映像美に目を瞠ったバイロイトの『ローエングリン』

バイロイトの『ローエングリン』がTVでライブ放映された。
一生バイロイト参りには縁がないであろうから、舞台だけでなく幕間や舞台裏も垣間見ることが
できたことに感謝した。プロダクションとしても映像の美しさでも秀逸だった。

特に目を瞠らされたのは、シンプルなコスチュームの美しさだ。登場人物はほぼ全て白と黒の
衣装で統一されたいでたちだった。現代的でパッキリとして、込められた意味も判じ易い。

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             白ネズミの群れとエルザとハインリッヒ王

ダッシュの着ている衣装は、いずれも着てみたい!と思わせるデザインばかり。

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          特にこの2列ボタンのコート・ドレスは素敵。

白と黒が単に正と邪もしくは善と悪もしくは清と濁の象徴ではないことは、だんだんに判っていった。
ハインリッヒはさほど腹黒いわけではなく、途中のアニメ映像で明かされるように、ネズミ軍団
(民衆)に骨まで骨まで食い荒らされるような、単純で隙の多い人物だ。王らしからぬ貧相な
黒の衣装と布で出来た王冠がそれを表している。
(しかし、王の歌う「ドイツのためにドイツの民よ剣を取れ!」というアジは、ブラバントの民に
とって、しらじらしく聴こえるだけだろう。オランダ人ベルギー人には耐えられない苦痛だと察する)

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          黒ネズミの着ぐるみを脱ぐと現れるのは、派手な衣装。
          王の伝令の髪型が、某国総書記に似ている。
          悪役2人は、黒と白が入り混じった光沢のある衣装で
          腹黒いだけではなくカリスマ性があることを強調。


今回の映像で面白かったのは、間奏曲の演奏中に舞台設営の様子を早送りで見せたり、上からの
俯瞰アングルで、工場や炭鉱などで使われる吊り上げ式ガードローブなどの整然としてインダストリ
アルな舞台装置の動きを、まるでバレエの群舞のようなメカニックな美しさに撮っていたことだ。
オーケストラ・ピットの映像は全くなかったと記憶する。そのため、現実に引き戻されることなく、
スタイリッシュに終始していた。


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聖堂でのエルザは、ウェディング・ドレスのように見える白のロング。ドレスのスカート部分は、
羽根のような質感。エルザの白と同型・同デザインの黒のドレスをオルトルードが着ていたので、
白鳥と黒鳥の戦いのように見える。ローエングリンの名前と出自の禁忌を強調するモチーフの
メロディーは、チャイコフスキーの『白鳥の湖』情景のテーマに似ている。ここでも、そのメロ
ディーが虚ろに響く。呪われた結婚の前触れのように。


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結婚式の服装は、打って変わってシンプルで、まるで病院で支給される患者用パジャマだ。
(この結婚のテーマ曲は、不幸の前触れなんだから、おめでたくない。だから、この曲を実際に
結婚式で使用する人の考えが知れない。子供達は、この曲は『ローエングリン』が原典なのだと
初めて知り、びっくりしていた。)

二人の初夜のベッドは、まさに実験室か手術室のような空間にあった。夫の禁忌に迫るエルザは
悶々として憤懣やるかたない。たしかに、素性の知れない男と結婚するのは不安だ。妻としては
知る権利や拒む権利もあろう。だが、約束を破るのはご法度だ。心はやるせない葛藤からヒス
テリーを起こす。


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第三幕では、今までの白と衣装とは打って変わり、喪服の黒。チュール付きの帽子のせいでまるで
パンクっぽく見えた。正常心を失い虚ろだが、目は大きく見開いて狂の表情。ダッシュは、もともと
美人だし舞台栄えがするが、顔は仮面のように変わらずに目だけでの演技が印象的だった。声も
清純派エルザにはぴったりだ。

フォークトのローエングリンも適役。歌唱にも演技にも全く非の打ち所がない。ただし、ルックスが
オランダ人イリュージョニストのハンス・クロックに似ているので、所作によってはマジックをやってる
ように見える時もあった。

↓ ハンス・クロックの最新マジック・ショー


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by didoregina | 2011-08-16 11:24 | オペラ映像 | Comments(10)
Commented by sarahoctavian at 2011-08-16 19:00 x
私も引き込まれるように最後まで観てしまいました。去年のプレミエ時にネズミ集団云々酷評記事をあちこちで読んだのですが、舞台や衣装の色同様明確で分かりやすい解釈で良かったなと思います。
そこここに登場する’ドイツ民族’のくだりはドイツ人にとっても非常に気分の悪いもの。ミュンヘンの舞台を見た時も今回も夫が反応してました・・・。
Commented by レイネ at 2011-08-16 19:16 x
sarahoctavianさま、Arteでご覧になりました?幕間にそぞろ歩く日本人とおぼしき方たちも見かけましたが、ドレスだと貧相に見えるのでやっぱり大和なでしこには着物が一番、と改めて思いましたわ。
この演出、悪くないですよね。コーラスをネズミにしたことで視覚的にも変化があって飽きさせないし。ソロ歌手にはさほど難しい演技もなく歌いやすかったのでは、と察します。
なぞの小物の扱いが象徴的というか、エルザの幻覚なのかな、とも思えました。

ヒットラーお気に入りの汎ゲルマン・イデオロギー部分は、鼻白ませるものがありますね。
Commented by galahad at 2011-08-16 23:06 x
フォークトさんのローエングリンはけっこう気に入ってたんですが、今回はまたグレードアップしてて良かったです!
舞台もネズミのことばかり言われてましたが、そんなの気にならないしゃれたデザインのものでしたよね。
ダッシュ嬢エルザには独特のモダンな雰囲気があって(こちらも)目を見張りました。
Commented by レイネ at 2011-08-16 23:15 x
galahadさま、主役二人はもちろん歌手陣が素晴らしく、演出もスタイリッシュですよね。どんなものになるかと恐れてたネズミ軍団ですが、全く気にさわりませんでした。
ダッシュのエルザ、よかったけど、やっぱり彼女はモーツァルトで聴きたいなあ。フォークト=ローエングリンは日本で実現するんですね。伝説化しそう。
Commented by kametaro07 at 2011-08-17 17:04 x
演出について同感です。
>チャイコフスキーの『白鳥の湖』情景のテーマに似ている。
チャイコフスキーはワグナーの『ローエングリン』を高く評価していて『白鳥の湖』はその影響のもと作曲した言われているそうですね。
ダッシュはまだ生で聴いたことはないのですが、2008年のザルツのドンジョの映像でドンナアンナを歌っているのを観ました。
それはちょっと固い印象だったので、このエルザの方が良いと思ったのですが、いずれにせよ生で聴いてみたい人です。


Commented by レイネ at 2011-08-17 19:50 x
kametaro07さま、あちこちでオペラ実演をいろいろご覧になっているのに、生ダッシュは未聴なんですね。ダッシュの声質がモーツァルト向けというイメージですが、エルザも素晴らしい!と思いました。

チャイコの『白鳥の湖』情景テーマは、某ヤマハ音楽教室に通っていた幼稚園時代、初めての発表会でエレクトーン演奏した曲なので、体にしみこんでるというか、わたしの原点というか。でもワーグナーの方が先なのね。(そういえば、数年前、ワーグナーのピアノ曲『黒鳥の出現』というピアノ曲を練習したのを今思い出しました)
Commented by アルチーナ at 2011-08-19 13:18 x
遅ればせながら、ようやく私も見ました。
ドイツでは放送開始が1時間強遅らせて放送されたようですが、日本は完全に生中継でした・・しかし録画で見たんですけれどね・・

確かに衣装、セット、キレイでしたね。
でもちょっと私にはナルホド!と思うところが全くなくて良くワカリマセンでした。でも別に嫌いな演出というわけでは無いです。
それにしても・・皆が同じ作品を見られるというのは、感想を読む楽しみが倍増しますね!面白いです。
白鳥VS黒鳥のシーンは素敵でしたね。全く同じ衣装で色違いで・・スカートの裾が広がっているから、距離感もちょうど良くて!

ダッシュエルザは潤んだ目が印象的なシーンもありました。確かに顔全体で表現はしていなかったですけれど、目が大きいから目だけでの表現が可能なのかしら・・??
Commented by レイネ at 2011-08-19 15:17 x
アルチーナさま、実は最初の15分間を見逃してるので、ちゃんとしたレビューが書けなかったのでした。そのあともArteのTV放送がテクニカル・プロブレムで中断されたりして、第一幕はしっかり観た気がしなかったのです。

本当に、世界のオペラの生中継は、今後も全世界向けにいろいろやって欲しいです。(といっても、ヨーロッパと日本、それに北米向けになるんでしょうが。)日本では、『タンホイザー』の前日は、ザルツブルクからの中継も放映されたんですって?さすが。
幕間に、なぜかフランス人演出家のインタビューがあり、その人はなぜか「日本、日本」を連呼してました。(ワーグナー)オペラ市場として日本は無視できない、と。
Commented by Mev at 2011-08-19 18:45 x
外出してしまったためこの日の中継は見られず、著作権問題で削除されてしまったYoutube動画でかろうじてちょっとだけ見たりしましたが、欲求不満です。オンラインでの有料視聴も8/30まで可能なのですが(約15ユーロ)なんだかちゃんとみられる気がせずお金を惜しんで申し込んでいません。後日どこかのテレビ局で放映してくれるのを気長に待つことにします。(私ってケチ?)
Commented by レイネ at 2011-08-19 20:32 x
Mevさま、わたしも、Arteで放映してくれなかったらわざわざオンライン有料試聴しようとは思いませんわ。このプロダクションはDVD化されて、またTV放映ということを願ってます。

ところで、DNOの『イフィゲニア2部作』のチケット・ゲットされたのね!モネとの共同プロだけど、アムスの歌劇場は舞台がだだっ広いから、ステージ造形は異なるのかしら。モネでは舞台後方にオケ、そのまた後ろに野外劇場風客席が作られてました。私はかぶりつき席だったけど、字幕が見えないかもしれないから事前にリブレットを予習もしくはプリントアウトして持参するようにとのお達しでした。変則的舞台が目の前や真横まで張り出してましたが、字幕は見えました。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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