『ルサルカ』は大人のための残酷童話

Bravaのリンブルフ月間で、オペラ・ザウドによる『ルサルカ』TV放映を鑑賞した。
オランダでは、オペラでも映画でも劇場でもTV放映でも基本的に原語主義(オランダ語字幕付き)
であるのを、わたしは非常に評価している。
例外は子供向け映画のロードショーだが、それでも映画館では原語版とオランダ語吹き替え版との
両方を上映するから、選べるのだ。

オペラ・ザウドでは、毎年1作は子供向けメルヘンっぽいオペラを取り上げる。だが、ヤナーチェクの
オペラでさえも通常はチェコ語での上演だ。それが、この『ルサルカ』だけは、珍しくもオランダ語
上演だったので、実演はパスしたのだった。
それが、アンヌマリー・クレーマー主演で、youtubeの動画を見るとなかなかいい雰囲気である。
見逃したのが悔やまれた。だから、TV放映してくれたのがありがたい。

c0188818_0534827.jpgpremière 3 maart 2007,  
Theater aan het Vrijthof Maastricht
dirigent Stefan Veselka
regisseur David Prins
decor- en lichtontwerper Reier Pos
kostuumontwerper Marrit van der Burgt
choreograa fMarishka van Loon

水の精親父 Jeroen Bik,
王女 Francis van Broekhuizen,
ルサルカ Annemarie Kremer,
王子 Frank Blees,
魔女 Klara Uleman,

orkest Limburgs Symphonie Orkest
koor Het Zuidelijk Theaterkoor



まったくもって、これは子供向けメルヘン・オペラではないことが、すぐにわかった。
今まで全曲通して聴いたり観たことがなかったから、勝手に御伽噺風オペラだと思っていたのだ。
音楽的にもワグナーに通じるものがある、大人のための目くるめく世紀末ドラマだった。
さすが、ドボルジャーク、交響楽的書法をオペラにも用いて、クールかつ重厚な音楽だ。

c0188818_134228.jpg

     森の精たちは、インドネシアの影絵芝居ワヤン風シルエットの衣装。 
     しかし、「ホ・ヤ・ホー」と勇ましく歌うので、まるでワルキューレ。
     冒頭からして、邪悪な雰囲気が紛々と匂う。

ルサルカは、ほとんど不感症の冷たい水の精である。
彼女が王子に抱いたのは恋心というよりは、自分とは異質の世界に生きる人間という存在への漠然
とした憧れだ。自分の住む世界に飽き足らず、全く別の世界を知りたいという、子供から大人への
成長過程で誰でもが抱く好奇心に他ならない。



       クレーマーが歌うオランダ語版『月に寄せる歌』。
       ベルベットというより喉の毛管が毛羽立ってるように聴こえる
       ルネ・フレミングの声よりも、ずっとわたし好み。


クレーマーの声は、野蚕(ワイルド・シルク)のような感じで、野趣のあるツヤとちょっと粒が立った
ようなテクスチャーで、大人のための残酷童話である『ルサルカ』にはぴったりだ。
ワイルドでクールなルックスも、血の通わない女・意思疎通が難しい異次元世界の女という設定に
どんぴしゃ。


c0188818_1292835.jpg

       人間の姿と引き換えに、声を失ったルサルカは、王子に見初められるが、
       話が通じず、文字通り体温も冷たいので、いらついた王子は結婚式で
       なんと別の王女を選んでしまう。


王子に捨てられて、人の世をはかなんだルサルカは、水の世界に戻りたいと思うが、そうは問屋が
卸さない。王子を殺すこともできず、自ら死ぬことも叶わず、人間でも妖精でもない存在として、
孤独の世界に生きることになってしまう。
どこにも属することができず、世界から孤立させられたという疎外感が、やるせなく19世紀末的だ。
その無機質の冷たさが、文字通り背筋がぞくっとして鳥肌立つような音楽に表現されている。
R.シュトラウスの『サロメ』にも通じるものがあり、びっくりした。

『サロメ』といえば、クレーマーの容姿も声もサロメにぴったりだ。無垢なルサルカというより、
「ヨカナーン、お前の唇に接吻させておくれ」と繰り返すサロメに見えてしまうことが多々あった。

しかし、『ルサルカ』で、最後に接吻を求めるのは王子の方だった。
氷の世界に閉じ込められたルサルカは魔性の女ファム・ファタールになり、彼女からの接吻は
文字通り死の接吻である。死の陶酔と引き換えの接吻というのもいかにも世紀末的発想だ。


c0188818_1465628.jpg

       氷の世界までルサルカを追って来た王子。   
       自らファム・ファタールの手にかかっての死を望む。


歌手は、女性陣が皆上手いのに、王子役がまた酷かった。オペラ・ザウドでは毎度ながら、主役
級のテノール歌手が全然だめだ。この人の場合、喉が詰まってまるでミュージカル歌手みたいに
口先から出すような発声で、歌唱に滑らかさもないから、耳に馴染まずほとんど不快だった。ただ、
オランダ語の発音だけはミュージカル並みに聞き取りやすかった。

オペラをオランダ語で歌われると噴飯モノに聴こえるのでは、と危惧したのだが、オランダ語歌詞
(オランダ語字幕付き)というのは、音楽に馴染んでほとんど気にならず、思ったほど悪くなかった。


       


     
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by didoregina | 2011-05-17 18:59 | オペラ映像 | Comments(12)
Commented by アルチーナ at 2011-05-18 11:34 x
オペラってやっぱり面白いですよね!
確かに私も御伽噺・・としか思っていなかったかもしれませんが

>彼女が王子に抱いたのは恋心というよりは、自分とは異質の世界に生きる人間という存在への漠然とした憧れだ。

と書かれているのを読んで、ルサルカのような憧れとは違うのですが
「蝶々夫人」や「ムツェンスク郡のマクベス夫人」も、本当に愛だったのか?それよりも、今ここから逃げ出したかったのでは?と思った事があるんですよね・・それがいわゆる白馬の王子なのかしら?と・・・

でも本当に演出や歌手の個性などによって色々と感じる事が出来るオペラって楽しいですよね。

世紀末的発想・・ですか・・一度だけテレビで見たことがあるのですが(フレミングでカーセン演出)又、ルサルカを見てみたいと思いました。

Commented by レイネ at 2011-05-18 16:08 x
アルチーナさま、「月に寄せる歌」しか知らなかったので、このオペラの世紀末世界は目からウロコでした。音楽も思っていた以上に重厚で。

たしかに、白馬の王子様への憧れは、世間知らずの女の子が漠然と夢に描く別世界への逃避行を実現させるための手段という実利的面があるように思えます。

フレミングの声は、アルチーナさんもあまりお好きではなかったわよね。彼女の声はおいといて、カーセンの演出は見てみたいです。DVDになってるはずなので。
Commented by Mev at 2011-05-18 19:52 x
ブラバを見られるようになったのですが、なかなかゆっくり座っておられずまだちゃんと見たことがありません。引っ越したら少しは見たいです。

さて、ルサルカは人魚姫みたいだなーとバイエルン版水びたしトレーラーを見て思っておりました。 哀しい話ですよね。
オランダ語オペラ、以前一回観ました(レイネさまもですよね?)アダムの追放。天使が「ヘッラース!」と歌うところだけがどうも私にとってはしっくり来なかった覚えがあります。
Commented by sarahoctavian at 2011-05-18 22:19 x
はいはい・・バイエルンのは今思い出しても鼻血が出そうな(?笑)あくどい読み替えだったなあ。でも音楽としては劇的ででロマンチックでとても気に入りました。あ、燕尾服姿のクラウス・フロリアン・フォクトが惚れ惚れとする素敵な王子様だったし。
Commented by straycat at 2011-05-18 23:46 x
あら、ルサルカ面白そうですね。
新国立でも11月にやるので、galahadさん達とも見に行こうと話していたんですよ。
キャラクターはサロメに近い?でもYoutubeを聴くと、音楽はメロディアスでシュトラウスほど和音が複雑じゃない感じでしょうか?
新国立はコジもキャストが変更になって少し落胆しています。
ルサルカはどうなるでしょうか?
元はと言えばこちらが悪いんですけれどもね。
Commented by レイネ at 2011-05-19 02:07 x
Mevさま、お家、見つかりましたか?ご子息の学校に近いところをやはりお探しかしら。
Bravaのリンブルフ月間は内容がいつもと違っていて、変化があり面白いです。

ルサルカは人魚であり、ファム・ファタールであるので、救済されずに結末は暗いんです。
もともとオランダ語で作られたオペラならいいんですが、オリジナルがチェコ語なのにオランダ語上演というのが気に入らなかったんですが、実際に聴くと気になりませんでした。
Commented by レイネ at 2011-05-19 02:12 x
sarahoctavianさま、ストレートに上演しても毒が多いストーリーですから、お子様向けにはならないんですね。今までちゃんと聞かずにいて損してたわ。
ミュンヘンだったら、いいテノールがいくらでも登場してくれるからいいんだけど、マーストリヒトではテノール人材不足でいつも酷いんです。とても王子とは思えない親父ルックスと塩辛い声で、最初、猟師かと思い、そのあと王子なんだとわかり哀しくなりました。
Commented by レイネ at 2011-05-19 02:25 x
straycatさま、新国の『ルサルカ』、楽しみですね。シュトラウスの音楽でいったら『サロメ』に近いかなという印象を持ちました。『サロメ』よりはずっとメロディアスで歌いやすく聴きやすいですが。

海外からのアーチストは、次々と来日キャンセルしてるようですね。放射線の影響は後代にもどういう影響がでるか予測が付かないので、若い人や出産可能な人はなるべく避けるべきでしょう。わたしは、チェルノーブイリ事故の時にはヨーロッパでリアルに体験しているのと、ホットスポットで生まれ育って病気になった子供たちの里親もしていたので、恐怖感が身にしみてます。ああ、毎日ニュースを見てはため息が出るばかり。
Commented by アルチーナ at 2011-05-23 12:01 x
先日サロメを放送していたのでテレビで見たのですが、考えてみたらサロメも月夜、なんですね~・・

今度、新国でも「サロメ」→「ルサルカ」の順で、上演するので、ちょっと楽しみになってきました。
そういえば、今回も「ばらの騎士」→「コジ・ファン・トゥッテ」で「ばらの騎士」が良く言われるようにフィガロの結婚・・と言うより、今回観た印象では「男はみんなこんなもの」という印象だったので、新国もプログラムがイマイチ面白くはないけれど、それなりには考えているのだろうか?(笑)と思った次第・・

フレミングは声が好きじゃないと思っていましたが、先日テレビで見た「ばらの騎士」ではあまり気になりませんでした・・・おきゃん過ぎる元帥夫人という演技の方が気になりました(笑)
Commented by レイネ at 2011-05-23 12:53 x
アルチーナさま、TV放映の『サロメ』は演出・キャスト誰だったのかしら。例の二期会のヤツってことはないわよね。
新国のプログラミングって、そこまで深く考えてるんでしょうか、という疑問もありますが、たしかに関連付けはできそうです。これら全部観賞のご予定?今年は生の舞台をあまり見ていないので反省してますが、オペラ実演に如くものはないですからね。
フレミングのシュトラウスものCD持ってますが、あまり聴く気がしないんです。声が苦手なので。でも映像付きもしくはライブだと気にならないというのもありますね。生だと別人のように印象が変わるということもありますし。
Commented by アルチーナ at 2011-05-23 15:29 x
サロメはROHのマクヴィカー演出、ナージャ・ミヒャエルがタイトルロールでミヒャエル・フォレがヨカナーンのものでした。

いや・・新国・・そこまでは考えていないでしょうね・・やはり(笑)
それから・・私は生オペラで金額的にあうものが日本では新国、(たまーーに来日オペラのバロックオペラ、)位しかありませんので、殆ど全部、聴きに行く予定です。

フレミングは音だけで聴いたのは「アルチーナ」くらいかもしれないですが、あれは全然・・以下略。

本当に・・フレミングもあれだけ人気があるのだから、生で聴いたらよいのかもしれませんよね・・簡単に判断してはいけない・・と思いつつ、ツイツイ(笑)
Commented by レイネ at 2011-05-23 17:05 x
アルチーナさま、マクヴィカー演出の『サロメ』はわたしもTVで見ました。ナジャ・ミヒャエルが熱演して役柄にぴったりだし、「7つのヴェールの踊り」は、幼児~少女~大人への心理の成長過程を、次々と通り抜ける部屋とドアとで表していて、とっても気に入りました。

フレミングはナマで聴く機会はなさそうですが、一度はMETのライブビューイングでも見てみたら印象が変わるかも、とは思いつつ。。。彼女の「月に寄せる歌」は映像付きでも、好きにはなれなかったので。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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