洞窟で聴くCanto Ostinato

8月に入ってから暑気は去り、9月も近くなると秋の気配が忍び寄る今日この頃である。
日本から入るニュースで連日見かける、熱帯夜とか熱中症という言葉の意味を体感することは
不可能だ。

夏の間は日が暮れるのが遅い北ヨーロッパでは、野外コンサートが盛んに開かれる。
雲と雨に閉ざされる長い秋冬の到来がそう遠くないことを肌で感じながら、夏の陽光の名残を
惜しむ。

8月最後の日曜日、ファルケンブルクの野外劇場で開かれたピアノ・リサイタルに出かけた。
オランダ人ピアニスト、イーヴォ・ヤンセンによる「カント・オスティナート」の独奏会である。

シメオン・テン・ホルトというオランダ人によるこの鍵盤楽器のためのミニマル・ミュージックは
70年代に数年かけて作曲されたもので、通常2台または4台のピアノで演奏される。

ミニマル・ミュージックは嫌いではないので、このコンサートのことを知り喜んだが、一緒に
行ってくれる物好きはあまりいそうにない。
ところが意外にも、誘った相手Tは大乗り気で、「行く、行く!」と二つ返事ではないか。
この曲は、彼女の夫ともども好きな曲であり、以前コンサートに行こうとしたがキャンセルに
なったので、一度生で聴いてみたいと思っていたと言う。

天気ははなはだすぐれない。
しかし、意地でも着物で行きたい。浴衣なら雨に濡れても大丈夫だ。
気温は昼間でも15度以上には上がらない。雨コートにウールのショールを重ねた。
Tは、私の分のクッションと毛布も持参し万全の構えだ。

雨天決行、しかし、ピアノが濡れたら困るので、その場合は屋内で演奏ということだった。
野外劇場は、斜面を利用したひな壇の観客席とくぼ地のステージでできている。
その奥が、この地方に多いマール石の洞窟になっていて、雨天にはそこが会場になる。

c0188818_4314554.jpg

       竺仙の綿紬、裏表異なる模様の籠染め
       表は石畳のような模様で、裏はもっと細かい幾何学模様。
       長く箪笥の中にあった反物を、去年仕立てに出し、
       この日が初おろし。
       なんと、最後の籠染め職人さんが去年廃業したので、
       現在この技術は途絶えてしまったという。
       綿紬は、竺仙HPによると、5月から初秋まで着用可。


「カント・オスティナート」は、瞑想的というよりは機械的に聞こえる、シンプルなメロディーに
反復が異常に多用された音楽で、その反復の長さやタイミングは奏者が決定する。
だから、長い場合には演奏時間は4時間にも及ぶという。
今回は、ピアノ1台のソロ演奏なので、複雑に絡み合うメロディーをいったいどうやって
表現するのかと思ったら、鋼のように強靭な集中力で、きっかり1時間15分、休憩なしで
2台のピアノによる演奏に近いものを聞かせてくれた。


2台のピアノ・ヴァージョンの出だし部分。

歯を食いしばり、時にはカウントしているのか、自らを励ましているのか、口を動かしながら、
モティーフとなるメロディーの微妙なヴァリエーションを辛抱強く演奏し続ける。
聴くほうも、だから、その集中力に圧倒され、ミニマル・ミュージックといえども気が抜けず、
リラックスするどころではなかった。どちらも真剣勝負なのである。
コンピューターやシンセサイザーなどの機器を使って、テンポに揺らぎも見せずに反復しつつ
音を重ねていく音楽の録音ならいくらでもあるが、生身の人間が演奏するのは大変だ。

c0188818_4594836.jpg

          楽譜の最後のページ。

ピアニストのイーヴォ・ヤンセンは、オランダ人らしい長身と体格のよさで、音楽家というより、
まるで柔道家かなにかアスリートのように見える。演奏し終わると、いかにも消耗し尽くしたという
感じで、しかし満足な表情を見せた。
演奏に対峙した聴衆も同様に、1時間15分にわたり強いられた緊張を解かれ、思わず安堵の
吐息が漏れた。

演奏会後、CDは飛ぶように売れていた。
でも、この音楽、CDを聴いても、今日のような緊張感に浸れるのだろうか。
耳に心地よい、仕事の邪魔をしない単なるバック・グラウンド・ミュージックになるのではないか。
しかし、Tの意見は異なる。生演奏でなくともこの音楽は、集中して聴かざるを得ないはずだと。

c0188818_5144238.jpg

       CD販売兼サイン会でのイーヴォ・ヤンセン(左)
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by didoregina | 2010-08-31 22:22 | コンサート | Comments(4)
Commented by Mev at 2010-09-01 15:24 x
優雅な浴衣姿のレイネさんが手に汗にぎって(?)ピアノ演奏を必死で聴かれていたのかと思うと、なんとなく可愛らしいというか、面白いっていうか。。。。
ファルケンブルグの洞窟ですか?冬にクリスマスマルクトがあったところかなあと思ったりしています。それともあのあたりは採鉱跡がたくさんあるんでしょうか? 
Commented by レイネ at 2010-09-01 15:49 x
Mevさま、聴衆の客層はさまざまですが、皆神妙に、演奏家と一緒になって神経を尖らせて耳をそばだててる感じでしたよ。身じろぎするのもはばかられるような雰囲気で、必死にならざるを得ないのです。
マーストリヒトからファルケンブルクにかけては、大小さまざまな洞窟が(マール石採石跡)があり、小はワイン・ケラーから、中はレストラン、大はパーティや結婚式その他のイヴェントに使われてます。クリスマス・マーケットには興味がなくて、行ったことないんです。。。
Commented by アルチーナ at 2010-09-02 14:15 x
オレンジだと民芸風・・なんですかね・・(上の記事を読んで・・)でも渋めの色できれいだと思います。
動画も聴いてみました。こうやって部分だけ聴いているとかなり惹かれますが1時間15分だとキツイかもしれません・・

それにしても洞窟でのコンサートというのは素敵ですが、舞台のセットが!いただけませんね・・
気温が15℃以上に上がらないなんて・・とても羨ましいです・・
Commented by レイネ at 2010-09-02 16:05 x
アルチーナさま、紺色の着物は、日本人には美しく映える色ですが、地味に作りすぎると仲居さん風になってしまうので、外国で着る場合はモダンでゴージャスな色を注すようにしています。オレンジは、そういう意味では紺にはなじみがいいんですが、日本的感覚で見ると、ちょっと泥臭くてあまり粋ではないんです。

マール石採掘跡の洞窟はこのあたりに多くて、さまざまな用途に使われていますが、適度な湿気と年間通じて12度くらいという温度なので、マッシュルーム栽培やワインの貯蔵に適してます。
こちらは、もうすっかり秋です。日本の残暑、まだすごいみたいですね。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
ハレのおでかけには着物、を実践しています。
音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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