ジョン・ブローの『ヴィーナスとアドニス』 トランスパラントのダンス・オペラ

アントワープのデ・シンヘルというコンサート・ホールに初めて行った。

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       建築会館も兼ねている複合文化施設

日曜日に丸一日遊ぶため、家族揃ってアントワープまで出かけた。
一番のメインは今年5月に完成した新しい博物館MAS見学なのだが、丁度マチネのオペラ公演が
あったので組み合わせた。チケットは一人6ユーロとめちゃ安だったが、それには理由があった。

『ヴィーナスとアドニス』はジョン・ブロー(1649-1708)作曲の唯一のオペラ(当時はマスク)
だが、上演機会が少ないレア・バロックものだ。今回は、生舞台に接するまたとないチャンスである。
もともとはチャールズ2世のために作られた作品で、初演では王の愛妾(ヴィーナス役)とその子
(キューピッド役)が出演したというから、内輪で演じて、楽しむ娯楽だったのだ。

マスクとかセミ・オペラというのは、まだまだ、後のオペラのように歌と音楽と演技とが融合した総合
芸術とは異なるものだと、パーセルの『妖精の女王』を観賞したときしみじみ感じた。
すなわち、主な台詞は朗読でまるで芝居のよう、独唱や重唱、合唱などの歌も入るが、器楽演奏
はどちらかというと重点の置かれたダンスのための伴奏の感を呈する、という具合で、各々の独立
した構成要素をむりやり一つの舞台に乗せた、という印象で有機的に結合していないのだった。

ブローのマスクでは、台詞は全て歌われる。これだけでも、いわゆるオペラのイメージに近い。
ダンス場面が多いのは、マスクには必要不可欠だから許そう。また、3幕で1時間と短いのは、パー
セルの『ダイドーとイニーアス』でも同様だから、別に文句はない。

さて、ホールに入場すると、舞台上、左端に楽器が並べてある。
オケ・ピットのないホールでは、舞台にオケが上がっていても不思議はない。しかし、かなり広い
ステージの左端、というのが微妙だ。私達は1列目かぶりつき席だったが、まっすぐステージを見ると
オケが視界に入ってこないのが残念だ。というのは、面白そうな楽器編成だったからだ。

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         ステージの左側に置かれた器楽演奏台。
         オルガン、チェンバロ、ハープ、テオルボが通奏低音。
         それにバロック・ヴァイオリン2から4、リコーダー、チェロ2台と
         バロック・ギターが加わる。

すごいのは、リーダーのニコラ・アクテンの八面六臂の演奏だ。なにしろ、バロック・ギターを抱えて
指揮をとりつつ、ハープも弾く。(2年前の『エウリディーチェ』では、テオルボを抱えて立ったまま、
主役オルフェオの歌も歌った。そのときは、オルフェオなんだからハープを弾きつつ歌ったらいいのに、
という感想だったが、彼はやっぱりハープも弾けるのだ。)

VENUS AND ADONIS John Blow  2011年8月28日@deSingel

GEZELSCHAP Muziektheater Transparant
MUZIKALE LEIDING Nicolas Achten
COACHING Marcin Lasia
SCENOGRAFIE Itamar Serussi
CHOREOGRAFIE Itamar Serussi
COPRODUCTIE deSingel , Danshuis Station Zuid (Tilburg)


↓ リハーサル風景および鍵盤奏者とリーダーのニコラ・アクテンのインタビュー



実演では、器楽奏者もダンサーも歌手も皆、白またはベージュまたはグレーの私服に近いような
衣装でさわやか。全員、裸足であったのとシンプルなコスチュームで若さが強調されていた。
実際、アクテンとバロック・ヴァイオリンのコンマス以外は、全員学生っぽい非常に若い子達だった。

リーダーのアクテンが、今回は歌わなかったのが非常に残念だ。というのは、歌ったのはプロの
レヴェルには達していない歌手ばかりだったからだ。皆、学生だから仕方がないが、誰一人として
感心させる歌唱の人はいなかったから、退屈して、もう、眠くて眠くて困ってしまった。(器楽演奏
に関しては文句はないのだが)

歌手はダンサーも兼ねていて、一つの役を何人かで交代しながら全員が踊り歌う、という構成だった。
かなり難しい振りがついているから、踊りつつ歌うというのは、やはり若い子でないとこなせない。
登場人物はヴィーナス、キューピッド、アドニスに牧人だから、全員が公平にソロを歌うためには、
一役に複数の歌手を充てる必要がある。どうしてその必要があるかと言うと、小学校の学芸会を想像
してもらえばよろしい。今回は、アクテンとトランスパラントが主催する学生のためのワークショップの
学芸会的な出し物だったのだ。

いかにもベルギーのコンテンポラリー・ダンス、という感じの振り付けで、次男曰く「ADHDみたいな
動きで、見ていて疲れた」とのこと。手を伸ばせばステージに届くような距離の席だったから、見てる
だけで疲れるというのはありえるかもしれない。

ストーリーは非常に単純で、キューピッドのいたずらでヴィーナスは美少年アドニスを愛するようになる
が、狩の最中にアドニスはイノシシに襲われて負傷し死んでしまう、というだけの話だ。
キューピッドがソプラノもしくはメゾ、ヴィーナスがソプラノというのはわかるが、アドニスがバリトンという
のは納得できない。美少年なんだからCTかメゾか、せめてテノールにしてほしかった。
当時のイギリス王室では、CTが好まれなかったのだろうか。バリトンが歌うと、どうも中年っぽくなって
しまい、自分のことをアドニスと呼んだりして可愛らしく拗ねたりする台詞↓とのギャップが辛い。

Adonis:
Adonis will not hunt today:
I have already caught the noblest prey.
(アドニスは今日、狩には行かない。最も高貴な獲物をもう捕らえたのだから。)

Venus:
No, my shepherd haste away:
Absence kindles new desire,
I would not have my lover tire.
(だめよ、わたしの羊飼い、急いでお出かけなさい。離れていれば新しい欲望に火がつくわ。
愛人に飽きられてしまうのはいやよ。)

ヴィーナスとアドニスの後朝の音楽はバロックながら官能的で、『ばらの騎士』を思い出させる。
アドニスの台詞はオクダヴィアンそのものだし、その後のヴィーナスによる愛想尽かしの台詞も、
元帥夫人かダイドーか、という感じである。

歌は難しくなさそうだし、長いアリアもないから、学芸会向けのオペラである。しかし、官能的な部分を
表現できる大人の歌手がヴィーナスを歌う舞台を見てみたい。ブローの音楽はイギリスのバロックらしい
典雅さと牧歌的な要素もあるのだから、『ダイドー』とのダブル・ビルならぴったりだと思うのだ。
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by didoregina | 2011-08-29 17:46 | オペラ実演 | Comments(0)


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