ベズイデンホウトのモーツァルト・リサイタル

クリスティアン・ベズイデンホウトがモーツァルトをフォルテ・ピアノで弾くリサイタルに行ってきた。
家から40分ほどの距離にあるベルギーのハッセルトのカルチャー・センター・ホールである。
ここのコンサート・ホールは、温度も空間の使い方も雰囲気も妙に寒々しく、80年代に建ったと
おぼしい官製の複合文化施設の成れの果てと言う感じで、音楽を楽しむには全く不向きの場所
である。まるで冷戦時代に東欧の共産党シンパの建築家が設計したみたいなホールだ。(工科
大学で建築を学ぶ長男もこれには全く同意見だった。。。)
しかし、値段だけは安い。なんでも最高19ユーロという設定で、20ユーロ以上のクラシック・
コンサートは皆無である。国もしくは市町村からの補助金が潤沢なようだ。しかし、客席は気の
毒になるほど埋まっていない。全く、よその国ながら、こんなに官費の無駄使いをしていいのか、
と義憤の煮えたぎる思いだ。(<-うそ。この値段に感謝こそすれ、恨み・苦言はまったくない)

Kristian Bezuidenhout 2011年2月20日@Concertzaal Cultuurcentrum Haselt
c0188818_4481675.jpgWolfgang Amadeus Mozart (1756 - 1791)
Sonata in F, KV 332 (1778)
Acht Variationen uber "Ein Weib ist das herrlichste Ding" KV 613 (1791)

pauze

Fantasie in c, KV 396 (1782)
(fragment: arrangement en voltooid voor piano door Mazimilian Stadler)
Sonata in Bes, KV 333 (1778)

encore
Andante Cantabile uit Sonata in C KV 330
        
 公式近影(使用前)

前回のハッセルトでのコンサートでは、ケルメス姐にふられている。
今回、ピアニストが舞台に登場したとたん、「ありゃ~、別のピアニストだ。またキャンセルか」
と思ってしまった。すなわち、まるでニコライ・ルガンスキーばりの貴公子然とした若いピアニストが
歩いてきたからだ。

c0188818_4544199.jpg

           ピアニスト近影(使用後)

しかし、これが、エキストリーム・メイクオーヴァー後のベズイデンホウトその人なのだった。
プログラム・ブックにも公式サイトにも載っている上の写真(使用前)と、最近の下の写真(使用後)
を見比べてみて欲しい。
同一人物だと思えるだろうか?息が止まり、同行の友人と顔と見合わせてしまった。

かぶりつき席正面というのは、音の小さいフォルテ・ピアノのコンサートの場合、いい選択だ。
特にここのホールは、舞台の高さが膝ほどしかないため、音が頭の上を通り過ぎたりしないし、
フォルテ・ピアノは小さいから目線がほぼ鍵盤に近い。後ろの席だったら、音が拡散して届かないかも
しれない。

c0188818_552947.jpg

           1800年頃のウィーンのローゼンベルガー製。
           エドウィン・ブウンクのコレクション。


このフォルテ・ピアノには見覚えがある。2年前にヘーレンで聴いたロナルド・ブラウティハムによるハイドン・
リサイタルでも使用されたものと同一だと思う。(プログラム・ブックにはなぜか楽器の説明が全くなかった
ので、終演後にベズイデンホウト本人に訊いて確かめた)
時代的にはハイドンにぴったり、モーツァルトよりはちょっと若く、歴史的価値はある楽器だが、どうも
それほどわたし好みの音色がでない。いまひとつだけ、ふくよかさに欠けるのだ。
特に、前半のプログラムでは、耳が慣れていないせいか、曲に入り込めないような、白々しさを感じた。

ベズイデンホウトの顔芸は、男性ピアニストにしては、なかなかに細やかなニュアンスがあった。
フォルテ・ピアノという楽器自体が、現代の男性ピアニストには向いていないような気がする.
基本的に女性のための楽器に思えるのだ。しかし、激ヤセしたベズイデンホウトには、このエレガントな
楽器はなかなかビジュアル的に似合う。

しかし、楽器の音色が音楽とマッチして、思いがけない優美さを生んだのは、休憩の後からだった。
いずれもモーツァルトのピアノ曲では、1,2を争う名曲だと思う好きな曲である。
前半の、どこかとげとげしいようなきんきんした音とは打って変わって、滑らかで艶のある音色に
変化した。
ホロヴィッツの弾く、幼児性と飄々した魔性が混在した音に耳が馴染んでいる曲であるが、ベズイデン
ホウトのフォルテ・ピアノで聴いても違和感を感じない。それまでは封印されていた楽器の可能性が
ここにきて解き放たれたかのようで、音色にも強弱にも幅が広がった自在な演奏である。

ベズイデンホウト(日本語での表記はこれが標準のようだ)は、オランダ系の名前だ。
南アフリカの白人は、英国系とオランダ系に分かれ、オランダ系南アフリカ人は訛のきついオランダ語
みたいなアフリカーンス語をしゃべる。しかし、ベズイデンホウトは、きれいな英語でアンコール曲の
説明をした。ベルギーのハッセルトはオランダ語圏だから、アフリカーンス語を母国語とするなら、
オランダ語に近いアフリカーンス語で話しただろうから、彼は英語を母国語として育ったようだ。

c0188818_5424790.jpg

          終演後、私服に着替えたピアニストから
          今回使用のフォルテ・ピアノについて教えてもらった。
          モーツァルトよりは少し若いが、ウィーン製の
          オリジナルで素晴らしい楽器であること、
          鍵盤は5オクターブ半で、膝で操作するフォルテと
          モデラーターの2つのペダル(のようなもの)が
          あることなど。

R「客の入りがあまりよくないのが、かなり残念です」
B「そうですね、日曜の午後と言うことは差し引いても」と、紳士的に控えめだが、無念そう。

R「フォアイエで販売しているCDは4種類ありましたが、今日演奏した曲は収められていませんね」
B「今日のプログラムは、次に発売予定のCDには入ります」
  なるほど、やっぱり新譜CDプロモーションの意味合いもあったのだ。

R「あなたの弾くロンドが好きなので、アンコール曲にはひそかに期待してたんですが」
B「そうですか、それなら、次回には検討してみます。アンコール曲にしては長いのですが」

舞台から降りてきて、写真も沢山撮らせてくれた。私服に着替えた彼は、ますますやせて見える。

ピアニストに礼を言った後、フォルテ・ピアノを片付けている調律師に「彼、激やせしたんじゃありま
せんか」と、オランダ語で話しかけてみた。この調律師は、3週間前にリンブリヒトで行われたトリオ・
ルスチニアのコンサートにも調律に来ていた。ベズイデンホウトの言うには、楽器の持ち主エドウィン・
ブウンクが派遣した人とのこと。
調律師「50キロ位やせたんじゃないかと思う。以前の彼から比べると」
R「控えめに見積もっても10キロはやせたという印象ですが、そんなに?」
調律師「やせすぎじゃないかな。これ以上やせたら危険というか」
R「そうですよね。激やせですよね」
ベズイデンホウトにオランダ語はわからないだろうという前提で、噂話に興じたのであった。

舞台では、今までのトレード・マークだった老眼鏡のような小さな眼鏡も外していたが、コートを着て
キャスター付きの小さなスーツ・ケースを引いて帰って行く彼とすれ違った時には、大きな黒ぶちで
トレンディーな眼鏡をかけていた。
やせてイメチェンしてヴィジュアル系路線を行くのはいいことだ、と思う。フォルテ・ピアノの貴公子、
なんてキャッチ・フレーズで売っていったらいいのではないか。だって、1979年生まれの、まだまだ
若いピアニストなんだから。フォルテ・ピアノ界は、モダン・ピアノほどピアニスト人口過剰の激戦区では
ないから、この調子でがんばってもらいたいものだ。
[PR]
by didoregina | 2011-02-20 22:26 | コンサート | Comments(10)
Commented by さわやか革命 at 2011-02-21 11:50 x
使用前/使用後--エンリコ・オノフリに次ぐ変貌ぶりと言えそうですなあ。
5月に来日して鈴木(弟)秀美のグループと共演するようです。守備範囲外なんで、私は行かないですが。
チラシの写真はしっかり「使用後」となっておりますよ。もっとも名前は「ベゼイデンホウト」になってますね。招聘元によってアーティストの名前がコロコロ変わることがあるんで、そのせいでしょうか。
Commented by アルチーナ at 2011-02-21 11:56 x
本当に激ヤセですね!
私も使用前の写真のイメージを持っておりました。
最近、顔芸が人気ですね。でも器楽奏者の方が、意外と歌手よりも顔芸する人が多いかもしれませんね・・・??
そうでもないかしら・・??
映画「インビクタス」を観たときにちょっとだけ調べたのですがアフリカーンス語というのがちょっとワカリマセン。オランダ語訛りの英語なんでしょうか??
Commented by レイネ at 2011-02-21 16:56 x
さわやか革命さま、守備範囲外なのは、フォルテ・ピアノそれとも曲目でしょうか?よろしかったら、行かれるのも一興です。今回演奏の楽器は、チェンバロに近い音色でした。
すでに、「使用後」の写真がチラシに、と!おお、あとはレーベルをHMからヴァージン、ソニーに移籍してヴィジュアル路線を突っ走る、というのがよろしいかと。ブゾウデンホウトという日本語表記が一番近いかと思いますが、ベゼイデンホウトのほうがベズイデンホウトよりはず~っとましです。とにかく、カタカナにしにくい発音が多いのが問題です、オランダ語は。だから古楽演奏家に多いオランダ系の名前の日本語表記にはいつも首を傾げてしまうのです。
Commented by レイネ at 2011-02-21 17:15 x
アルチーナさま、激ヤセって、オペラ歌手ならまだしも古楽界ではちょっと珍しいでしょう。あとは、ヨーヨー現象にならないのだけを祈ります。。。

アフリカーンス語というのは、17、18世紀に入植したオランダ人の言葉をルーツに持つ、南アフリカの公用語です(国内では全て二ヶ国語表示)。英語とは全く異なり、古いオランダ語方言という感じ。オランダ系白人と英国系白人は、ブーア戦争にも発展するくらい反目しあってあまり同化していません。アパルトヘイトという言葉もオランダ語だし、白人支配者層がしゃべる言葉がアフリカーンス語です。アフリカーンス系の大統領などが演説するときは英語を話してましたが、オランダ語訛の強い英語という印象で、英国系白人の英語とは異なります。黒人が主に話すのは、アフリカーンス語ではなく、ズールー語などの部族語および(ブロークンな)英語です。
Commented by REIKO at 2011-02-21 18:24 x
もう、この二枚の写真には「絶句」でございましたよ・・・「使用前」はかぶりモノだったんじゃないですか?(爆)
使用後は、確かに貴公子然としていて、ヴィジュアル系で十分行けそうですね、しかし・・・(←まだ驚きのショックが続いてる)
KV332と333はどちらも大好きな曲です。(有名なKV331より、こちら2曲の方が断然好みですね。)
Commented by レイネ at 2011-02-21 20:26 x
REIKOさま、「使用前」かぶりモノ説、信じたくなりますねえ。。。
ダイエットのパーソナル・トレイナーと、衣装およびヘア・メークのスタイリストが付いているだろうと確信しました。お肌のつやもよく、髪の色もしっとりしてましたから。しかも、歩き方からボタンの外し方、立ち上がってのお辞儀など一連の動きがすごくエレガントで、もしかしたら、キャットウォーク・トレイナーも付いてるかも。

調律師さんには、音律について尋ねようと思ってたのに、思わず激やせの話題で盛り上がって、まじめな話は飛んでしまった。。。
Commented by galahad at 2011-02-21 23:11 x
べ、別人…。 これではキャンセルされたと思いますよね。 フォルテピアノにはこのようなヴィジュアルのほうが似合いましょうけど、私は使用前のほうが好きです。 それと年齢を知らなかったのでそんなに若かったのかと2度びっくり。
あんまり痩せて身体を壊さないようにがんばっていただきたいものです。
Commented by レイネ at 2011-02-21 23:44 x
galahadさま、最前列真正面の座席だったのですが、激ヤセおよび顔芸で押してくるヴィジュアルの印象が強すぎて、音に集中できなくなったので、後半は少し左の方で、顔はよく見えないけど鍵盤と指の動きが見える位置に移動しました。だから後半の演奏のほうが気に入ってます。
本当、実年齢の若さを知ってびっくりです。痩せるのは比較的簡単ですが、体型維持は難しいので、がんばってもらいたいと思います。
それから、彼の低めのふくよかな声は耳に心地よく、ハイソっぽしゃべり方がわたし好みでうっとり。
Commented by bonnjour at 2011-02-22 08:06
いやー、逆の使用前・使用後(加齢による劣化)ならよくあるけれど、これはすごい。カール・ラガーフェルドのダイエット(小太りのドイツのおっちゃんが、ディオールの細身のスーツの似合う危ない感じのおやじに変身)に匹敵する使用前・使用後落差ですね。これならビジュアル路線でも売れますね。話し声も素敵だし♪♪ ラガーフェルドもダイエットから10年たつのにまったくリバウンドしていないから、元テディベアの貴公子にも頑張って、現状維持してもらいましょう。

ところでツーショットのバッグは例の、草木染の紬のやつですね。素敵。
Commented by レイネ at 2011-02-23 04:53 x
bonnjourさま、わたしもカール・ラガーフェルドを思い浮かべたんですよ、使用後の実物に接して。でも、不気味親父にはならなかったのは、若さの成せるわざですね。不遇だったかもしれない青春を今からでも取り戻せるでしょう。(ラガーフェルドは胃を縛ったり、脂肪吸引もしたという噂ですが。。。)

手作りサブ・バッグは、着物の友です。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


最新のコメント

Vermeerさま、多分..
by レイネ at 01:38
トマスのソロ・コンサート..
by Vemeer at 01:25
Vermeerさま、この..
by レイネ at 20:56
詳細なレポート、楽しく拝..
by Vermeer at 18:02
ロンドンの椿姫さま、それ..
by レイネ at 17:03
大満足のマスタークラスで..
by ロンドンの椿姫 at 23:41
鍵コメさま、ヴェロニカ・..
by didoregina at 18:57
Mevrouwさま、北海..
by レイネ at 18:46
レイネ様も怒涛の更新で、..
by Mevrouw at 23:33
Mevrouwさま、サー..
by レイネ at 22:10
Mevrouwさま、夏の..
by レイネ at 22:05
新作オペラに挑むのは本当..
by Mevrouw at 20:56
クロアチア~ベネチアを自..
by Mevrouw at 20:27
Mevrouwさま、ご高..
by レイネ at 20:19
ようやく一息つける日なの..
by Mevrouw at 19:57
Mevrouwさま、癒し..
by レイネ at 16:49
このところネットからも音..
by Mevrouw at 16:37
斑猫さま、もうすでにパリ..
by レイネ at 16:57
ロンドンの椿姫さま、まさ..
by レイネ at 16:54
こんにちは CT研究会..
by 斑猫 at 00:16

以前の記事

2017年 08月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月

タグ

最新のトラックバック

究極の愛を描いたワーグナ..
from dezire_photo &..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
ポン=タヴァン派、総合主..
from dezire_photo &..
倉冨亮太さんの繊細な美し..
from dezire_photo &..
ダイナミックで刺激的な多..
from dezire_photo &..
贅沢と快楽に生きる娼婦な..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..

カテゴリ

全体
バロック
映画
オペラ実演
オペラ映像
オペラ コンサート形式
着物
セイリング
コンサート
美術
帽子
マレーナ・エルンマン
イエスティン・デイヴィス
クイーン
CD
20世紀の音楽
旅行
料理
彫金
ビール醸造所
ベルギー・ビール
ハイ・ティー
サイクリング
ダンス
ハイキング
バッグ
教会建築
カウンターテナー
演劇
未分類

検索

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

音楽
映画

画像一覧