クリムトの『炉辺の女』  絵画と音楽の相乗作用その2

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ベルヴェデーレで見たクリムトの絵の中では、他のいかにもクリムトらしい華やかな絵に比べて、
静謐さではぬきんでているこの絵に引きこまれた。

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       『炉辺の女性』(1897/1898、オーストリア絵画館蔵)

暖炉の火の前で寝そべるようにして椅子に座る女性の顔だけが、おぼろげに照らされて
いる。赤い暖炉の火が暗闇の中の明かりの役割も果たしていて、それ以外は
ぼんやりと背景に溶け込んだように輪郭の定かでない人物像のみ。全体の印象としては
とても充足して親密な空間が作り出されているようで、幸福がひとつの形をとって描き出
されている。

この絵のドイツ語のタイトルは、Dame am Kaminである。そのタイトルを見て即、頭に
鳴ったのは、チャイコフスキーのピアノ曲集『四季』から、1月の『炉辺で』(am Kamin)。

暗くて寒い秋冬には、柔らかな炎を上げて燃える薪の暖炉が、体だけでなく心を暖めてくれる。
そして、薪の焼ける匂いと音。針葉樹は油分が多くて薪には適さないかもしれないが、樅の木
には、とてもいい香りのものもある。ほっとするような、郷愁を誘う。

チャイコフスキーの音楽には、東洋的なメロディーが時として顔をのぞかせ、日本人の心を
たまらなくくすぐるような気がする。『炉辺で』の、おっとりとした朴訥な話口のようなメロディー
には、田舎の老人が思い出話を語るような、ひそやかさがある。



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          その晩は、国立歌劇場でバレエを鑑賞した。

チャイコフスキーの『オネーギン』である。
一番上の階のさほどいい席ではなかったが、バレエなら十分だ。

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          モダンアートの緞帳は毎月変わるらしい。

観る前は、バレエの『オネーギン』には、オペラの『オネーギン』の音楽が使われて、特に
タチアナのテーマ、暗く下降する旋回がオペラのようにしつっこく出てくるのかと思っていた。
しかし、耳に聞こえてくるのは、オペラの音楽とはまるで違うものだ。オペラ『オネーギン』を
見たのはずいぶん昔だが、事前によくお勉強して行ったから、音楽はなんとなく覚えていると思う。
かなり最近にオペラ『オネーギン』をご覧になったロンドンの椿姫さんも、やはりバレエ音楽は
オペラとはぜんぜん違う、とおっしゃる。



そのかわり、耳になじみのある音楽も聞こえてきた。
冒頭に、男性ダンサーがソロで、ピアノ曲『炉辺で』のメロディーに乗せて踊るではないか。
非常にアットホームな雰囲気が漂う。
ピアノ曲をオーケストレーションしたものだが、変なアレンジや変奏という感じではなく、ほぼピアノの
スコアに忠実だ。
昼間にクリムトの絵を見たときに頭に鳴った音楽と同じものが、こんなところでまた聞こえてくるとは、
驚いた。

その直後のパ・ド・トゥの音楽は、やはり『四季』から6月の『舟歌』だった。
この哀愁を帯びたやるせないようなメロディーは、しかし、非常にダンサブルでもある。
川の水か滝が流れるような流麗さが、クラシック・バレエの優美なステップにぴったりだ。
しかも、暗い下降旋回の部分が、暗い出来事を予告するかのようにも聞こえる。なかなかに劇的でも
ある。

メランコリックでロマンチックな、10月『秋の歌』も上手い具合に使われていた。
はっきりと流用されていたのがわかったのは、『四季』からの以上3曲だけだが、他にもなんとなく
聞いたことがあるような旋律がいつくかあった。
後で調べると、バレエ『オネーギン』には、オペラ『オネーギン』からの音楽はまったく使われて
いないということだ。これにもびっくり。
ドイツ人ピアニスト兼作曲家のクルト=ハインツ・ストルツェという人が、ジョン・クランコ振り付けの
バレエ音楽のために編曲したもので、チャイコフスキーのピアノ曲および『皇帝の小さな靴』と
『リミニのフランチェスカ』などからメロディーを拝借したのだという。
これでは、チャイコフスキー作曲というよりは、いくつかの曲をアレンジしてつなげただけだ。

バレエのストーリーはオペラと同じだが、アリアがないから、クローズアップされるものがおのずと
異なり、展開もなんだかあっさりしたものだった。

次回ウィーン訪問の折には、ここでオペラ鑑賞してみたいものだ。

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     各階にあるフォアイエのひとつで、ロンドンの椿姫さんと。

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     ホテルのラウンジでベートーベンとの対話。
     着物は水色の色無地単衣。帯は絽塩瀬に波に浮かぶ南蛮船。
     前帯には、赤い人魚姫が描かれている。
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by didoregina | 2010-09-24 13:46 | 美術 | Comments(8)
Commented by Mev at 2010-09-25 11:51 x
またまた綺麗なお召し物です! 人魚姫の帯というのも注目度がより高くなったと思います。椿姫さんのお着物はうす緑に金?(すみません背景の加減でそう見えるのですが違ったらごめんなさい)。お二人の色のコントラストも素敵。
Commented by レイネ at 2010-09-25 16:40 x
Mevさま、お褒めいただきありがとうございます。この帯は、去年のオフ会@上野でも締めていたものです。その時は、前帯には小さな船の絵だったんですが、裏側に人魚姫を発見。小さくてよく見ないとわかならいけど、とても気に入ってます。
椿姫さんの着物と帯は金が入ってゴージャスです。事前に何度も着物コーデの打ち合わせをしました。色がかぶらず、お互いに引き立てあうようにと。
Commented by ロンドンの椿姫 at 2010-09-26 00:42 x
長い間、着物の相談して楽しみましたよね。結局、私はギリギリまで決まらず悩みましたが(お天気とかも関係しますしね)、ウィーン国立歌劇場で着物をいう夢が叶って嬉しいです。オペラと着物を一緒に楽しめる方とお知り合いになれて、本当によかったと思いました。ROHに続いてこれが2度目ですが、又どこかに行きましょうね!
Commented by レイネ at 2010-09-26 02:43 x
ロンドンの椿姫さま、内情を知らない人からは、オペラ鑑賞のために海外遠征、しかも着物で、なんてゴージャス、セレブと、思われるかもしれませんね。でも、ある意味、究極の贅沢ともいえますが。
ヨーロッパには行ってみたい歌劇場が沢山あり、奥深いので、ぜひぜひ、またご一緒させてくださいね。
Commented by straycat at 2010-09-26 08:33 x
わー 椿姫さんのところでも見てきました。
この画像ではくすんでよく見えませんが、このお着物はきれいなブルーなんですね。
前の柄は人魚だなんて、なんて洒落てるんでしょう。遊び心がありますね。
クリムトはいろんなテイストの絵があるんですね。私も典型的なクリムトの絵は、キンキラしていて退廃的で、そんなに好きではないのですが、この絵は素直な内面が滲み出ている感じがして好ましいです。
ここがウィーン国立歌劇場なんだ・・ホワイエも広くてゆったりしていますね。
Commented by レイネ at 2010-09-26 16:17 x
straycatさま、国立歌劇場は、全ての造りがゆったりとして空間をゴージャスに使っている印象でした。オケ・ピットの広々しているのにもびっくり。上から見ると、すかすかしてる。

すみません、わたしのカメラ、なぜかフラッシュが焚かれなくて、画面が妙に暗くなってるんです。椿姫さんやdognorahさんのブログで、きれいな写真をご覧になってください。
Commented by 守屋 at 2010-09-28 14:27 x
おはようございます。dognorahさんのところでいつもお名前は拝見しています。コメントは初めてだと思います。

 バレエの「オネーギン」に使われている音楽のいくつかを、昨年の11月、12月にロイヤル・オペラが上演した、チャイコフスキーの「女帝の靴」で耳にしました。特に、第3幕、宮廷でのバレエ・シーンから使われてるように感じました。
 ロイヤル・バレエでは、30日からシーズン開幕で「オネーギン」です。日本出身の崔由姫さんと、高田あかねさんがそれぞれオルガ役のデビューを果たす予定です。
Commented by レイネ at 2010-09-28 15:23 x
守屋さま、ようこそいらっしゃいませ。ご教示ありがとうございます。
『女帝の靴』っていうオペラのレビュー、ロンドン在住の方のブログで読みました。
クラシック・バレエはほとんど鑑賞の機会がなく、今回も予習なしで本番に臨みました。最近はDVDになったものを放映してくれるTV局があるので見てますが、バレエ音楽って同じ作曲家のほかの作品からパクルってことが結構多いようですね。でもバレエ『オネーギン』の作曲者チャイコフスキーという記述は妥当なのか、と思いました。編曲した人の名前をもっと出すべきではないかと。
ロイヤル・バレエは『オネーギン』でシーズン開幕ですか。ロマンチックで秋の雰囲気漂いますね。もともと、ロイヤル・バレエのためにクランコが振付け、編曲も依頼したものだから、本家で正統派をご覧になれますね。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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別名: didoregina
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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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