グラインドボーンの『ヘンゼルとグレーテル』

クリスマス・プレゼントに貰ったヘッドフォンがとても快適だ。ソニーのMDR-XB300という
モデルである。着装感がいいし、耳全体をソフトに覆うので奥行きのある自然なステレオ音響だ。
ただし、コードの長さが1メートルくらいしかないから、PC上でユーチューブの映像やオンライン・
ストリーミングを見たりするのにしか使えない。
そこで、6年ほど前に次男が懸賞に当選して貰ったi ポッドの出番だ。もう今では誰も使わないから、
これに色々ぶち込んで、自転車で片道30分の道のりのフィットネス・ジムに行く時に、でかいヘッド
フォンで聴こうと思う。外の音もしっかり聴こえるから、音楽を聴きながら自転車に乗っていても
特に危険ではないと思う。冬は自転車に乗るとき、耳が隠れる帽子か耳カバーを付けるから、同じ
ようなものだろう。

ヘッドフォンの性能テストも兼ねて、クリスマス後1週間の限定でガーディアン紙のサイトからタダで
オンライン配信されている『ヘンゼルとグレーテル』@グラインドボーンを観賞した。
DVDにもなってる2008年のプロダクションで、特にグレーテル役のアドリアーナ・クチェロヴァに
注目だ。

c0188818_23135627.jpg演出 Laurent Pelly
指揮 Kazushi Ono, the London Philharmonic Orchestra
ヘンゼル Jennifer Holloway,
グレーテル Adriana Kučerová,
母 Irmgard Vilsmaier,
父 Klaus Kuttler,
魔女 Wolfgang Ablinger-Sperrhacke


序曲の最中、グラインドボーンのお屋敷の遠景からだんだん近づき、出演者達が劇場の楽屋口に
入るところが映し出される。そこから楽屋へ、そしてカタコームを通ってステージに登るまでも既に
物語の一部なので、皆演技している。同時に、曰くありげな小包の箱が届けられる。そして、
その段ボール箱が、御伽噺の舞台になるのである。

c0188818_23293570.jpg

         ヘンゼルとグレーテルの住む家は、段ボールの箱。

シンプルでファンタジー溢れる夢のような舞台に御伽噺を現出すること演出といえば、ローラン・
ペリを置いてはいまい。この家の造形が、まず素晴らしい。
写真では小さすぎてディテールがわからないと思うので、↓の動画を見てもらいたい。


       二人ともエネルギッシュで、子供らしいしぐさにも
       わざとらしさがなくて好感度抜群、衣装もぴったり。

森の中の小屋という設定と雰囲気は守りつつ、少々現代的な味付けの舞台セットは、バルバラ・ド・
ランブール女史のデザインだ。ペリといえば、シャンタル・トマと組むことが多かったが、近年は
ド・ランブールとのコンビが目立つ。(ROHとモネの『サンドリヨン』も同コンビによる)

演出は、ストーリーに忠実でありながら、古めかしさを払拭して、ミュージカルのような軽さがあり、
子供や家族向けの明るく楽しいオペラになっている。ここまで正統的に楽しいのもイマドキありか、と
感心してしまった。

と、言うのは、『ヘンゼルとグレーテル』は、昔、実演で1度だけ観賞したことがあるのだが、
(オペラ・ノースとオペラ・ザウドの共同プロ)、その演出と設定がヴィクトリアンぽくて妙に暗かった
からだ。
舞台は街中のブルジョワの子供部屋で、魔女は住み込みの家庭教師のような威厳のある女性。
遊び道具も『不思議の国のアリス』を捻ったようなイミシンなもので、箒にまたがる家庭教師は
性的に抑圧されてフラストレーションがたまったオールド・ミスという具合で、明らかに大人の観客を
対象にしたものなのだった。
全体的に、もやがかかっていて、見ていて晴れ晴れした気分にはなれなかったし、音楽もどろどろ
した暗い印象だった。

グラインドボーンのプロダクションは、ハッタリもイミシンな謎もなく、勧善懲悪の明るい御伽噺に
終始している。しかしグリムの原作に基づいたフンパーディンクの意図は、これほど明るいもの
だったのだろうか、との疑問も感じたほどだ。

c0188818_095067.jpg

             魔女のお菓子の家は、スーパー・マーケット!

現代のお菓子の家はスーパーというのは、卓見というか、慧眼というか、目の付け所が素晴らしい。
スーパーの棚にあるお菓子類もなかなかリアリティがある品揃えで、映像だと細かい点もわかるのが
楽しい。
ヘンゼルたちが貪り食っていたお菓子の袋には、Gaufres de Liege(リエージュのワッフル)
と明記してあった。ベルギー・ワッフルにはリエージュ・ワッフルとブリュッセル・ワッフルの二種類が
ある。街角でよく売っているふわふわのが後者、少し硬めで家庭でも手軽に焼けるのが前者である。

c0188818_14565.jpg

           この辺はリエージュ・ワッフルのご当地で、年越しや元旦には
           欠かせない。クリスマス後に子供達が山のように焼いたが、
           みるみる減っていって、大晦日まではもたなかった。。。。


そして、スーパーの棚の山が開くと、全体の形はブリューゲルの描くバベルの塔そっくりになるの
だった。
このように、飽食とそれに伴う子供の肥満という現代的な問題を明るく提示して笑いを誘う。

c0188818_1131466.jpg

           お菓子で出来たバベルの塔も、子供達が焼いたもの。
           ブラニーならぬブロンディー。ホワイト・チョコとマカダミア・
           ナッツ入り。


c0188818_020510.jpg

             魔女に捕らえられたヘンゼル
         
ペリの演出では、妖精は妖精そのもので光り輝き軽やかだし、父と母もその辺にいそうなタイプで
現実味がある。しかし、それがどこかで見たようなベタな造形ではなく、ステレオタイプな人物像でも
全体が洗練された印象になるのは、演出家の見事な手腕のおかげだ。

魔女にテノールの男性を起用したところが隠し味である。よくある、母親と魔女が同一人物という設定
では、人間の深層心理を抉ってみせるような解釈にならざるを得ず、新鮮味は薄れるのだ。
そのかわりに、男性が演じる魔女は少々グロテスクコミカルでくったくがなく、哀れですらある。
プラテーがテノールの役であるというのと同様の効果があった。

期待のアドリアーナちゃんは、自然な可憐さの表現では抜群の歌手だと思う。嫌味がないどころか、
カマトトっぽく感じさせない歌唱と、光り輝くようなオーラもある。若い娘役のソプラノとしては、今後
かなりの上昇株ではないかと思う。
ウィーンの『セルセ』やミュンヘンの『愛の妙薬』以外では、どんなプロダクションでどんな役を
歌っているのか気になって検索したら、意外な動画を見つけた。
2006年の『偽の女庭師』@ザルツブルクでのセルペッタ役である。


       声を聴けば、そうとわかるが、あんまりのヘア・メーク。。。

このプロダクションは、ドリス・デリエ女史の演出なのだが、園芸センターという舞台設定も、パンク
っぽい登場人物も、大道具も小道具もグロテスクで、しかも全体に退屈きわまりないものだった。
だから、アドリアーナちゃんが出演していたことも全く印象に残っていないのだった。
彼女には、『愛の妙薬』@バイエンルン州立歌劇場のオンライン・ストリーミングで来週また会える。






   
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by didoregina | 2011-12-31 17:20 | オペラ映像 | Comments(4)
Commented by sarahoctavian at 2012-01-01 07:18 x
レイネさん、ご挨拶遅れました。あと1時間足らずで怒涛のようなこの年も終わりですね。秋にはやっとお会いできて嬉しかったわー。新しい年も実り多い一年となるよう祈っています。
可憐なクチェロヴァちゃん、まずは愛の妙薬がとっても楽しみ。相手役のブレスリクのコミカルでハートにグッとくるネモリーノにも期待してます(プレミエ時のフィリアノーティがとっても良かったもので・・)。彼女はミュンヘンでは5月のフィガロでスザンナを歌うのよ。ピサロニやキンリーサイド共演予定です。こちらはチケット予約リストに載せてるんだ!いい席が取れますように・・。
Commented by レイネ at 2012-01-01 18:43 x
sarahoctavianさま、新年明けましておめでとうございます。ご家族皆様健康で、よい年になりますよう。
秋のウィーン遠征は、楽しかったね!今年も、どこかでお会いできたらいいな。

アドリアーナちゃんの声は、モーツアルトに向いてると思うので、『フィガロ』@ミュンヘンのスザンナ、期待できますね。いい席が回ってくるといいわね。ピサローニのフィガロとの声の相性もよさそう。伯爵はキーンリーサイドでケイト・ロイヤルが伯爵夫人なのね、なかなか豪華。
Commented by Kinox at 2012-01-02 04:04 x
まあ素敵なブログですね! レイネさまはオランダなんですね。チョコレートやミルクがおいしかったなぁ。うらやましい。
このプロダクションは魔女はちょっと怖いですが、クチェロヴァ、ハロウェイ、フィルスマイアーの歌も素晴らしかったし、大野さんの指揮もワグネリアン的美しさを上手く引き出していて、音楽的には非常に満足しました。しかしレイネさまのお菓子の写真、あんまりにもおいしそう! 食べたくなります。
レイネさまのサイト、わたしのサイトにブックマークさせていただいてもよろしいでしょうか?
きゃあ、ミュンヘンのフィガロ、うらやましすぎるキャスト、いいなぁ...
Commented by レイネ at 2012-01-02 04:49 x
Kinoxさま、はい、乳製品が美味しいオランダです。

『ヘンゼルとグレーテル』@グラインドボーンは、ガーディアン紙のサイトから1週間だけオンライン・ストリーミングされるという情報は、貴ブログ記事で知ったのですが、お礼コメントするのを忘れてしまって失礼しました。教えていただきありがとうございます。
歌手は皆魅力的だしバランスもよくて、完成度の高いプロダクションでしたね。

どうぞ、ブックマークしてください。

ミュンヘンだけでなく、今年のヨーロッパは春ごろから魅力的なプロダクションがやたらと多いのです。パリの『ドン・ジョヴァンニ』(ハネケ演出でマッテイが主役)とか。あと半年ちょっとで次男が高校卒業したら、もっと遠征できるかも、と思ってますが。。。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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