アルベニスのオペラ「マーリン」

去年と今年はアルベニス・イヤーである。(生年が1860年だから今年は生誕150年で、没年が
1909年だから去年は没後100年だった。)
しかし、パーセルとかヘンデルとかハイドンとかメンデルスゾーンとかショパンとかシューマンとかA.
スカルラッティのメモリアル・イヤーの盛り上がりとは比べようもないほどで、話題にも上らない。
不可解であり、残念でもある。ピアノ学習者にとってのアルベニスは、マッターホルンのように孤高に
聳える巨峰であり、難関であるがゆえに征服意欲をそそる存在なのだ。

しかし、アルベニスがオペラも作曲していることは、つい先日まで知らなかった。
Bravaのおかげで、マイナーなアルベニスのオペラ「マーリン」のTV放映を見ることができたのだった。

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このオペラがどのくらいマイナーかというと、作曲後101年の2003年にはじめて全幕上演されたと
いうことからも推し量られる。

「マーリン」は、もともと「アーサー王三部作」の第一作としてアルベニスが作曲したのだが、
第二作目の「ランスロット」は未完に終わり、第三作「グィネヴィア」にいたっては、着手されなか
ったくらいで、三部作が完成すればワーグナーの「リング」に匹敵するような壮大な音楽劇になった
かもしれない。



前世紀初頭の作品だから、テーマ的にも音楽的にもワーグナーの呪縛にとらわれるか、印象派風に
なるか、のいずれかであることは宿命のような帰結だが、アルベニスの「マーリン」は、ドビュッシーの
「ペレアスとメリザンド」のように明白なワーグナーに対するアンチ・テーゼを示していない。
ワーグナーの二番煎じというか、壮大なテーマの大作に挑んだが空振りに終わったような印象を受けた。
結局、アルベニスはピアノ曲の作曲に関しては大家ではあるが、オペラ作曲に関しては疑問符をつけ
ざるを得ない、というのが率直な感想だ。
オーケストレーションがワーグナー的に大仰ではったりをかまし、前奏曲はもったいぶって冗長で、
ライト・モティーフの扱い方も二番煎じっぽく、特に3幕目での長い器楽演奏部分では眠くなってしまう
という点で、わたしにとってこの「マーリン」は「トリスタンとイゾルデ」との共通点が多かった。

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     バーン=ジョーンズの描くマーリン

マドリッド王立歌劇場版の演出は、どうも安易でまがい物の寄せ集めにしか見えない。
DVDの写真に写っている、白服で白ひげ、白いエクスカリバーを持っているのがマーリンだが、
LEDで光るエクスカリバーの幼稚なアイデアは何?と、その悪趣味さには首を傾げてしまう。
登場人物の服装がそろいもそろって、80年代もしくは90年代の映画からの借り物みたいなのだ。
(「スターウォーズ」「フラッシュ・ゴードン」「ハイランダー」「ハリー・ポッター」など)
ダンサーや合唱団やエキストラなど、ステージ上の人数はやたらと多くて、華やかなバレエも
多用されているのに、観るものをわくわくさせるようなファンタジーや奥行きが感じられない、平板な
舞台構成と造形なのだ。ステージ衣装の安っぽさは、言語道断だった。

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     マーリンの奴隷となっているニヴィアン

アーサー王や王妃グィネヴィアやランスロットはもちろん登場するが、ストーリー上重要ではなく
脇役にすぎない。アーサー王には一応歌もあるが、出番だけはけっこう多いグィネヴィア役は
清楚なバレリーナが受け持ち、歌は全くないのだ。感情表現はもっぱら踊りのみ。不思議な
設定だが、リブレットがそうなっているのだから、致し方ない。

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       バーン=ジョーンズがデザインした衣装を身に着けたグィネヴィア


このオペラでは、マーリンとその女奴隷ニヴィアン、そしてモーガン・ル・フェの三つ巴の対立が
主題である。
女二人は明らかに悪役みたいな化粧と登場の仕方だが、マーリンも結局正しいのか邪悪なんだか
よくわからないストーリー展開とエンディングだった。

オペラは歌詞はフランシス・バンデット・マネー=コッツによる英語。当時アルベニスはイギリスに
住んでおり、銀行家のマネー=コッツから自作歌詞のオペラ作曲を依頼されたという。
3部作のテーマはイギリス人の愛国心を鼓舞するようなアーサー王ものだが、マーリンに囚われている
ニヴィアンはサラセン人という設定だから、アルベニスお得意のアラブ風味付けのあるスペイン音楽が
うまく使える。だから、うまくいったら面白いオペラになるはずだったのに、なぜか、こけてしまった。
でも、レアものオペラが見られただけでもよしとしよう。

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        アンソニー・フレデリック・サンディス描くモーガン・ル・フェ
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by didoregina | 2010-09-08 23:33 | オペラ映像 | Comments(6)
Commented by Mev at 2010-09-09 09:19 x
すみません、この作曲家、名前も知りませんでした。
衣装はもしかしたらどこかのプロダクションの払い下げだったりして。。。
私もLEDのヒカリの色は安っぽくて好きになれません。 交通信号にするには最高ですが、舞台芸術には不向きだと思います。
Commented by takataka at 2010-09-09 09:21 x
「ペピータ・ヒメネス」はCD化されていたような、何か1枚購入していて
未だに聴いていません。

アルベニスのオペラを良くも上演したもんだと、この記事を見て驚きです。50年すぎないと取り上げられないものかもしれませんネ。


Commented by レイネ at 2010-09-09 15:12 x
Mevさま、アルベニスのピアノ曲、特に「イベリア」の生演奏を聴く機会があったら、お勧めします。メモリアル・イヤーだから、コンサートだってありそうなものなのに、少ないですね。わたしには、7年前に「イベリア」生演奏を聴いてショックを受け、30年ぶりにピアノ・レッスンを再開しようという気になった、恩人のような作曲家なんです。
オペラは、びみょ~な出来でした。。。

最近、こちらでもLEDの信号機が増えてます。あの光具合がとてもいいですよね。
Commented by レイネ at 2010-09-09 15:20 x
takatakaさま、「ペピータ・ヒメネス」も「マーリン」も、ドミンゴ先生による世界初の全曲版録音がCDになってますね。作曲後100年くらいたってから。。。50年というのは、著作権の期限ということかしら?
さすが、ドミンゴ、スペインものが日の目を見ないのはいたたまれず、放っておけなかったんでしょう。このDVDでは、マーリン役はウィルソン=ジョンソンですが、ドミンゴの威光でもって舞台化されたら、話題にもなるし、ちょっとそそられる気が。
Commented by galahad at 2010-09-09 20:37 x
これはまたレアなオペラ。こんな作品があったのですね~、紹介してくださってありがとうございます。 1880年代にアーサー王伝説を題材にしたオペラがぞろぞろと発表されましたが、この作品はそのブームにのったものかしら。ショーソンの「アーサー王」も「トリスタンとイゾルデ」に似ているので、結局この時代の人はよくも悪くもワーグナーの影響があるんでしょうね。 三部作が完成していたらおもしろかったのに。
バーン=ジョーンズの舞台と衣装デザインは戯曲の「アーサー王」のですね、写真やデザイン画が残っているのなら再現してほしいです。
Commented by レイネ at 2010-09-10 00:22 x
galahadさま、アーサー王と騎士ものにはお詳しそうなgalahadさんもご存じないような超レア・オペラなんですね。19世紀末には好まれた題材ですし、パトロンでリブレットも書いたイギリス人のマネー=コッツ氏の趣味だったんでしょうね。この人、銀行家で金持ちだからこういう道楽ができてうらやましいわ。
バーン=ジョーンズデザインの「アーサー王」スタイルでこのオペラ上演したら、耽美的でしょうね。マドリッド国立歌劇場版は、舞台造形と衣装がひどかったから、ぜひドミンゴ先生主役で、もうちっとましな上演を望みます。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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