ユンディは、キムタクか、香港映画スターか

ユンディ・リ改めユンディ(イチローのごとく、ファースト・ネームだけの芸名に改名)のコンサートに行ってきた。(2010年3月12日)

フィリップス・ミュージック・センターの例のピアノ・リサイタル・シリーズのひとつである。
だから、とにかくチケット料金が安い。ちょっと出遅れたので、一番高い席(28ユーロ+3ユーロのサービス料・フリードリンク付=31ユーロ)というのは、もうなかった。それで、電話で、どこが残ってますか?と問い合わせると、右手中二階後方(音響的にはベスト)か、平土間正面左寄り一列目(視覚的にはベスト)なら、4人並んで座れます、とのこと。悩んだ末、後者に決めた。ドリンク代込みで27ユーロの席だ。日本だったら、一体いくらだろう、と考えるとうれしくなる料金である。
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Frederic Chopin (1810-1849)

Nocturne in bes opus 9 nr 1
Nocturne in Es opus 9 nr 2
Nocturne in Fis opus 15 nr 2
Nocturne in Des opus 27 nr 2
Nocturne in c opus 48 nr 1

Andante spianato et Grande polonaise brillante opus 22

PAUSE

Mazurka in gis opus 33 nr 1
Mazurka in D opus 33 nr 2
Mazurka in C opus 33 nr 3
Mazurka in b opus 33 nr 4

Sonate nr 2 bes, opus 35

Polonaise in As opus 53 "Heroische"

演奏曲目は、上記のようにオール・ショパンである。
今年はショパン生誕200年だから、ショパンを聴く機会は一般的に多くなるはずだ。しかし、ユンディの場合、事情は少々複雑である。中国人で初のショパン・コンクール優勝!という勲章というかレッテルが付いてまわるから、ショパン以外のプログラムでは、世間が許さない。もう、ショパンを弾くパンダを見るような気分で演奏会に来ている人もいるのかもしれない。
そういう気持ちになったのは、演奏会の始まる前に、ロビーでサイン会のためのCD販売状況を検分した時である。売ってるCDが全部ショパンだった。彼には、ショパン演奏以外は、期待されていないのかもしれない、と一瞬思った。

とにかく、かぶりつき席で、ちょっと下から見上げる位置だから鍵盤と手の動きはよく見える。
それから、ピアノ界のキムタクと呼ばれているくらいの、キレイなお顔の表情も近くで見える。
そのキムタク・ユンディが登場したとたん、もう一つの悪い予感が単なる危惧ではなかったことを知らされた。

舞台を歩くユンディに向かって、コーラス席やその他の席からカメラのフラッシュが盛んに焚かれたのである。
その火の元は、言わずと知れたこと。押し寄せた地元中国人たちが、クラシック・コンサートのタブーというかエチケットおかまいなしに、写真を撮りまくる。
だから、短いノクターンの曲間も拍手、拍手で中断される。そのたびに、わたしの隣かぶりつき席に座った(セミ)プロ・ピアニストっぽいお姐さんが、ちっとか、うぐっとか、やめてくれとか、怨念のこもった声で唸るのだった。

まず、ノクターンでスタートというのが、ウォーミングアップというか手慣らしの意味はあるだろうが、わたしには不満である。ノクターンが悪いのではない。選曲のセンスの問題である。
若い頃は、ショパンが苦手だった。聴くだけで、こっぱずかしくてむずむずいたたまれなくなるのだから、弾こうとという気にもなれなかった。ロマンチック真骨頂、C調言葉のくどき文句、腺病質もしくは肺病、愛のためなら死んでもいい、そういうステレオタイプが頭に渦巻く、その集大成が、この晩選ばれたノクターンである。
数年前、ポリーニがノクターンCDを出したときのプロモーションを兼ねたリサイタルを聴いた。その時の曲目はもう覚えていないが、違和感を感じなかったから、ポリーニの選曲は悪くなかったと思う。彼らしいという意味で。

または、外見の問題もあるかもしれない。
若い男の子が公衆の面前でノクターンを弾いてはいけない。これは、もう、美学上の鉄則である。
いくらクールを装って弾いても、わたしには駄目だ。
休憩後のマズルカの洒落味のほうが健康的で、安心できる。結局、これはもうわたしとの相性の問題だ。

それ以外の曲目は、ラン・ランも選びそうなもので、いかにも中国人的な華麗さ・ハッタリを聞かせるのにもってこいの、盛り上げるにもテクニックを見せるにもよいチョイスであった。
ピアノ・リサイタルというより、ピアノ・アイドルのコンサートだったと思うと納得のいく、スカッとした演奏であった。
つまり、わたし好みの演奏とは、対極とはいかずとも、相当離れているスタイル・解釈であったが、それはそれでユンディの個性なのだから、否定はしない。
前回のアンスネスのリサイタルとは全く異なり、後に何も残らない、思索を誘うものがない。究極のエンタメ的リサイタルだったが、それなりに楽しめた。

終演後のサイン会、というのが凄かった。多分、エイントホーフェンにお住まいの中国人が大挙して家族揃って応援に駆けつけたようで、子供達は皆サインをねだる、オヤジたちは奥さんとユンディのツーショットを撮りまくる、というわけで、ユンディだけの写真撮影は不可能だった。
間近で見ると、キムタクというより、ジャッキー・チェンのご親戚ですか、と思わず突っ込みたくなるほど、目元の感じが似ている。
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ロビーには、ホール専属か、エージェントが契約してるのか、地元紙なのかわからないが、プロのカメラマンがいて、ユンディ・フィーヴァーぶりを撮影していたが、わたしの着物姿にも目をつけた。それで、何枚も色んなポーズで撮ってくれた。プロだから、モデルを褒めながらの撮影である。撮られるほうも乗せられる。エイントホーフェン新聞かなにかに、「中国人おっかけファンが民族衣装でユンディのコンサートに現る」とかいうキャプションつきで出るかもしれない。

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           春らしい翡翠色の地に桜やその他の花柄の小紋。
           帯は、遠山を織り出した綴れの洒落袋帯。
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by didoregina | 2010-03-19 09:54 | コンサート | Comments(8)
Commented by アルチーナ at 2010-03-19 19:11 x
あ!名前改めたの、知りませんでした・・
それと・・・カッコイイですか?ユンディ。
クラシックのアーチストがアイドル的になってはいけないとは思いませんけれど、(私はしっかりミーハーなので・・)それが実力故なのかどうか・・と思う事もありますよね?(ユンディの事ではアリマセン・・)
日本だとJ-classicなんて売り出し方をしたりするものですから聴きもしないうちから、あまり実力が無いんじゃないか・・とどうしても思ってしまいます。

・・と、ユンディとは関係ない話ばかりでスミマセン・・

写真、どう使われるのか・・、楽しみですね!
続報を!!
Commented by レイネ at 2010-03-19 19:42 x
アルチーナさま、ユンディねえ、、、もしもアイドル路線を進むならスタイリストとヘア・メーク・アーチストをつけるべきと思うほど、衣装はしわしわ、スタイリングしてない髪型と、ヴィジュアル的にはかなりマイナス要素が多かったですわ。
テクニック的には、余裕のあるところをみせる弾き方で、弱音は美しいのですが、強音になるとバランスが壊れて濁り気味。もう少し体重を増やすか、筋力・体力つけたほうが、音に厚みが出ると思われました。
Commented by takataka at 2010-03-20 18:43 x
ご無沙汰です、記事は殆ど毎回読まさせていただいております。

「C調言葉のくどき文句」って 分らなかったです。
色気・味気のないっていうことですか?

最近、ノクターンを殆ど聞かないことがないから、イメージが湧かないんですが、
公衆の面前でノクターンを弾く若い男の子はダメですか(笑)
アンスネスの2枚組みCDでも聴いてみます~。
Commented by レイネ at 2010-03-20 19:31 x
takatakaさま、その昔、大学時代に流行ったサザン・オール・スターズのヒット曲に「C調言葉にご用心」というのがありました。「あ、ちょいとC調言葉にだまされ、泣いた女の涙も知れずに、、、、」というサビ部分があります。
さすがのWikiに解説が載ってました。引用すると「タイトルである『C調』とは、『調子いい』->『ちょうしー』->『しーちょう』->『C調』という業界用語的な変形である。意味として『調子のいい言葉に気をつけろ』となる」
(だから、わたしが使った「C調言葉のくどき文句」というのは、言語学的もしくは修辞学的には冗語法といえます。)

「ノクターン」を公衆の面前で演奏する必然条件には、酸いも甘いも噛み分けた30代後半から不惑の40代以上、というのがあります。勝手にわたしが考えてるだけですけど。
Commented by ロンドンの椿姫 at 2010-03-25 08:44 x
この4日後のロンドンのコンサートに行きました。もちろん同じ演目です。でも、たくさん中国人がいる所に着物で行くのはためらってしまったので、きっと私も中国人に見えたでしょうねえ。
たしかにあのノクターンの出だしは若さに欠けてましたね。一緒に行った音大ピアノ科卒の友人が「あんなのは巨匠がアンコールで弾くもので、若いピアニストが冒頭でやるのはよくない」と言ってました。同感です。後半は盛り上がり、私はユンディを聴くのは3度目ですが、今までで一番調子は良かったと思います。コーラス席だったので流し目は見られませんでしたが。
Commented by レイネ at 2010-03-25 16:57 x
ロンドンの椿姫さま、なんだ、お着物じゃなかったんですか。
やはり、ロンドンのリサイタルにも中国人が沢山来てましたか。普段クラシックのコンサートに来ないような人が、いっぱい詰めかけてるのがよくわかりました。

そうそう、あのノクターンは「巨匠がアンコールで弾くもの」ですよね、のっけからあれじゃあ、ノリが悪いわ。(センスを疑うわ)

わたしの同行者は、ショパン・コンクール@ワルシャワでユンディを連日聴いてらした方なので、彼の成長を喜んでいられました。

流し目は、1曲に1回の割でした。。。
Commented by ロンドンの椿姫 at 2010-03-26 09:37 x
流し目、やっぱりありましたか。私は以前、ちょうど彼の流し目が一番よく見える席に座ったことがあり、その度にドキドキしちゃいましたよ。今回は「あ、また向こうに流し目してる」ということを時々感じましたが、たしかに1曲に1回くらいで、前よりは減らしたみたいです。
Commented by レイネ at 2010-03-26 21:03 x
ロンドンの椿姫さま、ユンディの流し目には、期待して臨みました。でも、同行者の一人の意見は、「ふっと人心地ついたり、陶酔状態になったり、自己満足したりする部分で、無意識のうちに客席のほうに顔を向けてしまうのではないか」
また、ショパンコンクールで連日ユンディをかぶりつきで観た方は、「当時から、それで騒がれてたけど、意図的ではないと思う」とのことでした。

わたしは、それよりも、近頃あまり見かけない超クラシックでダサくてしわしわの衣装にがっかり。選曲と同じく、センスを磨く必要アリ、と思いました。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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