ヘンデルの「スザンナ」@コンセルトヘボウ

c0188818_2032136.jpgHändel - Susanna, 2009年10月24日
Les Arts Florissants
William Christie, dirigent
Susanna: Sophie Karthauser, sopraan
Joacim: Max Emanuel Cencic, countertenor
Chelsias: Maarten Koningsberger, bas
1st Elder: William Burden, tenor
2nd Elder: Alan Ewing, bas
Daniel: David D.Q. Lee, countertenor
Attendant: Emmanuelle de Negri, sopraan
Judge: Ludovic Provost, bas

コンセルトヘボウでの土曜日のマチネには、オペラ・シリーズがあり、当然コンサート形式になるが、毎度盛況の様子だ。今回は、ヘンデルのマイナーなオペラだったので、割と簡単にチケットが取れたが、普通は結構大変な争奪戦になる。
クリスティーは、先月の「ダイドーとイニーアス」がDNOデビューだったそうだが、コンセルトヘボウのマチネには、以前はよく登場していたようだ。

このマイナー・オペラに惹かれたのは、ヘンデル、クリスティー、チェンチッチという組み合わせのためだ。特に、チェンチッチは誰もが一度はナマで声を聴いてみたい、お顔を拝んでみたいと思う、気になるカウンターテナーのはずである。期待は大きい。

今回の座席は、5列目右寄りで、前回の「ダイドー」の時ほどオケのすぐ前ではない。しかも、コンサート形式だから、オケは舞台上で、編成は、低音弦楽器の数を見ても、「ダイドー」よりもずっと増強している。そして、クリスティーは、指揮台に立ち、指揮に専念している。チェンバロ、リュート、オルガン、チェロがそれぞれ1台づつで通奏低音を担当。
舞台後方に合唱団が立ち、オケが前方に座るともうそれで舞台がいっぱいという感じになる。ソリストはかなり狭いスペースで歌うことになる。

なんで、こんなことを細々と書くのかというと、オケの音が最初、あれっと思うほど頼りなく聞こえたからだ。拡散して飛んでいってしまうというのか。「スザンナ」は、CDでも聴いたことがない、ぶっつけ本番であるが、前奏曲は、なんだかラモーを思わせるような優美ではかなげな感じであった。オラトリオだから踊りなんか入るはずないが、ちょっと憂いを含んだ旋律には、バロック・ダンスなんかが合いそうだ。

ヨアキム(チェンチッチ)とスザンナ(ソフィー・カルトホイザー)は、夫婦であるから、最初から、二人で交互に歌ったり、デュエットもある。期待のチェンチッチの声もまた、あれっと思うほど、か細くはかなげである。なんだか、病み上がりのような感じで疲れたような顔つきも意外であった。髪型も自前のステージ衣装も、オペラ歌手らしからぬスタイリッシュな雰囲気なのだが、どうも声に精彩を欠く。表現は、繊細でいいのだが、声量がまことに小さい。CD「ファラモンド」での印象とかなり異なる。

ソフィー・カルトホイザーも、CD「ファラモンド」に参加している。また、3月にモネ劇場で観た「カリスト」のタイトル・ロールもこの人だった。しかし、印象が薄かった。バロック系のソプラノにしては、声が暗めで、耳に残らないタイプなのだ。小柄で外見も地味だ。
無実の罪に陥れながらも、操を守る、という清純派の役柄にはぴったりだが、それ以外のキャラクターは歌えないんじゃないかとも思える。タイプとしては、ヌリア・リアルに近いが、声に華やかさが欠如しているところが、決定的に異なる。

c0188818_21455111.jpg

             元祖清純派のカルトホイザー。

チェンチッチとカルトホイザーは、カウンターテナーとソプラノながら、声質がとても似通っていると思う。喉に紗の幕がかかったような感じで、彩りがモノクロームである。音に目くるめくような色がついていない。
だから、二人のデュエットは、似た者同士でそれなりにまとまっていてよかった。また、二人とも小柄で少年少女のような体型なので、ビジュアル的にもぴったりのカップルである。

チェンチッチは、最初の方しかあまり出番がない。そこで、印象を強烈に残さなくていけないのに、どうもキャラクター造形が弱かったとおもう。これが、彼の実力ではないはずだ。期待が大きかっただけに、とっても残念だ。

主役2人と比べて、テノールのウィリアム・バーデンは、明るい質の声で朗々と歌い、演技もちょっと過剰気味だが見せて聴かせる役者であった。
同じく、バスの歌手も、もう一人のカウンターテナーのリー(ダニエル)も声量があり、主役二人とは、対照的だった。
ダニエル役は、ストーリーのクライマックスにいたるカギを握る重要な人物で、美味い役どころかもしれない。ブライアン・アサワのように澄んだ高音が出る人で、しかも体格がいいから響きもいい。残念なのは、カウンターテナーにしては体型がちょっと立派過ぎるから、似合う役柄があまりないかもしれない。

公演は、わりと熱狂的な拍手とブラヴォーが出たが、これも土曜マチネでは毎度おなじみの儀式かもしれない。その拍手を制するように、クリスティーが話し出した。
「ご覧の通り、今日の公演はCDのためのライブ録音をしておりました。しかし、不満な部分がいくつかあるので、録り直しをしたいと思います。お帰りになりたい方は、どうぞ、今すぐ退場なさってください。お付き合いくださる方は、5分後に始めますから、そのままお残り下さい」とのことで、会場は「残る、残る!」という人たちが大部分だった。

オケと歌手に英語で指示を与えて、本当にすぐに録り直しが始まった。
チェンチッチとカルトホイザーとバーデンが、それぞれアリアを1曲づつ歌い直した。聴衆にとっては、思いがけないアンコールの曲を聴けたようなもので、得した気分になった。
隣の人は、「録音プロデューサーでもないのに、指揮者が録り直ししなくちゃいけない部分をよく分かるもんだ」と言っていた。


レ・ザール・フロリサンのサイトで来年の予定を見ると、6月のホランド・フェスティヴァルに、ラモーの「ピグマリオン」を上演する予定とある。キャストは未定だが、演出・振り付け・デコールはトリシャ・ブラウンになっている。モネ劇場版モンテヴェルディの「オルフェオ」では、サイモン・キーンリーサイドに複雑な振り付けのダンスをしながら歌わせたが、その演出・振り付けがブラウン女史であった。それならば、コンサート形式というのが考えにくい。しかし、今のところアムステルダムでの公演場所はコンセルトヘボウになっている。だが、コンセルトヘボウのサイトには載っていない。多分、市民劇場になるんじゃないかと思う。たった3回の公演で、人気の高いホランド・フェスティヴァルに参加するのだから、定期的チェックを怠らないようにしなければ。
「ピグマリオン」は、レ・ザール・フロリサン創立30周年記念として、エクサンプロヴァンスやアテネでのフェスティヴァルでも上演される、大事な演目だから、力の入れようが違うと思う。一体、キャストはどうなるのか、興味津々だ。
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by didoregina | 2009-10-28 13:51 | オペラ実演 | Comments(12)
Commented by sarahoctavian at 2009-10-28 23:54 x
丁寧なレビューをありがとうございます!偶然今ファラモンドを聴きながら書いています。このCDではチェンチッチとても良いのに、やはり調子が悪かったってことなのでしょう。ホールの大きさも関係してますか?3月のタメルラーノでも出番が少なくて、彼の声を満喫するという感じでなく拍子抜け。それに小柄で優しい風貌は悪役向けじゃなかったかな・・なんて。
とにかく録音し直しの思いがけないオマケ付でラッキーでしたね(で?そのオマケでは上手くいったのかしら?)
Commented by レイネ at 2009-10-29 04:42 x
sarahoctavianさま、「ファラモンド」って長いから、あんまり聴き込んでないんです。
「スザンナ」でのチェンチッチも、あまり沢山出番はなかったわ。それで、表情も硬くて、優しさや可愛らしさがあまり感じられなかったの。精悍な顔つきだったから、きっと病気明けなんだわ。

ホールの音響という点では、コンセルトヘボウは世界有数の優れものでしょう。だから、ヨーロッパ主要都市を巡業するこのプロダクションでも、クリスティーがここで録音をしたかったんだと思います。録り直しの駄目押しは、出なかったから、多分大丈夫。CDになったら、聴いてやってください。
Commented by アルチーナ at 2009-10-29 09:36 x
チェンチッチ・・調子が悪かったんですね。
やっぱり主役の2人が弱いと残念ですよね。
(以前、ミミとロドルフォの弱いラ・ボエームを見たことが・・)

それにしても、こういう録り直しというのがあるんですね。
お客さんがいなくなったらやっぱり音が変わってしまうから、お客さんにいて欲しかったのかしら・・・?
Commented by レイネ at 2009-10-29 17:14 x
アルチーナさま、ミミとロドルフォの弱い「ラ・ボエーム」ってのは、つらいですね。今回、主役二人には暖かい眼差しを向けていたんですが、どうもはらはらさせられました。それも、つらい。

ライブ録音録り直しの現場に遭遇というのは、面白い経験でした。歌手が、すごく緊張してるのがわかるし。それで、また駄目押しが出たらどうなるんだろう、と思いましたよ。
音や雰囲気を統一したいというのも理由でしょうが、翌日もロンドンで同公演の予定だったから、みんな一刻も早く終わって移動したかったんじゃないかしら。
Commented by Mev at 2009-10-29 21:57 x
ライブ録音で録音し直しというのは、よほど気に入らなかったんですね。プロの演奏者というのはほんとに大変ですね。調子が悪くてもそれなりにやり遂げなくちゃいけない。もしかして、チェンチッチ高熱で点滴受けながら演じていたりしたのかも?
Commented by ロンドンの椿姫 at 2009-10-29 22:16 x
コンサート後に録音し直しまでして、しかも翌日にはロンドン公演やったわけですから、ちょっとハードワーク過ぎやしませんでしょうか?特にチェンチッチはその前の週末のパリのファラモンドをキャンセルして病気だった筈なのに。
チェンチッチは私は全く初めてだったのですが、優しい声は素敵だったけど、ほんと声量がなかったですね。後から派手な中国人CTも登場したりして、なんだか影が薄かったし。
私はWバーデン目当てで行ったのですが、英語だったこともあり、とても楽しめました。そのうち記事書きますが。
Commented by dognorah at 2009-10-30 00:04
3時間のオペラを連日移動しながら演奏というのは傍目にもきついですね。御大のクリスティも結構スタミナがあるようで驚きます。
記事を拝見しているとどうやら主役二人はロンドンの方が調子がよかったと思われます。チェンチッチは確かに2年前に聴いた印象からすると物足りなかったですが、カルトホイザーは後半は特に声量が出て力強い歌唱でした。
Commented by レイネ at 2009-10-30 04:01 x
Mevさま、コンセルトヘボウ詣では、ようやく2度目です。前回もバロック(サラ様とフライブルク・バロック・オーケストラで、Mevさんともお会いできましたね)だったけど、そのときの方が、はるかに音響的にも音楽的にも満足できました。
チェンチッチの実力なのかなあ、あれが。オーラもあまり感じられなかったの。。。
Commented by レイネ at 2009-10-30 04:09 x
ロンドンの椿姫さま、期待が大きすぎたので、空振りにあれれ、という感じでした。みんな、それなりに上手いけど、主役2人の影が妙に薄いってのはマイナス・ポイントでしょうね。
もう一人のCTリーのほうが華やいだ声で、特に高音が美しく出るので、チェンチッチはかすんじゃいました。ルックスは、チェンチッチのほうがずっといいけど。
バーデンは、朗々とした声で発音も分かりやすいし、演技もできる役者ですね。チェンチッチは、英語なのに何歌ってるのか歌詞が全然聞き取れませんでした。
Commented by レイネ at 2009-10-30 04:20 x
dognorahさま、クリスティーは、血色もよくヴァイテリティーにあふれてるようでしたね。みんな、そんな彼についていくのが大変なんじゃないかと思えるほど。

カルトホイザーは、たしかに、だんだんよくなっていきました。ただ、バロックのソプラノにしては、声質が暗いので、わたしの好みから外れるため、耳馴染みがよくなかったのだと思います。タイトル・ロールだからアリアも多くて、熱唱して真摯な姿勢を全面に押し出してるだけで、それ以上迫ってくるものが感じられなかったんです。優等生すぎて、華と甘さを排除しすぎで。
3月、ブリュッセルでの「カリスト」の時も、全く同じ印象を持ちました。
Commented by REIKO at 2009-10-30 17:00 x
不調?のチェンチッチが少し心配ですが、日本にいる身としては、いずれ出るCDを楽しみにしていようと思います。(この作品、何か新しい録音が出ないかな?と思っていたので)
「録り直し」のこと、正直に言うなんて、ちょっとビックリしました。
すぐに始めたかったからでしょうけど・・・。
Commented by レイネ at 2009-10-31 04:01 x
REIKOさま、このライブ録音CD発売されたら、ヘンデル・ファンに必携!になるかもしれませんね。あまり、録音がない曲でもあるし。
それで、チェンチッチ重病をおして点滴を打ちながらの熱唱!とか、いろいろハナシに尾ひれがついて、ナチ占領下のコンセルトヘボウでの超有名ライブ録音、聴衆のすすり泣きの聞こえるメンデルベルク指揮「マタイ」みたいな、幻のライブ!みたいなステータスになったりして。。。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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