人物である博士や、空から降って来る
パラシュート部隊など、天孫降臨のようなイメージにはニヤリとさせられる。
しかし、それどまりのアイデアで、だから一体どうなのだ、と問い詰めたくなるほど、必要性が感じ
られない。

ネモリーノがハンサムすぎるのがイメージに合わないが、キュートなアディーナ役のアドリアーナ
ちゃんとはビジュアル上も声もバランスは取れている。
ただし、メイクのせいなのか、照明のせいなのか、アドリアーナちゃんの可憐さがあまりでていなくて、
ちょっと『理由なき反抗』のナタリー・ウッドみたいな感じに見えた。

歌手は脇役もびっくりするほど上手いのに、なんだか中途半端な舞台に感じられたのは、字幕なし
のせいではないかと思う。やっぱり、わたしは歌われる内容は目で追って確認したい性質なのだ。


この2作をストリーミングで見たあとで、「やっぱりオペラは実演でなくては!」という結論に達した。
隔靴掻痒になるだけでなく、欲求不満に陥る。だから、ある意味、ストリーミングは、オペラ人口を
増やすきっかけになる、というのは正しい。
モネのも、今シーズン、2作は実演を観てからストリーミングを観賞した。そうすると、細かい点や
見落とした点もよくわかって、目からウロコだった。それに味をしめて、『サンドリヨン』は実演なし
でストリーミングを観賞したのだが、短所だけが目に付いた。きっと、実演の舞台を観たら、もっと
楽しめたのではないかと思う。
だから、ヘルハイム演出による『ルサルカ』は、実演を観に行こう、と決めた。
by didoregina | 2012-01-08 18:50 | オペラ映像


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

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プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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