クリムトの「ユディット」 美術と音楽の相乗作用その1

ウィーン2日目は、朝から晴天である。
半そでのポロシャツにミニスカート、タイツとパシュミナという格好で一日歩いて観光した。

ホテルからワンブロック先に分離派会館ゼツェッションがある。
ここでクリムトの壁画『ベートーヴェン・フリーズ』をまず見よう。

c0188818_21141985.jpg

      ロータリーから見たゼツェッション。葉っぱをつなげたような金色の
      ドームが陽光に映える。
      花壇のある小公園には、なぜかさまざまな都市のマンホールの蓋が
      集められている。

c0188818_2118568.jpg


ベートーヴェンの『歓喜の歌』からインスピレーションを得たというこの壁画は、長年見てみたい
と憧れていたが、展示室に入って対峙すると、それほどの感慨が沸いてこなかった。

c0188818_21205586.jpg


絵を見ても、頭に音楽が鳴り響いてこないのだ。
どういうことだろう。

絵を見ると、すぐに音楽が聞こえてきたり、頭の中が文字で一杯になるような気がすることがある。
前者は、象徴派や印象派の絵の場合が多く、後者は、図像の絵解きをしなければならないような
神話や宗教的題材の近代より前の絵に多い。

ここにあるクリムトの絵とわたしとの接点はいつのまにかなくなっていて、心は遠く離れたところに行って
しまったようだった。クリムトとベートーヴェンという組み合わせも、いかにもウィーンらしいという気が
していたのだが。

c0188818_21335862.jpg

       ゼツェッションを出ての道すがら、ベートーヴェンの像に出会った。


次の目的地は、ベルヴェデーレだ。
まず『スリーピング・ビューティ』展を見た後、本館にあるオーストリア絵画館に行った。

c0188818_21362558.jpg


ここでもクリムトの絵がメインであるが、セガンティーニとホドラーのいい絵があるからうれしい。
27,8年前にここを訪れたときには、『接吻』『抱擁』などのキンキラと華やかな装飾性の強い
絵に惹かれたが、今見ると、どうもメジャーになりすぎて手垢がついたような感じがして、正視に
耐えられないくらい俗悪に思えた。これは、単にわたしが年を取った証拠なのかもしれないが、
コマーシャリズムの犠牲になった絵が哀れだ。

その代わり、クリムトの別の絵で、ほの暗い背景に浮かぶようなタッチの肖像画がいい、と思った。

c0188818_21465954.jpg

     クラヴィンのカルロスに扮した役者ヨーゼフ・ルウィンスキー
     (1895、 ベルヴェデーレ・オーストリア絵画館蔵)

金色を小量効かせてきりっとした使い方で、背景から煙るようにぼおっと浮き出る繊細な人物像との
対比が絶妙。線的・平面的なタッチと立体的でファジーなタッチとの組み合わせが洗練の極地だ。
こういう肖像画なら、頼んで描いてもらいたい。

そして、もう一枚、不思議と気に入った絵があるのだが、それは、次回の話にしたい。


BravaTVで昨日、モーツアルトの唯一のオラトリオ『救われたベトゥリア』を放送してくれた。
2006年にザルツブルクでコンサート形式で上演されたものだ。

c0188818_22362534.jpgMozart  Betulia Liberata(1771)
libretto  Pietro Metastasio (1698-1782)

Jeremy Ovenden als Ozias
Marjana Mijanovic als Judith
Franz-Josef Selig als Alchior
Julia Kleiter als Ami
Christoph Poppen 指揮
Münchener Kammerorchester
KV Wiener Staatsopernchor






聖書の「ユディット書」に題材をとった、モーツアルト15歳のときの作品だ。宗教的な作品はほとんど
書かなかったモーツアルトだから、オラトリアというのは珍しいが、生前は上演の機会に恵まれなかった
ようだ。
ベトゥリアが陥落寸前、寡婦ユディットは美しく着飾って敵の陣地に乗り込み、敵将ホロフェルネスを
誘惑し天幕の中で寝首を切り取った、という故事は、絵画ではよく見かける題材である。



ユディット役のミヤ様に注目してもらいたい。いつもと違うイメージではないか。妙にフェミニンだ。
しかも髪型は、クリムト描く『ユディット』そっくり!
いくら女らしく歌ってもミヤ様のユディットは、クリムト描く官能的な女性像とはかけ離れている。
しかし、それはミヤ様の責任ではない。天才とはいえ、15歳のモーツアルトが作ったユディット
像は、世紀末的ファム・ファタールにはなりえなかったのだ。時代や作曲を依頼した人の嗜好や
意向も無視できないだろう。モーツアルトのユディットは、お国のために、やむなく敵将を誘惑して
殺すという、正義の人なのだ。

c0188818_22214155.jpg

   『ユディットI』(1901、ベルヴェデーレ・オーストリア絵画館蔵)
[PR]
by didoregina | 2010-09-23 15:38 | 美術 | Comments(8)
Commented by alice at 2010-09-24 05:00 x
ゼセッション、私も9年前、憧れてようやく訪れたのですが、同じような感想を持ちました。それで、以後は分離派会館の前は素通りです。あれを観たあとはあまりクリムトに惹かれなくなって、シーレのほうが良いと思うようになっています。
今回は久しぶりに美術史美術館に行きましたが、2時間ほどでギブアップ。言いたくはありませんが、歳をしみじみ感じました。
Commented by Mev at 2010-09-24 15:17 x
ヴェルヴェデーレ行きましたが、時間切れで美術館にはいけませんでした。 今度もし機会があるのなら、もっとゆっくり行きたいです。

ミヤノヴィッチのユディット、じゅうぶん妖しくて怖いです。 ちょうど「くのいち」が男を惑わすスパイというように現代では捉えられているが、現実には「捨石」(生きて帰って役に立つとは期待されず、時間稼ぎをしてくれればいいという程度の者)であったというような感じではないかと。無邪気で清楚に見える女(モーツアルトのメロディ?)のほうがほんとは怖いと思うんですよ~。実際に油断させて「こと」を成せたわけですから。
Commented by レイネ at 2010-09-24 15:27 x
aliceさま、分離派会館は入場料が馬鹿高で、えっ、これだけ?、という内容なのでよけいに白けてしまいました。次回は、レオポルド美術館に行こうと思います。ベートーベン・ホテルは、なにか便利な立地ですよね。
国立美術館、今回はパスしました。展示数が多すぎますから。お天気が悪かったら一日篭ろうかと思ったのですが、幸い晴天に恵まれたので。
Commented by レイネ at 2010-09-24 15:36 x
Mevさま、ウィーンは美術館めぐりだけでも満たされますね。次回のお楽しみ、いろいろあるといいですよ。

ミヤ様ユディット、彼女の表情はときどき怖いんですが、音楽が甘美なままずっと続くので、メリハリがなくてクライマックスもよくわからない、というのが不満でした。オラトリオの枠を外れてないというか。
モーツアルトのコミカルなオペラは好きなんですが、セリアになると、どうも音楽的盛り上げ方が弱いような気がします。
動きがない演奏会形式というのもやっぱりネックかと。

青柳いづみこ著『無邪気と悪女は紙一重』には、Mevさんのおっしゃるようなことも書いてあり、面白いですから読んでみて!
Commented by sarahoctavian at 2010-09-24 15:46 x
アムス断念で傷心の私ですが、連日のウィーン訪問記で懐かしさとまた行ってみたい気持ちが沸いてます。セセッシオンはその昔ワタクシも憧れましてね・・とにかく入ってみたけど、確かに行く前に持っていたイメージの方が大きく膨らみすぎた感ありだったかな?あの時もう一つ見てみたかったのはオットーワーグナー作ユーゲントシュティールな教会(Kirche am Steinhof)。20年以上経っても未だに成し遂げてません。次回は絶対!
Commented by レイネ at 2010-09-24 15:58 x
sarahoctavianさま、サラ様の件、お悔やみ申し上げます。私は近いから行って来ますが。。。なんで、なんで、『ディド』に変更になるんだあ、と、割り切れません。ほかの曲目ならまだしも。

ウィーンは、たった2泊3日の滞在だったのに内容は濃く、まだまだ書くことがあります。フンデルトワッサーの建物もまだ見てないので、これは次回のお楽しみだわ。
Commented by sarahoctavian at 2010-09-24 16:46 x
ディドが十八番とは十分承知の上だけど、ヘンデルが聞きたかったですよねえ。いい選曲だったのに・・・(涙)。いや、それがだめならモンテヴェルディでもマーラーでも。きっとロンドンで体験済みの私たちは食傷気味なのかな。変更理由については招聘事務所から何か情報入ったら教えてください。
マレーナ様縁でウィーンへは飛ぶ機会が続きそうなレイネさん。来春も歌うんですか、彼女?
Commented by レイネ at 2010-09-24 17:19 x
sarahoctavianさま、青天の霹靂で、ただもうおろおろしてます。なんで、急に曲目と相手役が全面的に変更になったんだろう。サラ・コノリーといえばディド、文句あっか?という感じなのかしら、招聘元としては。。。

マレーナ様は、今シーズン2011年3月にウィーンで『ロデリンダ』に出演します。指揮はアーノンクール、演出もアーノンクール(息子?)、B.メータも出演。しかし、主演がシェーファーからダニエルちゃん(!)に変更になったのがガンで、9月にチケット発売になったんだけど、様子見してたんです。でも、やっぱり行きたいと思うようになってます。同行者が見つかれば。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


by didoregina

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

プロフィール

名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


最新のコメント

Vermeerさま、多分..
by レイネ at 01:38
トマスのソロ・コンサート..
by Vemeer at 01:25
Vermeerさま、この..
by レイネ at 20:56
詳細なレポート、楽しく拝..
by Vermeer at 18:02
ロンドンの椿姫さま、それ..
by レイネ at 17:03
大満足のマスタークラスで..
by ロンドンの椿姫 at 23:41
鍵コメさま、ヴェロニカ・..
by didoregina at 18:57
Mevrouwさま、北海..
by レイネ at 18:46
レイネ様も怒涛の更新で、..
by Mevrouw at 23:33
Mevrouwさま、サー..
by レイネ at 22:10
Mevrouwさま、夏の..
by レイネ at 22:05
新作オペラに挑むのは本当..
by Mevrouw at 20:56
クロアチア~ベネチアを自..
by Mevrouw at 20:27
Mevrouwさま、ご高..
by レイネ at 20:19
ようやく一息つける日なの..
by Mevrouw at 19:57
Mevrouwさま、癒し..
by レイネ at 16:49
このところネットからも音..
by Mevrouw at 16:37
斑猫さま、もうすでにパリ..
by レイネ at 16:57
ロンドンの椿姫さま、まさ..
by レイネ at 16:54
こんにちは CT研究会..
by 斑猫 at 00:16

以前の記事

2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月

タグ

最新のトラックバック

究極の愛を描いたワーグナ..
from dezire_photo &..
バッハが人類に残したメッ..
from dezire_photo &..
バッハが『ロ短調ミサ曲』..
from dezire_photo &..
ルター派のプロテスタント..
from dezire_photo &..
ダンテの『神曲』 ”地獄..
from dezire_photo &..
ポン=タヴァン派、総合主..
from dezire_photo &..
倉冨亮太さんの繊細な美し..
from dezire_photo &..
ダイナミックで刺激的な多..
from dezire_photo &..
贅沢と快楽に生きる娼婦な..
from dezire_photo &..
バッハとヘンデルの音楽性..
from dezire_photo &..

カテゴリ

全体
バロック
映画
オペラ実演
オペラ映像
オペラ コンサート形式
着物
セイリング
コンサート
美術
帽子
マレーナ・エルンマン
イエスティン・デイヴィス
クイーン
CD
20世紀の音楽
旅行
料理
彫金
ビール醸造所
ベルギー・ビール
ハイ・ティー
サイクリング
ダンス
ハイキング
バッグ
教会建築
カウンターテナー
演劇
未分類

検索

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

音楽
映画

画像一覧