『メデア』@モネ  現代の魔女は繊細な心の持ち主?

2011年シーズン最初の演目『メデア』は、2008年のモネのプロダクションの再演だ。
オリジナルのフランス語版なので、登場人物名はフランス風の名前になっている。そして、
レチタティーヴォの代わりに、登場人物は現代フランス語の台詞をしゃべる。そこに、まず
少々違和感を覚えた。

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         メデアは、エイミー・ワインハウスそっくりのヘア・メイクに
         ドレス、そして刺青で登場。ナジャ・ミヒャエルは細身で華奢な
         体型なので、脆さと繊細さもワインハウスさながら。

Médée  Luigi Cherubini  2011年9月11日@モネ劇場
Opéra en trois actes, version originale française
Livret de François-Benoît Hoffman adapté par Krzysztof Warlikowski &
Christian Longchamp

Muzikale leiding  Christophe Rousset
Regie  Krzysztof Warlikowski
Decors & kostuums   Malgorzata Szczesniak
Belichting   Felice Ross
Dramaturgie  Christian Longchamp
Miron Hakenbeck
Video  Denis Guéguin
Choreografie  Saar Magal
Koorleiding  Stephen Betteridge

Médée  Nadja Michael
Jason  Kurt Streit
Néris  Christianne Stotijn
Créon  Vincent Le Texier
Dircé   Hendrickje Van Kerckhove
Première servante   Gaëlle Arquez
Deuxième servante   Anne-Fleur Inizian
Orkest  Les Talens Lyriques
Koor Koor van de Munt

開幕前や休憩中の舞台スクリーンには、50年代のホームヴィデオ風の映像(結婚式など)が
映し出され、60年代ポップスやシャンソンが流れている。
結婚式に参列するかのように正装した男の子二人が立っている。どうやら、メデアとイアソンの
息子たちらしい。

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        イアソンの新しい花嫁となるディルセ(グラウチェ)とその父
        クレオンとドレッド・ヘアのイアソン(ジャゾーネ)

第一幕冒頭では、まず、ディルセの恐れ慄きが主要テーマだ。女官たちから慰められたり、
父王から諌められたりするが、メデアの恨みを買うことは必至なので、イアソンとの結婚に乗り気
になれない王女である。
小鳥のようにはかなげで、国策のための政略結婚に従わなければならないディルセの心情が
叙情的なメロディーのバロック・フルート・ソロに込められている。結婚への迷いと希望とがないまぜ
で、魔女メデアがどんな手段に訴えてくるのだろうのか、という不安が心に暗い影を落としている。

イアソンからの贈り物も、乙女心がわかっていないようなヘンなものだから、心が満たされない。
ここでは、ダイヤを付けた髑髏で、まるでダミアン・ハーストの作品を思わせて愉快だった。
本物だったら相当の価値がある贈り物だが、贈られてもあまりうれしくないものである。

ディルセ役は、ベルギー期待のかわいらしいソプラノ、ヘンドリッキュ・ファン・ケルクホーヴだ。
小顔で細身の体型もリリコの声も、サリー・マシューズによく似ているから、『ばらの騎士』の
ゾフィー役なんかもぴったりだろう。見た目もさわやかでいい感じ。今シーズンはDNOの新作
オペラで素顔のマリリン・モンロー(ノーマ・ジーン)役を歌う。


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           皆から疎まれて追放の憂き目にあい、
           花嫁・花婿の人形に呪いを込めるメデア。
      

そういう愁嘆場にメデアが登場。酒瓶を持って足元が覚束ないそのいでたちは、エイミー・ワイン
ハウスそっくりであるが、このコスプレは3年前のプロダクションでも同様だった。ただ、つい先ごろ
ワインハウスが亡くなったばかりだから、その姿にどうもアクチュアルなリアリティーがある。
外見やドスの聴いた声と歌詞の内容とは裏腹に、ワインハウスもメデアも、心の奥に脆い部分を
秘めた繊細な女性だ。
ナジャ・ミヒャエルの声はこの役にどんぴしゃだし、最初からダイナミックにドラマチックで迫力満点。
かなりマリア・カラスを意識しているのではと思える歌唱。堂々たる悲劇のヒロイン魔女ぶりである。


フランス語の台詞がレチタティーヴォではなくしゃべりなので、音響増幅のため、主要登場人物は
皆、マイクロフォンを付けている。だから、台詞はよく聴こえるが、歌や演奏部分と比べて突出して
しまって不自然である。(古楽アンサンブルのレ・タラン・リリックによる演奏なのだが、古楽器の
音響補足のためにも、あちこちにマイクロフォンが立っている。だから、ヴァイオリン・ソロや太鼓
などがよく響きすぎて、これも少々不自然だった。)


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          メデアをなじりつつ同情心も見せるクレオンと
          しゅんとしてしおらしいそぶりのメデア。


イアソンというのは、男としての甲斐性がなくてかなり情けないタイプである。マッチョに振舞っても
結局、メデアのおかげで成功してのし上っただけで、実力が伴わない。メデアとディルセ双方の
女性の気持ちが全く理解できないのも、困ったものだ。現代にも多々見かけるし、よくある男の
典型かもしれない。そのイアソン役のクルト・シュトレイトは、ドレッド・ヘアもチンピラっぽい服装も
よく似合っていたし、空威張りでエゴイストのイアソンのイメージにぴったりの声と歌唱だ。


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           侍女ネリスに泣きつくメデア

メデアの策略を知らないネリスは、泣き落とされて心ならずもメデアの悪事に加担してしまう。
花嫁に毒を塗ったガウンを贈る役目だ。
ネリス役は大柄なメゾ。誰だろうと思ったら、クリスティアンネ・ストテインだった。この人には、
やっぱり、侍女とか乳母とか地味な役が似合うと思う。声にイマイチ、主役を張るだけの張りがなく、
オーラもないからだ。名脇役と言われる渋い俳優を見習って、脇役としてのトップを目指す方がいい。


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           二人の息子との別れを惜しむそぶりのメデア

第三幕は、ひたすら凶暴な悲劇の最後に向かって突き進む。しかし、演出は非常にスマートかつ
現代的で、子殺しのシーンも花嫁毒殺のシーンも見せない。
メデアは、壁にあった現代版ピエタ像の聖母の着ていたブルーのマントを纏い、子供達に別れを
告げる。新しいお母さんと仲良くするのよ、と。
しかし、心は冷たい炎に燃やされていることがわかる恨み節で、ギリシア悲劇のヒロインそのものの
勝気で自信に満ちた歌だ。この両極端の心情振幅の激しさが、メデアをメデアたらしめている。

自分のお腹を痛めて産んだ子供は可愛い。しかし、自分を捨てた夫と世間に対する憎しみと復讐の
念はそれを上回る。メデアの傷ついた心は、残酷という概念や後悔とは無縁の域に達したのだろう。
その確信に満ちた行為は、なぜか、世継ぎの子供を人質に捕られても降伏のそぶりを見せず、
「子供なんて、わたしにはいくらでも作れるのよ」と言い放ち、城壁の上からスカートを捲り上げて
下腹部を敵に見せ、あっと言わせたというルネサンス時代の女傑、カテリーナ・スフォルツァを思い
出させた。(塩野七生『ルネサンスの女たち』)

まるで妊婦のようにお腹を膨らませた格好のメデアが、スリップの下から血の付着した子供達の
パジャマを出して、イアソンに復讐劇の一部始終を悟らせる。
物分りの悪い男にも子供が殺されたことは理解でき半狂乱。メデアは復讐の甘い味をじっくりと
味わうようかのように丁寧にパジャマをたたんで箪笥に入れる。そこに幕が下り、音楽は終わる。
しかし、メデアは一人幕の前に残されたままだ。無言で無音の舞台をゆっくりと歩き、おもむろに
幕の中に仕掛けられたドアを開けて、メデアが奥に消える。ここで拍手になり、本当の幕。
龍に引かせた車を駆って天空に消えたりはしないが、メデアの行く先は別の次元の異界である。
社会から疎外された人間の、閉じられた狂の世界と言い換えてもいい。


歌手は皆、立派な歌唱で不満はない。だが、迫力とオーラではナジャ・ミヒャエルが群を抜いていた。
彼女の一人舞台といってもいいほどで、熱い拍手とブラーヴァが飛び交った。モネでは珍しいほどだ。
歌唱の点では、マリア・カラスに負けないメデアなのではないかと思えた。そして、演出と衣装の
せいで、強くて怖いだけの女ではないメデアの精神の脆い部分も表現されていた。

ケルビーニの音楽は、古典的端整さとドラマチックな乱調が混じって、バロックのようなケレンミも
あり、それにロマン派のように心を酔わせる毒の味もする。
ルセ指揮のル・タラン・リリックの演奏はハチャメチャとは程遠い端整な諧調そのもので、そこが少し
物足りない気がした。


このオペラは、23日から3週間、モネのサイトからオンラインでストリーミング配信される。
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by didoregina | 2011-09-14 17:33 | オペラ実演 | Comments(2)
Commented by Mev at 2011-09-15 15:32 x
面白そうな舞台だなーって、モネのサイトを見て羨ましく思っていたのです。 この主役の衣装、好きです。むしろエイミー・ワインハウスより色っぽい気がします。ナジャ・ミヒャエルは先日テレビでサロメを見て驚いたところです。彼女はものすごくパワフル。それでいて何かイノセントな邪悪さ(?)を心に抱えているような眼つき。軽やかな身のこなし。この演出のメデアにぴったりでしょうね!見たいなあ!!DVDになるしら。。。 

あ、そういえばDNOの今度の日曜マチネはCD録音されるそうですよ!
Commented by レイネ at 2011-09-15 15:53 x
Mevさま、ナジャ・ミヒャエルは比較的小柄で細身なのに、なまめかしさと迫力のある美人ですよね。Bravaでよく放映してるROHの『サロメ』は、彼女の容姿と声質が十二分に生かされた演出で好き。
このプロダクションはMezzoでライブ放映および再放送されます。タダでオンライン・ストリーミング視聴もできるので、ご覧になってね。多分、映像でのほうが音響が処理できるし、シンプルでこじんまりした舞台で画面に収まりがいいと思います。(実演は、少々迫力不足でした)
今週日曜はDNOのCD録音の日ですか。TV収録してもいいのにね。DMとメールで、コーラス席観客向けの案内が来ました。時間厳守とか、座ったらあんまり動くなとかの注意事項でした。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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