A. スカルラッティの『ラ・ジュディッタ』 レア・マイナー・バロック

デン・ハーグまで出かけたのは、アレッサンドロ・スカルラッティのオラトリオ『ラ・ジュディッタ』
鑑賞が主目的であった。
オペラ2デイというオペラ団のプロダクションで、ロッテルダム、デン・ハーグ、ズウォレでの
3公演しか行われない。こういうレアでマイナーなオペラを見逃すと、あと50年くらいは後悔
必至であるから、泊りがけで観に行ったのだ。(実は、デン・ハーグのホテル・クーポンが
3月末で切れるので、それを使用するため、何かやってないかと探したら見つかったオペラ、
というのが真相。A. スカルラッティ、マイケル・チャンスというのが決め手になった)

c0188818_18295254.jpgLa Giuditta
Alessandro Scarlatti @ Theater de Regentes
2011年3月24日

Giuditta - Ana Maria Labin (sopraan)
Nutrice - Michael Chance (altus)
Holofernus - Krystian Adam (tenor)
Dirigent - Hernán Schvartzman
Regie - Serge van Veggel
Scenografie - Herbert Janse
Kostuums - Sergio Cruz Ramirez
Licht - Henk van der Geest

デン・ハーグのレヘンテ劇場というのは、街中の住宅街にある元プール(!)という、かなり
オリジナルで独特の雰囲気ある劇場だ。

c0188818_18373676.jpg

        更衣室とかシャワー室とかだったのだろう思われるタイル張り空間に、
        レトロでインダストリアルなインテリアが絶妙にキマっている。

しかも、デン・ハーグでの公演は、「物狂いの女たち」というテーマのフェスティヴァルの一環
としての上演であり、その日はフェスティヴァル初日だったので、有名なカバレット芸人(歌って
踊れ、世相をギャグるコメディアン)のサネ・ワリス=デ・フリースが登場して、開会のショーを
受け持った。これが非常に明るく楽しいもので、その後に続く割とシリアスなオペラとの対比が
面白く、一粒で二度美味しいような得した気分になった。

c0188818_18462020.jpg

        舞台左後方に器楽アンサンブル、右手に岩山と、墓地を思わせる
        小道具(数々の写真立てとろうそく)、左手前に寝台というシンプルな
        舞台装置と構成。歌手からは指揮者や器楽演奏家があまり見えない。

序曲の間、右手の岩山に腰掛けた老婆(マイケル・チャンス!)が写真をいじくりまわしている。
舞台を覆っていた黒い薄幕がするすると後方に引かれると、墓碑を思わせるような写真立てと
灯りの点されたろうそくが沢山現れる。シンプルだが、状況説明としては気が利いた演出だ。
アッシリア軍に滅ぼされつつあるベツリアの町の運命は、風前の灯火である。

夫を殺されたユディットは、占領という逼迫する危機感とあいまって悲嘆にくれるのだが、老母に
励まされて女としての悲しみを乗り越え、復讐とベツリアの町を守るため、計略を練り、アッシリア軍
将軍ホロフェルネスに、美貌と肉体を武器に迫り酒で誘惑し、首尾上々、寝首を斯くのだった。



こういう状況に置かれた寡婦ユディットのとった行動は、テロと言うよりは憂国の烈女の報国の思いに
駆られての偉業、として賞賛されてしかるべきではないかと思うのだが。美術史上に登場する彼女は
どちらかというと悪女と紙一重のファム・ファタールのイメージだ。サロメよりもっとすさまじく、自分で
切った仇の首を手に歓喜に打ち震えるような表情に描かれていることが多い。猟奇的である。

それに対して、音楽では同じテーマを扱っても、モーツァルトの『救われたベツリア』でも、
ユディットの揺らぐ心情が切々と歌われる。
つまり、最後の残虐なシーンに到達するまでの過程がセンセーションとしてでなく、生身の人間の
心の葛藤として表現されているのだ。
絵画のシーンはクライマックスの瞬間を切り取ったショッキングなものになっているのに対して、
音楽の表現のほうが時間的制約が少ないという利点があるから、登場人物の心の揺れをドラマ
チックに描くことができる。
それに台詞や歌詞の加わったオペラ(オラトリオ)であるから、劇的効果はより一層高まる。

ユディット役のソプラノ、アナ・マリア・ラービンはなかなか整った美貌の持ち主で、声も清々しく
澄んでいて、しかも緊張感のある表現ができる適役だった。

c0188818_19562946.jpg

        彼女の今後のスケジュールを見ていて、大発見してしまった。
        来シーズンのグラインドボーン・オン・ツアーでの『リナルド』の
        アルミーダ役が決まっている。10月11月に、夏とは別の若手
        キャストで上演するものだ。そして、そのリナルドは、なんと
        デュモー選手!本キャストのプリナ姐より、絶対こっちがいい。

ユディットの母親役のマイケル・チャンスは、堂々たる貫禄で、生身の感情を押し殺して秘めた
パッションを感じさせる歌唱と演技が秀逸だった。高音のツヤや美しさなど望めない、盛時を過ぎた
カウンターテナーの進む道として正道を行っている。よくぞ登場してくださった、と感謝。
ホロフェルネス役のテノールも、癖のない朗々とした明るい声質で好感度が高い。
器楽は、このプロダクションのために集まった若い古楽演奏家たちが、いい演奏をした。


c0188818_19441425.jpg

       フォアイエも元スイミング・プールの雰囲気が紛々と漂う。
       フェスティヴァル初日だったので、終演後は発泡酒にタパス
       みたいなつまみが供された。カバレットとオペラ、ドリンク付き
       20ユーロは安い。
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by didoregina | 2011-03-31 12:50 | オペラ実演 | Comments(2)
Commented by galahad at 2011-03-31 21:41 x
スカルラッティにはこんなユディトのオラトリオなんてのもあるんですか。 珍しいし、連鎖的にいい歌手さんやデュモー選手の情報も発見されて良かったですね。 マイケル・チャンス、私は3年前にヨハネ受難曲(AOE来日公演)で聴いて「まだ歌うんだぁ」と感心していたんですが、それどころじゃなくこのような公演でも活躍しているんですね~。 私ってば失礼だったかしら。 
Commented by レイネ at 2011-04-01 02:58 x
galahadさま、アレッサンドロは昨年が生誕350年のメモリアル・イヤーだったのに、記念コンサートなどもあまりなく、盛り上がりに欠けてましたから、このオペラ公演はうれしかった~!
デュモー、今年はチェーザレ主役したり、グラインドボーン(オン・ツアーだけど)でリナルド主役など、キャリア・アップとレパートリー拡大にがんばってます。
マイケル・チャンスは、受難曲専門みたいなイメージになってますが、オランダでは(新人開拓に追いつけない)老年ファンに不滅の人気を誇るメジャーなカウンター・テナーです。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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