DNOの『シチリア島の夕べの祈り』はクールなグラントペラ

DNOの2010年新シーズン開幕演目だった。しかし、当初から全くノーマークで実演観賞
しなかった。まず、わたしはヴェルディのオペラ自体にそれほど愛着が湧かないタチだし、
上演機会が多くないのには何か理由があるのだろう、とうがったせいだ。イタリア愛国精神
全開で、外国人にはわかりにくいというか地味なオペラなんだろうと、勝手に思い込んでいた。

c0188818_16504152.jpgLes vêpres siciliennes
Giuseppe Verdi (1813 1901)

muzikale leiding   Paolo Carignani
regie  Christof Loy
decor  Johannes Leiacker
kostuums  Ursula Renzenbrink
licht  Bernd Purkrabek
choreografie  Thomas Wilhelm
balletlibretto  Thomas Jonigk
dramaturgie  Yvonne Gebauer
video  Evita Galanou/Thomas Wollenberger

Hélène  Barbara Haveman
Ninetta  Lívia Ághová
Henri  Burkhard Fritz
Guy de Montfort  Alejandro Marco-Buhrmester
Jean Procida  Balint Szabo
Thibault  Hubert Francis
Danieli  Fabrice Farina
Mainfroid  Rudi de Vries
Robert  Roger Smeets
Le Sire de Béthune  Jeremy White
Le Comte de Vaudemont  Christophe Fel

orkest  Nederlands Philharmonisch Orkest
koor  Koor van De Nederlandse Opera
instudering  Martin Wright

見始めるとぐんぐんと惹きこまれた。様々な要素とエネルギーが全力投入されていて、絢爛な
モネ劇場の『ユグノー教徒』とは全く異なるアプローチだが、グラントペラとして並び称される
べきで、アムステルダム歌劇場の面目躍如と言える素晴らしいプロダクションだった。
聴かず嫌いは損だなあ、と改めて自戒の念を持った。

すでにDVD化され、日本でも発売されているから、興味のある方にはぜひとお勧めしたい。
多分DVDにもボーナスで付いてると思うが、DNOのはインタビューやメイキング・ヴィデオが
面白い。
合唱団の一人に焦点を当ててリハーサルの様子を追ったもので、その他大勢の中の一人
からの視点でオペラ・プロダクションの出来上がる課程を垣間見ることができる。着目点がいい。
おキマリの、指揮者や演出家や振付師や主役歌手のインタビューでは、音楽性についてとか
どういう解釈で役作りしたとかの語り口は大概紋切り型であり、面白い話が引き出されることは
めったにないものである。



今回のオペラは、フランスで初演された時と同じフランス語版上演で、カットされることが多い
バレエ『四季』もしっかり入っている。これは、なんと約30分もかかるのに合唱団員もびっくり。
しかし、その振付が素晴らしく、見ていて全く飽きなかった。マイムのような具象表現と優美で
クラシックな動きがいっしょになって、ドラマ性もあるものだ。

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       トマス・ヴィルヘルム振付のダンスは、優美さとコミカルさがミックス。
       主要登場人物の相関図や子供時代を具体的に説明している。
       鍋や鍋蓋その他のキッチン用具やテーブルなども上手く使われて
       わかりやすく楽しいし、ダンサーのしなやかな動きがなにより美しい。


クリストフ・ロイの演出は、クールすぎて賛否両論。DNOのアーカイブで様々な批評を読む
ことができるが、オランダの各紙・誌での批評自体も観客の反応も両極端だったのに対して、
ロイに代表されるレギー系演出のお膝元であるドイツの新聞やオペラ誌の批評は鷹揚なもので、
「ピエール・オーディの美術造形的舞台演出に慣れてるアムステルダムの観客には理解しにくい
ものがあるのだろう」という見方に、たしかにそうかも、と思った。

c0188818_17542579.jpg

        エレーヌとアンリは、幼馴染で恋人同士。しかし、
        アンリには出生の秘密があり、愛国と個人の愛
        の択一をお互い迫られる。

幕開きというものがなく、最初から幕の上がったままの舞台では、群集が動めいている。
フランスによる占領・統治下のシチリアなのだが、時代設定は定かではない。
フランス軍はスモーキング姿の男たちで、シチリア人は田舎っぽい日常着だ。そして、レジス
タンスの旗頭であるエレーヌは男装。

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        オランダ人ソプラノのバーバラ・ハーヴェマンがエレーヌ。
        リハーサル開始後に当初キャスティングされていたエミリー・
        マギーが降板したので、急遽代役に起用された。
        レパートリーではない役なので1ヶ月で譜読みとリハーサルを
        同時進行してこなしたという。

ハーヴェマンというソプラノは、自国オランダではほとんど活躍していないし初耳だった。
初めての役でしかも自分のレパートリーにないのに急遽代役に立ったという彼女のインタビューを
読んでびっくりしたが、TVで聴く限り歌唱はほとんど完璧だった。「リリコからリリコ・スピント、
コロラチューラまで要求される役で、1ヶ月で舞台に立つのは無茶かもと思いましたが、指揮者
である夫や指導者やピアニストなど周りの人の応援と支えと猛特訓のおかげで、他のヴェルディ
のレパートリーと同じくらいの仕上がりまで持って行くことができたと自負しています。」という肝の
座った態度が、男装のエレーナの女丈夫ぶりとマッチしている。
どの音域でも無理がない発声と嫌味のない自然な声で、難なくこなしていた。暗さのない軽やか
なリリコがもともとの持ち味のようだが、高音になるとスピントらしい張りも出て、色彩感抜群。
はっきり言ってわたし好みの声だ。ウィーンで小澤指揮・カーセン演出のマノン・レスコーとか、
オランダ以外のヨーロッパ各地で結構活躍している。今後も、注目したい。

c0188818_18444514.jpg

           中盤からはワンピース姿で、レジスタンスというより
           かわいい婚約者らしい格好だ。ちょっとだけクリスティン・
           スコット=トーマスに似たルックスなのもわたし好み。
           亡くなった弟やレジスタンス仲間の死亡告知ポスターの
           前で、愛国心を燃やすエレーヌ。

ヴェルデイのこのオペラの筋は複雑だ。フランスの圧制からのシチリア人の蜂起がメイン・テーマで、
そこに愛国派のエレーヌとアンリの愛情物語、そして残忍なフランス人総督ギイ・ド・モンフォールが
シチリア人の人妻に産ませた息子アンリとの愛憎が絡む、壮大な歴史ロマンである。

人物の相関関係が複雑なのを補足説明しよう、というわけなのか、ロイは大胆な演出でオペラを
寸断してしまった。なんと、序曲をオペラ冒頭から第一幕の終わりに移動させたのだ。
だから、いきなり幕が上がったままの舞台で始まったし、第一幕をプロローグのようにして見せた後、
長い序曲の間(まるで間奏曲になってしまったが)、下ろした幕に主要登場人物のパスポートのような
写真を投影して、ヴィデオでそれぞれの写真をモンタージュして子供時代まで遡らせて見せた。

その写真の下には生年月日があるので、時代設定がわかる。アンリやエレーヌたちは1940年代初め
第二次大戦中に生まれたということになっていて、だから、オペラの出来事は、60年代初め頃という
わけである。その時代設定が微妙だから、実際の歴史上の事件とは結びつきにくいのがミソである。

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          フランス人たちは、バロックっぽい衣装になったりする。
          黒いワンピース姿は、フランス人に略奪されたシチリア人の
          花嫁達。

クールでスタイリッシュな演出が得意なロイらしく、サディスティックなシーンも沢山流れる血も
ショッキングではなくさらりとして美しい。
シチリア人花嫁の略奪場面は静的で、ワイングラスを粉々に割って砕いた上をスリップ姿の
シチリア人花嫁たちを四つんばいで這わせる場面すら、全くグロにならずに美的でさえあった。
これが、例えばコンビチュニー演出だったら、エロ・グロ満載になってしまって目を覆いたくなったろう。

サディストの総督モンフォールだが、自分の血を分けた息子はかわいいから、鷹揚な振る舞いに
出たりもする。それがかえって有難迷惑で、息子アンリは父の愛憎に振り回される。
そして、エレーヌも愛国とフランス人とのハーフであるアンリへの愛との葛藤に悩む。
後半は、事件が絶え間なく起こり、悲劇のクライマックスへと突き進むテンポも速い。

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          最後には教会の鐘の音を合図に、蜂起したシチリア
          人たちがフランス人総督を殺す。

アンリ役のブルカード・フリッツは、ガタイがでかい割には声は軽そうなリリック・テノールで、
センシティブな役柄に合う声質だった。出ずっぱりで疲れが出たのか、後半のエレーヌとの
デュエットでちょっと高音があやふやな感じになったが。
モンフォール役のバリトンもやはり軽い感じの声だったので、3人の絡みはアンサンブル的にも
バランスが取れていてよかったと思うが、映像用に音声も処理しているだろうから、実際のところは
不明である。


ドラマチックな素材がヴェルディのドラマチックな(愛国心の高揚とロマンチシズム溢れる甘い
メロディー)に乗って、劇的効果満点の作品だ。もしも、どこかでこのオペラが上演される
なら、次の機会は逃したくないと思った。

リブレット作者のウジェーヌ・スクリーブは、様々なグラントペラの作詞をしているのだが、この
作品は元々、ドニゼッティの『アルバ公爵』のためのものだったということを知り、驚いた。
アルバ公といえば、残忍なスペイン人総督でスペイン統治下ネーデルラントの圧制者として
名を残しているから、ベルギー人、オランダ人なら誰でも知っている。
その歴史的題材を基にしたスクリーブのリブレットをドニゼッティがオペラ化したが未完に終わり、
同じリブレットで場所をシチリアに置き換えたものが、このヴェルディの『シチリア島の夕べの
祈り』だということを初めて知った。
というのは、来年5月にアントワープのフラームス・オペラが『アルバ公爵』を上演し、ご当地
歴史ものだし、主役が去年DNOでロメオ役だったイスマエル・ホルディなので、期待していた
から、その思わぬ偶然にびっくりしたのである。フラームス・オペラのサイトにあるあらすじを
読むと、登場人物の名前は少し違うが、果たして同じストーリーである。
ドニゼッティのオペラは未完に終わったから、ラストは現代の作曲家による補筆で初演される。

そして、今回の指揮者パオロ・カリニャーニも、初めて聴くので気になっていたが、なんと、
フラームス・オペラの『アルバ公爵』も彼が指揮するではないか。
イタリア人だがドイツで活躍してる人だから、感情を先立てて押しまくるタイプではなく、ちょっと
淡々とした醒めたようなしかし疾走感のある演奏に好感が持てた。

ロイが演出したほかのオペラも観たいなあと思ったら、なんと灯台下暗しで、8月のマレーナ様
主演、ロッシーニ『湖上の美人』@アン・デア・ウィーン劇場は、ロイ演出である。期待が一層
高まった。
う~む、興味をひくものは色んなところで繋がっているのだなあ、とうれしくなった。


        
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by didoregina | 2011-12-13 11:55 | オペラ映像 | Comments(2)
Commented by straycat at 2011-12-14 21:29 x
こんにちは!
何だかすごく面白そうなオペラですね。フランスへのレジスタンスの物語がフランスで初演されたんですか?そこのところの心理って結構興味深いですね。
バレエがたっぷり入っているのもいいですね、一粒で二度美味しい。バレエが入っているのはグランドオペラだからかな?アプローチも変わってる、序曲が間奏曲みたいになっているんですね。古典を大胆に再構築して創造する姿勢がいいですね。レイネさんがワクワクしてご覧になっている様子が伝わってきます。私も積読ならぬ、積録で困っています。オペラは長いので時間がとられて・・それに初めてのものは字幕も追わなきゃいけないので、やっぱりながら見はできないです。時間が足りない~。
Commented by レイネ at 2011-12-15 02:11 x
straycatさま、なんだか地味~なオペラかな、と思ってたら大違いのグランドオペラでした。たしかに、フランスに対するレジスタンスものがフランス初演というのは、なかなか興味深いですね。太っ腹というか、なんというのか。例えば、アジアの抗日をテーマにしたオペラを日本で初演なんて、ちょっと考えにくいですもの。
バレエ・シーンが長いのに、全然飽きずに楽しめました。振付もレジー系の演出の一部という感じで、とってつけたようなところが感じられないのは凄いことです。
そうなんですよ、DVD持ってると安心してしまって、なかなか観る時間が取れなくて、積読と同じ有様に。だから、TVで一期一会の覚悟でしっかり集中して見るほうがいいですね。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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