Tous les Soleils バロック音楽ファン必見の佳作

主人公がバロック専門家で大学で音楽学を教えている、という設定に惹かれて観に行った。

5月から変則的にリュミエールで公開されていたのだが、今週月曜日が最終日だ。絶対に見
逃せない。しかし、予約なしで出かけた。なんだかオタクっぽい映画だからあまり人気がない
のではないかと思ったのだ。家族を誘ったのだが、誰も付いて来なかった。
夜7時30分開始の15分前に着くと、案に反して売り切れ。「待ってみます」と宣言して
ウェイティング・リストに載せてもらった。5人目である。入場できる可能性は低い。
開始5分前に、リスト最上位の人が呼ばれた。2分前くらいになって、私の名前が呼ばれた。
私の前に4人いるはずなのだが。。。中に入って納得。最前列端の入り口に一番近い席が
一つだけ空いていた。つまり、皆2人分の席をウェイティングしていたのでスルーされたのだ。
一人でよかったと、思わぬ僥倖に喜び、安堵し席に着いた。

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監督: Philippe Claudel
キャスト: Stefano Accorsi (Alessandro),
Lisa Cipriani (Irina),
Neri Marcorè (Crampone)
Clotilde Courau (Florence)
Anouk Aimée (Agathe)
2011年 フランス







ストラスブールの町並み(プティ・フランス)や観光名所(聖堂)が画面に現れる。
主人公の音楽学教授は50歳くらいで、電動自転車に乗って大学に通っているのだ。
授業のシーンでは、いきなりイタリア古謡の『タランテッラ』を聴かせて、学生に感想を聞く。
気取りのない語り口と素朴な風貌が、いかにもバロック音楽専門の学者の雰囲気だ。たとえる
なら、トン・コープマンみたいな感じ。ダンディーでペダンチックな皆川達夫先生とは正反対だ。

イタリア北部出身のアレッサンドロは、15年前に妻を亡くし、生後半年だった一人娘イリーナ
を男手一つで育ててきた。このところ、思春期の娘との関係が微妙になってきている。
ベルルスコーニ政権に耐えられず「政治亡命」してきたアナーキストの弟ルイージが同居して
いる。
アレッサンドロは若くして逝った美しい妻のことが忘れられず、女性関係に発展が見られない。
音楽を語るときや、音楽や文学で人を癒そうという熱意が大層魅力的なのだが、シャイで
ナイーブだから、愛情発露の仕方がわからないのだ。

トレーラーで流れるのは、ラルペッジャータによるLuna Lunedda。これが、この映画のテー
マのひとつ、アレッサンドロの人生の陽の部分を表している。彼が踊るタランテッラに注目の
こと。




クローデル監督は、Il y a longtemps que je t'aime(邦題『ずっとあなたを愛してる』)が
映画処女作で、これが2作目だ。この人、ナンシー大学の文化人類学教授かつ作家だそう。
文学では表現できないものを映画にしたかったのだな、ということがよくわかる。つまり、
本作ではタランテッラの音楽が、動機かつ主題になっている。いくつかのインタビューを読むと、2002年にラルペッジャータのCD『ラ・タランテッラ』をプレゼントにもらって、それ以来
病みつきになり、その音楽をテーマにして映画を作ろうと思ったそうだ。実際、毎日聴いている
うちにストーリーがどんどん浮かんできたと言う。なんと、素晴らしい才能だろう。

コミカルな調子の人とのふれあいが中心で台詞が多いので、一見、前作とは正反対の作品の
ように思えるが、シリアスで重いテーマを扱った前作でも、軽いユーモアは随所に見られた。
そして、ジュテーム「愛してる」という歌詞や台詞が、中心を貫いているのも同様だ。どちらの
映画の場合も、さらりと使われるのにその言葉に重みがある。親子や兄弟の様々な愛の形が
見え隠れする映像では透明さと軽やかさが支配しているのに対して、哲学的な台詞がところ
どころに現れて胸に残る。


c0188818_1753489.jpg

          年取って、森英恵そっくりになったアヌーク・エーメ

アレッサンドロ役ステファーノ・アッコルジの眼鏡をかけた顔がちょっとジョニー・デップに
似ていてチャーミングだ。
アヌーク・エーメが、相変わらず美しい。そして、年齢を感じさせない可憐な声。

アレッサンドロは、末期患者のために病室で本を朗読するボランティアもしている。また、
アマチュア・バロック・アンサンブルで歌も歌う。自分の持つ陽の部分で人を癒したり幸福に
するためなのだが、自分自身は死んだ妻に捕らわれたままで、心は陰の世界に籠もっている。
彼の切ない心情を吐露する歌が、Silenzio D'Amuriだ。イタリアのバロック古謡だ。



この歌の歌詞である詩を、アレッサンドロは末期患者に朗読する。愛を伝える一つの形として。
そして、ラストではアマチュア・コンサートで実際に歌う。この映画のテーマといえる歌なので、
これをタイトルにしてもよかったはずだ。

アマチュア・バロック・アンサンブルの練習風景や、この歌をアレッサンドロが歌うコンサー
ト場面は結構本格的だ。
ラルッペッジャータの音楽とマルコ・ビーズリーの歌が使われていて、下の動画の雰囲気その
もの。




イタリアのバロック古謡を洒落た形で現代映画に取り込んだこの作品は、はっと目を覚まさせる
ような、新鮮な美に満ち溢れた佳作だ。わかる人にはわかる、という映画かもしれないが。
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by didoregina | 2011-08-31 10:40 | 映画 | Comments(13)
Commented by galahad at 2011-08-31 23:39 x
これ観たい観たい!
でも日本で公開あるかしら。
ちょっとこの辺のミニシアターに訊ねてみます。
名古屋じゃダメかな。
Commented by レイネ at 2011-09-01 01:11 x
galahadさま、映画で使われた音楽が印象的だったので、クレジット・タイトルを真剣に読んでる人が多く見られました。ラルペッジャータのファンが増えるかも。
今年、東京のフランス映画祭に出品されたようです。邦訳タイトル決めるのが難しそう。Silence d'amour から訳す方がいいかも。名古屋でも公開されるといいですね。
Commented by 名古屋のおやじ at 2011-09-01 08:24 x
最近、マルコ・ビーズリーが参加している"Fra' Diavolo"というタイトルのCDを購入したばかりだったこともあり、こんな映画があるのか(!)と驚きました。私も観てみたいですが、当地では難しいかなあ。
Commented by アルチーナ at 2011-09-01 10:53 x
お!これですね。仰ってたのは・・
私も見てみたいです。音楽も良さそうですが、それを引いてもストーリーやセリフなど、映画としても佳い作品のようです。

それから・・Monteverdish どうでしょうね・・
以前、アフリカ的?魔笛を観に行ったことがあったのですが、
確かに面白い試みで、まあそういう意味では観に行ってみて良かったとは思ったのですが、やっぱり魔笛は普通に観たほうが良いとも同時に感じました。面白い試みは必要ですけれど、なかなか、オリジナルは抜けないですね・・
Commented by レイネ at 2011-09-01 16:23 x
名古屋のおやじさま、マルコ・ビーズリーの声は素敵ですね。テノールに萌えることはほとんどないけど、変に泥臭くない彼の歌唱法は嫌味がなくて、イタリア古謡にぴったり。ナマで聴きたい!と思ってます。(昨日、ユトレヒト古楽祭で歌った。。。)その前に、CD買います。
とってもいい映画ですから、日本でも公開してほしいです。
Commented by レイネ at 2011-09-01 16:31 x
アルチーナさま、とっても洒落たフランスのフィールグッド映画で、バロック音楽ファンには胸キュン要素が多いのです。クローデル監督には今後も注目だわ。

オペラを換骨奪胎した現代アレンジって、ゲテモノになる可能性が高いですが、値段が安いから観てみたい気も。ただ、ウィーン遠征前日ってのがガン。。。オペラの色々な可能性にチャレンジする気概は買います。

Commented by Mev at 2011-09-03 04:37 x
キャンセル待ちの映画なんてすごいです。知る人ぞ知る名作なのですね。 確かに魅力的。孤独な学者というのは可愛いですね。

週末ユトレヒトでラルペジアータの演奏があるのですが、残念ながら行けそうにありません。
Commented by レイネ at 2011-09-03 18:53 x
Mevさま、この映画、こんなに人気があるとは知りませんでした。クローデルの監督2作目というので、期待が高まったのでしょう。それと、月曜夜は5ユーロ50セントで映画が見られるので混雑するから、予約すべきでした。

ユトレヒトの古楽祭、今年は行きませんでした。昼のコンサートにあまり魅力的なのがなかったので。ラルペッジャータは、トリですね。でもでも、9月20日にリエージュ大学で『ラ・タランッテラ』コンサートがあるんです!しかし、同日の同時間に同じ町でオペラ鑑賞予定。。。悔しくって。
Commented by billy at 2012-04-20 17:11 x
はじめまして。先日この映画を見て、映画で流れていた音楽のことを知りたくって探していたら、こちらにたどり着きました。タランテッラの魅力にこの映画ですっかりはまってしまいました。映画の余韻が残っているうちに、知ることができてよかったです。本当に、どうも、ありがとうございました。
Commented by レイネ at 2012-04-20 21:17 x
billyさま、ようこそいらっしゃいませ。お役に立てて光栄です。ようやく日本でも公開されたんですね。
この映画は、ストーリーも登場人物(役者)も使われている音楽もさりげなく素敵ですよね。
マルコ・ビーズリーのCDを買ったままで聴いてないという怠慢さでしたが、丁度この機会に聴きま~す。
Commented by まくまく at 2012-11-28 21:26 x
はじめまして。先日大阪で「ヨーロッパ映画祭」があり、こちらの作品を観て本当に感動してこちらのページにたどり着きました。(邦訳タイトルは「こころの陽だまり」でした)音楽も何もかも素晴らしくて、数日経った今も興奮冷めやらね、です。日本でもDVD発売してくれないかしら~と願って止みません。
Commented by まくまく at 2012-11-28 21:34 x
何度もすみません、英訳タイトルが「silence of love」になっており、疑問だったのですが理由がわかりました。素敵な音楽、お教えくださってありがとうございました。早速購入しなくては!
Commented by レイネ at 2012-11-29 21:55 x
まくまくさま、ようこそいらっしゃいませ。大阪の映画祭でご覧になったんですね。邦題『こころの陽だまり』というのは、訳しにくいタイトルを無理や嫌味のない日本語にして、映画の内容とも隔離していないという近年稀にみる名訳ですね!
心に残るいい映画の感動を共有できて、こちらもうれしいです。
ラルペッジャータのCD『タランテッラ』がこの映画の源泉でありかつ効果的に使われているのもうれしいことです。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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