Seraphine と Tous les matins du monde

フランスの映画監督アラン・コルノーが8月30日に亡くなった。
出世作、Tous les matins du monde(邦題『めぐり逢う朝』)だけが突出して有名だが、
なんとアメリー・ノートン原作のStupeur et Tremblements(邦題『おそれおののいて』)も
彼によって映画化されている。観たい。

偶然だが、死の2週間ほど前に、TVで『めぐり逢う朝』(1991)を放映してくれた。
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サント・コロンブとマラン・マレという対照的な生涯を送った二人の音楽家、先生と弟子の確執を
サヴァールによる演奏の音楽をバックに、文学的・叙情的・絵画的に描いた作品だ。
カメラ・ワークが凝りまくっていて、戸外の自然はひたすら優しい「うましフランス」的田園風景
で、室内は一こま一こまのどこを切り取っても素晴らしい静物画になり、コスチュームの色にも
こだわりが強く感じられる。最初から最後までどのシーンの構図にも神経が行き届き、妥協が
まるでない。
台詞もしかり。禅問答というか哲学的な、普通の人が絶対しゃべらないような格調高い言葉の
会話で成り立っている。
台詞は、かなり原作に忠実に再現しているようだ。



豪華な宮廷シーンよりも、サント・コロンブの住む田舎の家や庭の風景描写が繊細で、隅ずみまで
美しく、これぞ眼福と言いたくなる。

サント・コロンブが一人音楽を奏でる庵を亡き妻の亡霊が訪れるシーンでは、卓上に置かれたワイン・
グラスと瓶とクッキーの部分を切り取って静物画にしたい、と思ったら、映画でもその思い出の食卓を
画家に描かせているではないか。
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サント・コロンブの長女がマラン・マレと恋仲になるが、結局マレに捨てられる。まだ二人が恋人になる
かならないかの頃、冷え切った体を暖めるようにと、陶器のカップに入れたワインを暖炉の火で熱く
した鉄の火延しみたいなのでじゅっと温める場面も、ディテールが印象に残った。

どの場面も、現実には存在し得ないような美が細部にまで詰まっている。しかし、自らの耽美に
監督は決して酔っていないようで、その描写のぴしりとしたキマリ具合は、観るほうにも緊張を強いる
ほどだ。この妥協なき美意識、恐るべし。


昨晩、やはりTV放映されたSeraphine(2008年 マルタン・プロヴォスト監督作品)という映画も、
またフランスの田園風景の美しさを堪能させてくれた。
サンリスのセラフィーヌと呼ばれる、素朴派の女性画家セラフィーヌ・ルイの数奇な画家人生を描いた
佳品だ。



こちらは、前世紀前半に生きた、貧しい掃除婦兼洗濯婦兼画家の生涯を映画化したものだから、
きらびやかな場面はほとんどない。そのかわり北フランスの風景と町並みとインテリアが、やはり
完璧に美しく映像化されている。
なんでもない田舎風景なのだが、湿気が感じられずに爽やかで、色もペールトーンで清涼感漂い、
しかも懐かしさを感じさせるので、おもわず息を吸い込みその大気を体中に充満させたくなる。
セラフィーヌが好きな大きな木など、風景が重要なモチーフになっている。

ドイツ人の画商(Das Leben der Anderen 『善き人のためのソナタ』で盗聴する人役だった
ウルリヒ・トゥクール!)に見出された無学の女性画家(ヨランド・モロー)。

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彼女の描くのは花や木や植物で、アンリ・ルソーとファン・ゴッホとディエゴ・リヴェラのミックスみた
いな画風で素朴ではあるが、色使いと繰り返すモチーフのしつっこさが、どこか狂をはらんでいる
のを隠せない。力強いがちょっとごてごてした感じの絵自体にはあまり魅力を感じないが、彼女の
キャラクターは斬新で面白い。信仰心厚く、仕事熱心で、朴訥・単純で外見は美とは縁遠いが、
絵を描くことに注ぐエネルギーはすさまじい。
まるで、何かに憑依されたかのよう。
狂気が高じてファン・ゴッホのように精神病院に入れられるが、晩年は穏やかに過ごすことができた
ことを暗示するラストシーンだった。

この2つの映画は、共にセザール賞を数部門で受賞した。
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by didoregina | 2010-09-03 14:52 | 映画 | Comments(10)
Commented by さわやか革命 at 2010-09-04 11:29 x
「めぐり逢う朝」は昔、渋谷でロードショーを見ましたなあ。ずっと後になって、DVDで再見した時、色彩と光の美しさに圧倒されました。(日本の映画館のスクリーンは暗い)
でも、一方で怪談っぽいところもあるような気がします。

それと「音」についても、微細なノイズまで再現しているのは珍しいですね。弦がこすれる音、指がフレットを叩く音、弾き手の息づかい--など。通常の録音ではカットされてしまうようなものです。

この映画では若い頃のマレ役のドパルデュー息子も亡くなってますねえ……。

「セラフィーヌ」は今現在、東京で公開されてますね。予告に出てた彼女の絵にちょっと引いてしまい敬遠してしまいました。それに岩波ホールというのもマイナス点(汗)
Commented by レイネ at 2010-09-04 17:22 x
さわやか革命さま、ロードショーで「めぐり逢う朝」ごらんになったのね!この映画、カメラワークのの凝りかたが尋常ではない、と思いません?
音は、サヴァール担当ですからね。この映画では、音楽はストーリーと同じくらい重要だから、単なるサントラにしたくなかったんでしょう。(サント・コロンブの娘たちが歌うシーンも、しっかりフィゲラスが歌を担当してる。)

ドパルデュー息子は、不運な人生でした。冥福を祈ります。

「セラフィーヌ」、ちょうど今公開中ですか!たしかに、彼女の絵には引けちゃいますが、映画自体は素晴らしい作品ですから、ぜひぜひ、出かけてみてください!
Commented by さわやか革命 at 2010-09-05 22:36 x
フランスでは大ヒットしたとの触れ込みでしたが、日本では(少なくとも私が行った時には)あまり客が入ってなかったようで……。でも、そばに座ってた若いカップルの女の子がラスト・クレジットになっても涙が止まらなくて、男の方が懸命に話しかけてたのを今でも覚えています。

サントラはヴィニール盤だったら溝がすり切れるだろうというほどによく聴きましたよ~(CDだからそんなことはないが)。
サヴァール御大にC・コワン、ビオンディ、アンタイ兄弟など今だったら超豪華なメンツですね。
楽器持って演じてる役者も大したもんと感心したものです。
Commented by レイネ at 2010-09-06 05:05 x
さわやか革命さま、どうやらフランス語放送局TV5Mondeでは、コルノー追悼としてどんどん彼の映画を放映するようです。TV5Mondeは世界展開してるので、最近は日本でも受信できるみたいです。

「めぐり逢う朝」はいろんな意味で豪勢な作品ですね。
ところで、さわやか革命さんも、そっと涙をぬぐったクチ?

手始めにタブッキ原作の『インド夜想曲』を今夜放映と新聞には出てたけど、TV5では別のをやってる。。。『インド夜想曲』でも音楽にサヴァールとフィゲラスによる『シビ・ラ』が使われてるようです。
Commented by ろき at 2010-09-06 08:12 x
見たことがありませんでした。美しくて、面白そう。
細かいところまで気を配って作った画面が、いいですね。
近々チェックしてみます。レンタルできるといいな。

セラフィーヌ・ルイ、いっちゃってますね・・・。
この絵はちょっと怖い。
Commented by レイネ at 2010-09-06 15:42 x
ろきさま、この映画は両方とも、きっとお気に召すと思いますよ。

セラフィーヌの画風は素朴なのに重苦しすぎて、今ならぜんぜん売れないだろうという気がしますが、前世紀初頭には結構もてはやされたようですから、人間の好みというのは時代と共に変わるもんだ、とつくづく思います。

コルノー監督作品では、「おそれおののいて」と「インド夜想曲」観たいなあ、TV放映してくれ、と祈ってますが、Crime d'amour (クリスティン・スコット=トマス主演!)現在公開中ではありませんか。
アートハウス系では、ティルダ・スウィントン主演の Io sono l'amoreも公開中。見逃す前に、今晩、行ってきます。
Commented by Vermeer at 2012-04-09 18:33 x
 随分以前の記事を蒸し返してごめんなさい。『めぐり逢う朝』のサウンドトラックを指揮・監修したサヴァールの愛妻故モンセラート・フィゲーラスの追悼CD“La voix de l'emotion”が最近リリースされました。
 ブックレットの中に録音セッション中の夫妻を陣中見舞いしたと思しき、コルノー監督とドパルデュウのフォーショットがありました。1978年から2009年までの過去の録音のハイライトで構成され、初出音源はないもようですが、こちらを向いて笑うポートレイトや10代まだチェロを専攻していた頃の彼女の写真を見ていると、サヴァールの落胆はいかばかりか、胸が痛みます。
 彼女の遺した歌声に耳を傾けながら、“a voice of light”なるManuel Forcanoというカタロニアの詩人・文学者・翻訳家の文章(おそらく葬儀の際に弔辞として読まれたもの?)を読んでいたら胸に迫るものがありました。
Commented by レイネ at 2012-04-10 03:49 x
Vermeerさま、過去記事へのコメントも大歓迎です。
モンセラートさんの突然の逝去のニュースには驚かされました。彼女の独特の歌声、大好きなんです。アラブの香りのする子守唄やマリア賛歌などが特に。わたしにとって、母の歌声というイメージなんです。

>コルノー監督とドパルデュウのフォーショット
サヴァール以外は故人になってしまいましたね。。。
年を取っても少女のような雰囲気で愛らしいままのフィゲーラスの面影と録音された歌声は永遠です。

わたしは、『イスパニアと日本の対話』という特別ヴァージョンCDを買いました。売上金は昨年の東日本大震災復興のために寄付されるそう。
Commented by Vermeer at 2012-04-10 23:47 x
亡くなったのは老マラン・マレを演じた父ジェラールではなくて、青年期マレを演じたギョーム・ドパルデュウの方ですね。
片足義足となる程のバイク事故を乗り越えた後、肺炎で夭逝した様です(37歳)。
年を取っても少女のような雰囲気で愛らしいままのフィゲーラス⇒
人からこう見られたい、思われたいという作為の全く感じられない、誠実な人柄が偲ばれますよね。“心からの歌”の人でした。
Commented by レイネ at 2012-04-11 03:23 x
Vermeerさま、ありゃ、ジェラール殺してしまいましたわ。。。というか、息子の印象が強すぎて、ドパルデュー親子で青年と成年のマレを演じてたことを忘れてしまって。フォーショットは、父の方でしたのね。

フィゲーラスの生の声を聴く機会を永遠に失ったのが痛いです。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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