イドメネオ@モネ、 マレーナ様のセレナーデ前奏付

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2010年3月28日

Symfonieorkest en koor van de Munt
muzikale leiding|Jérémie Rhorer
regie|Ivo van Hove
scenografie en belichting|Jan Versweyveld
kostuums|Lies Van Assche
video|Tal Yarden
dramaturgie|Janine Brogt
koorleiding|Winfried Maczewski

Idomeneo    |Gregory Kunde
Idamante|Malena Ernman
Ilia      |Sophie Karthäuser
Elettra|Alexandrina Pendatchanska
Arbace|Kenneth Tarver
Gran Sacerdote di Nettuno|Nigel Robson
La Voce|Peteris Eglitis
Quatuor  Lies Vandewege Anne-Fleur Inizan Gijs Van der Linden Sebastien Parotte

モネのマチネ公演には、いつでも電車で出かける。ブリュッセル中央駅からモネ劇場までは、下り坂をだらだらと歩いて、15分もかからない。途中、わたしの名前を冠したパッサージュを通り抜け、数十メートル行くと、劇場の横に出る。そこは、木立もベンチもない殺風景な広場のようになっている。
開演45分前にその劇場脇を通ると、窓から女性の歌声が聞こえてきた。楽屋か衣裳部屋から聞こえてくるようだ。耳を澄ますと、それはまぎれもなく、マレーナ様の歌声ではないか。
その窓辺の下には、浮浪者が座り込んでいる。通り過ぎる人もまばらで、犬の糞だけが目立つ。
少しはなれた所に立ったまま、わたしはスーパーで買ってきたサンドイッチとジュースの昼食をとった。
発声練習というより、アリアを本格的に歌いだした。今度は、テノールも聞こえてくる。これは、イドメネオとイダマンテのデュエットだ。
ああ、なんという贅沢。聴いているのは、わたしと浮浪者だけ。マレーナ様が窓辺でわたしのためにセレナーデを歌ってくれているのだ、と思えた。
これは、わたしのための前奏曲だ。なんと甘美な響き、至福の時。

さて、アンドロギュノス・マレーナ様のズボン役である。今回は、ギリシャはクレタの王子様というわけで、眉が濃いメークで念が入っている。
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このメークでは、ジョージ・マイケルか、コリン・ファレルか、といった印象だが、実際の舞台上のマレーナ様は、やはりブラピそっくりだった。
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前日、たまたまTV放映の「トロイ」を見たから、間違いはない。(DVDも持ってるけど)

「イドメネオ」は、モーツアルトの初期オペラ・セリア(真面目なオペラ)だから、グルックのオペラと比較するのも的外れとは言えないと思う。ギリシャ悲劇を題材としたストーリーで、音楽上もしっかりと古典的構成のオペラで、深刻な劇の形をとっている。モーツアルトらしい遊びの要素が少なく、青臭く硬い、とも言える。
戦争を背景に、無慈悲な神々に運命を弄ばれる人間達、というのは、悲劇の基幹をなす群像だから、真面目なオペラには絶好の主題だ。

序曲や間奏曲は、シンプル・端正ながら重量の感じられるオーケストラ演奏である。
指揮は、若手イケメンのジェレミー・ローラー。登場の時は、メガネを取ってたが、指揮するときはメガネをかけていた。生真面目な指揮ぶりで、好感度が高く、人気上昇株だ。
座席は、2階ロイヤルボックスのほぼ向かい、舞台を横から見る位置の2列目。歌手の表情もよく見える。

オーケストラ演奏だけのときは、舞台後方の壁をスクリーンにみたてて、ニュースのような映像が流れる。
それは実際CNNのニュース映像だったり、出演歌手を俳優に使ったホームヴィデオだったり、歌手の大写しだったりする。
たとえば、序曲では、イドメネオと幼いイダマンテのホームヴィデオ風映像で、トロイへの出発前夜の光景であることが分かる。
時代は現代に移し変えられ、トロイ戦争は某国の某国への派兵に置き換えられている。
イドメネオ王役の歌手は、クリントン元大統領そっくりだから、いやでも某国はどこなのか想像できる。
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          舞台後方スクリーンで映されるのは、実際のニュース映像。
          降りたった飛行機からは、国旗に覆われた棺が降ろされる。

この、映像を多用した表現方法は、直接的で分かりやすく、器楽演奏の邪魔にもならず、全体のコンセプト統一という意味合いからも、悪くないと思った。好みの分かれるところであろうが、必然性の感じられないバレエなんかよりは、数倍いい。

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          国王帰還の知らせに喜び、捕虜を恩赦で解放するイダマンテ。

主な登場人物は、クレタの王子イダマンテ、囚われのトロイの王女イリア、イダマンテに横恋慕するアルゴスの王女エレットラ、クレタ王イドメネオにその腹心の部下アルバーチェのみ。人間関係は、さほど複雑ではない。ただし、人物各々の苦悩・懊悩は深い。

イダマンテは、親孝行と報国の志に溢れた好青年という役どころで、敵方の王女イリアとは相思相愛になる。
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        マレーナ様が出演するオペラには、なぜか演出上ラブシーンは不可欠。
        長身で筋肉質のどこから見ても美しい青年姿に、ほれぼれ。
        休憩中、本当に女性が演じてるのかどうか、討論してる人たちもいた。

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        後半は、マレーナ様のお顔がどアップでスクリーンに映し出された。
        ネプチューンと戦い終えた満身創痍のお姿は、このブラピそっくり。

イドメネオに無理難題を言いつけるだけでなく、怒り狂って罪無き人々を殺傷する海神ネプチューンは、ファン・ホーヴェの演出では、無差別テロに変わっていた。現代的で非常に分かりやすい読み替えである。しかも、演出上最後まで破綻がなかったのは、さすがである。しかし、あまりに辻褄が合いすぎていて、軽薄だと思う人もいるかもしれない。

イリアは、ベルギー人ソプラノのカルトホイザー(またかいな)が、インゲラ・ボーリンの代役で歌い、地元民から拍手喝さいを受けていた。清楚というより、ぶりっ子そのものの楽天的な女の子役で、カルトホイザーの地のままか、と思えるほど。今回は、「カリスト」や「スザンナ」の時よりも、存在感があった。マレーナ様とのラブシーンがあるだけでなく、共感を得やすい美味しい役どころでもある。

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        しかし、クリントンそっくりのイドメネオと記者会見室に二人きりでいると、
        モニカ・ルウィンスキーのように見えてしまうイリア=カルトホイザーだった。

最も美味しい役は、エレットラかもしれない。気性の激しい気位の高い王女で、嫉妬に心を焼かれる心情を歌うアリアなど、夜の女王みたいな迫力で鬼気迫る。
それから、イドメネオも、父として国王として苦悩しつつ、最後に美味しいアリアがあるから印象に残る。鼻にかかった声の、声量の大きい歌手だったせいもある。
それに対して、イダマンテは、出番は多く感情表現も上手くなくてはならず、全体的に歌う量は多いのに、印象に残るアリアが少ないから、くたびれもうけの損な役だ。それは、カーテンコールの拍手によく表れていた。マレーナ様は、あんなに功い演技で大活躍だったのに、熱狂的拍手や声援がイマイチ得られなかったのだった。
アリアやレチタティーヴォなど歌う量が物理的に多いから、セーブしてたのか、割と声量のないカルトホイザーに合わせていたのか、それとも、楽譜上イダマンテの声域がかなり高いからか、マレーナ様の声はいつもと比べて、どうも迫力に欠けるきらいは、確かにあった。でも、癖のない澄んだ美しい声だし、姿はどこにも欠点が見つからないほど美しく、演技は誰よりも上手かったのだから、もっともっと声援が飛んで欲しかった。

しかし、マレーナ様には、やはり男性役が一番ぴったりだとの感をより一層強めた。これからも両刀使いでがんばるマレーナ様が、3年後ネローネ役でどんな姿を見せ歌声を聞かせてくれるのか、期待はいやましに高まるのだ。
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by didoregina | 2010-03-29 23:53 | オペラ実演 | Comments(8)
Commented by アルチーナ at 2010-03-30 10:24 x
確かにブラピに似てますね!!
それにしてもセレナーデ付きなんて最高ですね!
浮浪者が良い場所を確保してしまって、立ち食いしながら・・というのがちょっと残念でしたけれど・・
オペラって役柄によって損得ありますね・・

Commented by レイネ at 2010-03-30 15:05 x
アルチーナさま、ええ、兄妹かと思えるほど似てます、この二人。
マレーナ様は、スーツ姿(一幕目)、パイロットみたいなユニフォーム(二幕目)、ワイシャツ姿(三幕目)、の全てが凛々しく似合ってました。豊かな胸をさらしでも巻いてるのか上手く押さえて、胸板が厚い青年という感じ。上背があるから、女性陣が皆ピンヒールのかかとが高くても、釣り合いが取れ、またまた濡れ場もこなして。。。
でも、マレーナ様の呟きをみると、家族と離れて一人で遠征・オペラ出演するのは、精神的に辛そう。めげずにがんばってほしいのですが。
Commented by sarahoctavian at 2010-03-30 18:10 x
ふふ・・ブリュッセルの街角でセレナーデだなんて、なんてロマンチック。時間がそこだけ止まったような情景が目に浮かびます。
ブラピのトロイヤDVD、うちにもあるわよぉ。彼のマッチョなアキレスにはどうも感情移入できないんですが。。。マレーナ様のイダマンテはお写真見ただけでも素敵だけど彼女の演技力は確かなものですからね。私はすでに3年後のバルセロナの舞台に想いを馳せております。
Commented by レイネ at 2010-03-30 19:27 x
sarahoctavianさま、幕間中、長身長髪眼鏡のそちら方面っぽい感じのオネエさまたちが英語で会話してたので、マレーナ様ファンかと思って傍に寄ったのですが、「あのイダマンテ役の歌手って女性なの?」「わたしは女性だと思うわ、あの声」「あの声がわからないのよねえ」とか言いあってるので、なんだ同類じゃないのか、と思って立ち去りました。

バルセローナ!とフレディーも華々しく歌った約束の地に、行きましょうね!わたしたち、これから3年間も夢見心地でいられるんだから、幸せよね。
Commented by Mev at 2010-03-30 23:47 x
おお、ついにご覧になったのですね。あのメークのイダマンテを。 モネにもあこがれがあり、もちろん、マレーネ様を見たいものですが、演出内容が面白そうです。現代風にアレンジしてあるものって、妙に難しかったり軽すぎたり、成功するかしないかある意味掛けのような気もします。オペラって今ほんとに実験的で、先進的な分野だと思います。ああ、レビュー読んでいるだけでわくわくします~。 それにしても、レイネさん、よく覚えてましたね、モニカ・ルインスキーなんて。あの頃から不適切な関係という言葉できましたよね。
Commented by レイネ at 2010-03-31 00:30 x
Mevさま、ファン・ホーヴェ演出の「イドメネオ」は、明解でよく咀嚼されているので、誰もが感情移入しやすい(反戦)映画みたいな印象でした。(だから、それを単純明快すぎると感じる批評家がいても不思議はない)
なんといってもマレーナ様のナマのお声と男装姿と顔のクローズアップが美しくて、満足しました。欲を言えば、真面目なオペラを真面目に演出してるので、遊びの要素が全くなく、理想的な娘婿みたいなイダマンテの造形に少々不満が。
モネの合唱団の迫力には感心しましたが、これは、作曲家モーツアルトの手腕かも。
Commented by dognorah at 2010-04-10 02:46
4月3日に見ましたが、やっとブログにアップしました。大変楽しめました。舞台上の人物の映像を投射する演出の意味がいまいちよくわかりませんでしたが。モネ劇場は初めてでしたがこじんまりした美しい劇場で、今後も魅力的な公演の時にはまた来たいと思います。
Commented by レイネ at 2010-04-26 00:12 x
dognorahさま、いつアップされるかと待ってましたが、里帰り中だったのでブログの拝見・コメントが遅れました。
不気味で理性では計り知れない神ネプチューンを無差別テロに置き換え、トロイ戦争も某国の派兵に読み替えているので、マス・メディアを利用して大衆の心理操作を行うということを、ヴィデオ映像とスクリーン投影で表現しているのだと思いました。インタビューや会見みたいな形で。
ロンドン・ブリュッセル間はユーロスターなら短いもの。またぜひお越しください。そのときは、ごいっしょしたいですね。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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