エリザベス・ペイトン展 Live Forever

わが町にあるボネファンテン美術館では、数年に一度の割で、お金を払っても見る価値のある展覧会が開かれる。1995年にリニューアル・オープンしたアルド・ロッシ設計のこの美術館は、外観も内装もポスト・モダン風でなかなか美しいが、所蔵品に魅力が乏しい。公立の美術館・博物館では、建てられた時代の地元自治体の財政の内実がそのまま表れる内容のコレクションになってしまうのは、仕方がない。
家から徒歩圏内だしよく前を通るが、普段はカフェを利用するだけで、よっぽど特別に面白そうな展覧会でもない限り、素通りだ。

今回のエリザベス・ペイトン展(2009年10月18日から2010年 3月21日まで)は、ボネファンテン美術館創立125周年記念の、まことに力もお金もかかったものとなった。なにしろ、現代アートの寵児の一人で、セレブ御用達のアーチストだから、鉛筆のスケッチ画ですら、1千万円からという高値を呼ぶ。彼女の過去15年の作品90点余を集めた展覧会は、昨年ニューヨーク、この夏ロンドンで開かれ、現在マーストリヒトに来ている。
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   Democrats are more beautiful (after Jonathan Horowitz), 2001

だから、このポスターや、フライヤーやバナーが町なかのいたるところで見られる。しかし、わたしは慎重だった。本当にお金を払って見る価値のあるものかどうか。
美術館には1年に一度オープン・デイという日があり、入場料が無料になる。それが、11月15日であることを突き止め、その日を気長に待ったのである。オランダに住む限り、このくらいの努力をしないとオランダ人に仲間として認めてはもらえない。倹約は美徳であり、国民的スポーツである。

11時開館とほぼ同時に入館した。そうしないと、タダであるから、どれだけ混雑するかわからない。長い階段を最上階まで登り、他のものには目もくれずに、エリザベス・ペイトン(1965年生まれ)の展示室に向かった。

最上階なので、明るい自然光が上から注ぐ。
彼女が描いた有名人の肖像画がずらりと、目線の高さに横一列に並べて壁にかけてある。そのどれもが、A4からA3サイズほどと小さい。
彼女がシンパを抱くアイコン、彼女にとってのヒーロー達である。そして、それらの絵の大半は、雑誌などに掲載されたセレブの写真から絵を起こしたものだ。まれに、自身で撮った写真を元に描いたものもある。
鉛筆やペンによるデッサン以外は、合板の上に下地を塗って、油絵の具で描かれているが、乾くのも待たずに塗り重ねたりしていて、ソフトな色の印象に比べて、タッチは意外なほど粗い。

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        デヴィッド・ホックニー
        色調もテクニックもどこかホックニー調なのは、
        画家へのオマージュか。

彼女の絵の特徴は、単純な線と色でささっと描いたようで、ちょっと見はヘタうまというか、実にさりげない。その軽みが、描かれる側のセレブからも見る側である大衆双方から人気を博すヒケツだろう。
また、どの人物も少女漫画のように理想化されキレイに描かれて、個々としての区別が付きにくい。全てアンドロギュノスのようにみえる。
たとえば、ポスターになっている、民主党員の美しい若い男は誰か。知ったらあっと驚く人がモデルになっている。
正解は、若き日のアル・ゴアだ。


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         Prince Eagle (Fontainebleau), 1999

         自分のボーイ・フレンドを描いたものだから、
         他の絵とは異なり野外風景の中の珍しい構図である。
         しかし、これもまた写真を元に描いたとのこと。
         陽光の下で、モデル・スケッチしたりはしないのだ。
         物語が感じられる絵である。ブルーが印象に残る。


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  パティ・スミスを描いたこの肖像画は、ペイトンの面目躍如の傑作だと思う。
  スミスの友人でもあった写真家ロバート・メイプルソープによる、アルバム
  Horsesのジャケット写真が、花の後方にもやもやっと見える。
  古来の肖像画にみられる、画家と描かれた人物との弁証法的対話が
  完全に打ち崩されていて、このアート感覚は痛快無比。


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    この自画像もいい。
    女性が描いた自画像というジャンルに、以前から興味があった。
    それには芸術品としての写真(セルフ・ポートレイト)も含む。
    自画像は、写真に撮るか鏡に映したものを描くしか手段がないから、
    ペイトンのアプローチ方法にかなっている。


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        展覧会初日のエリザベス・ペイトン

まず展示を一周して、先入観なしに観てから、学芸員などによるガイド・ツアーに2回参加した。
そうすると、展覧会開催や展示方法に絡む、インサイダーならでは詳細なハナシが聞けて面白かった。
ペイトンの身体的特徴(かなり小柄で、右手が不自由)が及ぼした作品や展示方法への影響だの、電話や初日に訪れたアーチストのインタビューでの印象とか、作品には描かれた本人の(多くは故人)の相続人などの個人蔵となっている肖像画が多いことと絵画の値段高騰により保険料もかさみ、大手スポンサーなしでは、弱小の地方美術館では展覧会開催は不可能だっただろう、など、ナマの情報が満載で、ミーハー的興味が満足できた。

  
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by didoregina | 2009-11-21 13:41 | 美術 | Comments(6)
Commented by Mev at 2009-11-22 14:29 x
なるほど~。倹約は国民的スポーツだったんですね。今更ながら納得。

ペイトンについてはもちろん全く知りませんでした。アル・ゴアは確かに男前だったであろうが、これは別人に見えて仕方ないです。エースをねらえの仁コーチ?と思いましたもん。(民主党員のほうが美しいというタイトルどおりに描いたんでしょうが)美化するというのがこの人の持ち味なんでしょうが、なんとなーく、まんがちっくに感じます。セレブにとってはありがたいアーティストたっだんでしょう。
Commented by レイネ at 2009-11-22 19:17 x
Mevさま、わたしもペイトンについては、この展覧会が始まるまで知りませんでした。妙にリキが入ってる展覧会のようなので、ネットで調べたら興味が出て、行きたくなったんです。
特に、ポスター(アル・ゴア)だけ見ると、あまり観に行きたい気分はそそられませんが、本物の絵が大量にかかってるのを見て、ふーんそうかあ、と思い、学芸員の説明に、なるほど、とうなずく、という段階を踏んでから、よく集めた展覧会だなあ、と感心しました。オープン・デイに行ってよかった。

このゴアは、誰かに似てると思ったら、「エースをねらえ」のコーチでしたか!
彼女の描いた全ての肖像画に言えることは、タイトルや説明を見ないと、誰を描いたのか、特定することが難しいんです。どれもステレオタイプに美化されていて。
見たあとで、いろいろ考えさせられるものはあり、それが一番の収穫でした。
Commented by Deborah at 2009-11-22 21:37 x
エリザベスさんの絵が、とても洗練されていて、また、特に、明るさが、私の好みに、ぴったりでした~☆
たくさん、お写真を載せてくださって、教えてくださって、本当に、ありがとうございます~☆
Commented by レイネ at 2009-11-23 04:10 x
Deborahさま、展覧会はまだ3月中旬までやってますから、ぜひ一度行ってみて下さい。
かなりの量の似たような絵が掛かってるので、時間をたっぷりとったほうが、よく消化できるかもしれません。わたしは、絵を見たあとでガイドの説明を聞いたのがよかった、と思ってます。
Commented by CHAKEN at 2009-11-27 01:18 x
レイネさん、こんにちは!
先日はコメントをどうも有り難う御座いました<(_ _)>

さて、実は今日、ボネファンテン美術館に行って参りました。
今年の夏に作りましたミュージアムカールトが手元にありましたので、それを活用する目的もあったのですが…(笑)

レイネさんのブログで少しお勉強をさせて頂いてから見に行きましたお陰で、いつもよりもじっくりと絵を見ることができました♪
しかも、Rijksmuseumのものも一部展示がされているんですね!

開放的な作りのボネファンテン美術館、たまに足を運ぶにはいいかもしれませんねーヽ(=´▽`=)ノ
Commented by レイネ at 2009-11-27 04:04 x
CHAKENさま、ようこそ、いらっしゃいませ。
ミュージアム・カールト使ったらタダだから、見る価値のある展覧会だったでしょう。1点でも気に入ったものが見つかれば、それでよし、としないとね。

ボネファンテン所蔵で一番いい絵、ブリューゲル(息子)の「エジプトへの逃避」が、現在、スキポール空港内の国立博物館別館に展示されてます。残念でした。

ボネファンテンのカフェは、町から帰宅途中によく寄りたくなる、お気に入りです。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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性別:女性
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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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音楽、美術、映画を源泉に、美の感動を言葉にしていきます。


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