エマ・カークビーとジェイムズ・リスニー@修道院の図書館


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          1880年代に作られた図書館

ウィッテムのヘラルドゥス修道院の図書館を会場として、様々なコンサートが毎年秋に催される。
古楽や室内楽、ピアノや歌のリサイタルなど色々あるのだが、今まで、行こう行こうと思いつつ、
なんとなく機会を逃していた。
ようやく、修道院の図書館にふさわしいコンサートを見つけた。エマ・カークビーのリサイタルだ。

2011年9月12日@ Kloosterbibliotheek Wittem
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Franz Schubert - Der Einsame, D800
- Iphigenia,
- Auflösung, D807
- Ganymed, D544
- Du bist die Ruh, D776
- Im Frühling, D882

Franz Schubert - 4 Impromptu D 899

Pauze

Claude Debussy - Chansons de Bilitis

Franz Liszt - Benediction de Dieu dans la solitude

Amy Beach - Four Songs, op. 51
- Canzonetta (uit 'Four Songs' op. 48 nr. 4)
- Elle et moi (uit 'Three Songs' op. 21 nr. 3)


エマ・カークビーの声は、古楽系ソプラノの中で、とりたててわたしの好みではない。
素直で清らかなのだが、まあそれどまりで、どうも少々貧弱で魅力に欠けるのだ、CDでの印象
では。
だから、生の歌声を聴いたら、「おっ!」と何か響くものがあるかもしれない、いい点を見つけら
れるかもしれない、という期待があった。
そして、今回のリサイタルでは、曲目が古楽系ではないことに逆に惹かれたのである。あの声が
シューベルトやドビュッシーとどのように調和するのかと。

最初の曲は、コミカルな出だしとリズミカルな調子でしかもドイツ語なので、デイム・エマの声質に
全く合わない。どうしてこの曲を冒頭に持ってきたのだろう。
しかし、彼女自身による曲目紹介(内容や英訳など)を聴くと、そのしゃべりの声が美しく、発音も
正統的でしかも気取りがないのにうっとりした。また、2曲目以降は、シューベルトの歌曲でも、
彼女にまあまあ合っているので、少し気を取り直した。明るい曲よりも暗めの方が彼女向きだ。

シューベルトの歌曲の後は、ピアノ・ソロであった。事前に知らされたのは作曲家名だけだったので、
どういうプログラムなのかわからなかった。
ピアニストのリスニーが曲目の説明をしてから、弾き出したのが即興曲集op. 90だった。

自分で「最初の曲は、歌曲集『冬の旅』を思い出させる暗い曲です」と言っておきながら、彼の
弾く第一番は、妙に明るいのだった。特に出だしが非常に軽やかで、苦悩と絶望を感じさせる重さが
全くない。テーマの繰り返しで次第に陰影をつけていき、だんだんと本来の暗い曲調にもっていくの
だが、こういう解釈は初めてでびっくり。
この即興曲集は、5,6年前の発表会用に練習したので、音符の隅々まで覚えている。指が勝手に
動いてしまう。
リスニーは、第二番、第三番、第四番と全ての曲を、べったりとしたレガートを排して、リズミカルな
スタッカートに近い独特のリズム感で歌うように弾いた。そう、彼は、この即興曲集を歌唱のノリで
弾いたのだ。
つまり、メロディー重視で、低音は極力押さえ、明暗と色彩を軽やかなタッチとリズムで描き出す、と
いう独特の解釈である。絵画で言うと、油絵ではなく水彩画の味わいだ。
全編、あくまでも軽くてさわやか。肉声部に込められた苦悩を極々抑え目にして、天国的な高音を
強調しているから、地獄からの響きのような低音は耳を澄ませないと聴こえてこない。ニュアンスの
込め方がさりげなく、羽根でなぜるようなタッチなので、くすぐられた耳はいい気分になる。

この軽さとさわやかさは会場の大人気を博して、第二番が終わったところでフライング拍手も起きたし、
弾き終わると、ブラボーと盛大な拍手にスタンディンブ・オヴェーションだった。
彼の弾くドビュッシーなど聴いてみたい、と思った。

休憩後は、カークビーの歌う『ビリティスの歌』と、リストのピアノ・ソロと、最後はエイミー・ビーチの
歌曲だった。

どうも、カークビーが歌うドイツ語歌曲は耳になじみが悪かった。ドビュッシーはまだましだった。
エイミー・ビーチは、アメリカの作曲家だが、歌はなぜか英語ではないのだった。カークビーの歌う
英語の曲が聴きたい!と思ったら、アンコールで歌ってくれた。モーツァルト風の小品であった。

CDでさほど感銘を受けたことがない歌手は、ナマで聴いてもやっぱりそれほど印象が変わらないの
だな、と思った。特に、今回は絶対に選曲ミスだと思う。その証拠に、ピアニストの方が絶大な人気を
博していたのだ。

会場は大盛況で、満員御礼。防災規定上180人までしか入場は許されないが、申し込みが多かっ
たので、急遽昼間に追加コンサートをした、という。

修道院の図書館は、元々は聖職者育成のセミナリオ付属だったのだが、60年代に廃校になり、
古書は全てカトリック大学に寄付された。だから、今ある本は普通の新しい本ばかりで、背表紙を
見ると一般の図書館か書店のようだ。
木のインテリアの、舟形というよりは丸い天井と、両側の書架と各面にある螺旋階段の作りが、擬古
ゴシックで、茶色の色とあいまって落ち着きを感じさせる。音響も悪くない。石造りの教会よりも残響・
反響が少なく、古楽や室内楽のコンサート会場としては、いい雰囲気だ。
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by didoregina | 2011-09-13 09:50 | コンサート | Comments(6)
Commented by Mev at 2011-09-13 20:08 x
またまた素敵なコンサート空間を開拓ですね!
私はカークビーを聞いたことありませんので、その点については何もコメントできなくてすみません。 でも歌手はよくよく選曲に心血を注がなくてはいけないのですねえ。
Commented by レイネ at 2011-09-14 01:20 x
Mevさま、会場は予想以上に素敵でした。修道院の庭の花々にも趣があって。
古楽系・教会系のソプラノは、魅力ある声の持ち主がひしめき合ってる激戦区ですが、エマ・カークビーの声にはさほど特徴もないし、迫力にも魅力にも乏しいということを、ナマで聴いて確認しました。例えば、ヨハネット・ゾマーだったら、別のジャンル(オペラやジャズっぽい曲)もこなせる幅の広さがあるのですが。
デイム・エマは新領域を開拓しているようですが、声質に全然合わないシューベルトやドビュッシーは、だめですね。
Commented by アルチーナ at 2011-09-14 13:39 x
素敵な図書館ですね・・木の部分があまりごつくなさそうなのが良いですね。正面の螺旋階段の行先が気になります。外に出られるのかしら?

エマ・カークビー、有名ですが私も生では勿論,録音でもあまり聴いていないような気がします(汗)

>CDでさほど感銘を受けたことがない歌手は、ナマで聴いてもやっぱりそれほど印象が変わらないの
だな、と思った。

そうかもしれませんね・・録音よりも生の方が聴こえる物はありますけれど、好みと言うのはやっぱりありますしね・・って事なのかしら?
Commented by レイネ at 2011-09-14 15:57 x
アルチーナさま、正面の螺旋階段は、本当だ、外にでられそうですね。実際には、正面の窓(6枚)にロールカーテンが下ろされていて、壁と同化していたので気が付きませんでした。

古楽歌手若手や中堅で素敵な声のソプラノが多いので、カークビーの声には惹かれないのです。やっぱり若くて、今が旬!という声の方が魅力的ですものね。CTも同様で。。。
Commented by REIKO at 2011-09-15 02:40 x
最初の写真を見て、「うわ~!?額に五線譜が!」とビックリしました。
日本のオバサン(笑)は、同じくらいの歳でもこんなに五線譜出てる人いないので、「彫りの深い西洋人の顔は、老けるのも早い」のを感じずにはいられませんね。
古楽界の清純派、カークビーは17世紀モノなら割と好きですが、18世紀以降はパンチ不足の印象があります。
でもシューベルトの即興曲は拾い物だったようで、こういうのは嬉しいですね。
Commented by レイネ at 2011-09-15 14:58 x
REIKOさま、額にくっきりと刻まれた五線譜は、古楽ソプラノの重鎮(?)としての貫禄を示してますね。こういうプロフィール写真を公式に採用するところが凄い。でも、実物は、もう少し妖精的な雰囲気でかわいらしく年を取った、という印象でした。特に話す声がきれいなの。
まさに、パンチ不足の歌唱なので、聴いていて満足感が得られないのでした。ピアニストに対する万雷の拍手とブラボーが癪にさわったのか、休憩が終わってもデイム・エマはなかなか舞台に登場しませんでした。
リスリーの弾くリストも、シューベルトの即興曲集同様に羽根のように柔らかなタッチで、低音控えめでした。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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