カッチーニの「エウリディーチェ」  超レア・バロック   その4

ベルギーのブルージュ周辺で行われている古楽音楽祭MAフェスティヴァルの「モンテヴェルディ・ミニ・フェスティヴァル」に出掛けた。
場所は、ブルージュからローカル支線で2つ目のリセウェッヘ、うちの最寄り駅からだと3時間の電車の旅だ。

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リセウェッヘは「白い町」と称しているが、駅舎の窓やドアには板が打ち付けられ無人。町というより村で、カフェが2軒、レストランが2軒。そんな村でのミニ・フェスティヴァルだから、臨時インフラ設営が重要で、野外簡易食堂とトイレが設置されていた。

会場の教会裏手の草地には、ビールやサンドイッチを売る売店とテーブルや椅子が並べられ、野外食堂になっていて、マリンバ演奏などが聴ける。
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モンテヴェルディ・ミニ・フェスなのに、聴きに行ったのは、カッチーニの「エウリディーチェ」である。
これは、題名や作曲家名はマイナーとはいえないが、演奏される機会は少ないから、超レアといっても許されるのではないか。また、録音のほうも、昨年世界初録音CDが発売されたくらいだ。胸を張って超レアと名乗れよう。
その世界初録音を行ったアンサンブル Scherzi Musicali が、コンサート形式で演奏するのだ。
そのことを前日に知り、期待はいやが上にも高まった。チケットは、3週間くらい前に予約したからなんとか手に入ったが、当日はソールドアウトだった。

Giulio Caccini L'Euridice @ O.L.V. kerk in Lissewege
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Scherzi Musicali:
Céline Vieslet, soprano
Marie de Roy, soprano
Laurence Renson, mezzo sopraan
Magid El-Bushra, contratenor
Reinoud Van Mechelen, tenor
Olivier Berten, bariton
Nicolas Achten, dirigent en bariton




カッチーニとペーリは、競ってオペラ「エウリディーチェ」を作曲した。フランス王アンリ4世とトスカーナ大公王女マリア・デ・メディチの結婚祝祭典のためである。
ペーリのほうは、オペラ「ダフネ」の作曲で世界最初のオペラ作曲家として、また、結局ペーリ版「エウリディーチェ」が採用され祝典に実演されたことで、音楽史上優位に立つが、カッチーニ版のほうは、世界最初のオペラ楽譜として出版されたことで名を残した。
同じ歌詞のオペラを二人が競作したのだから、盗作と言い合ったりして、二人の作曲家の確執も凄いものがあったとされている。

とにかく、そのカッチーニだが、性格はともかく音楽の才能には優れていた。
声楽、リュート、ハープその他の演奏家としても一流で、モノディー形式などの音楽理論の先駆者でもある。

初めてナマで聴くカッチーニの「エウリディーチェ」は、小さなリセウェッヘの村には不釣合いなくらい大きく、いかめしくそそり立つ聖母教会で演奏された。
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1985年生まれのNicolas Achten率いる若手古楽アンサンブル Scherzi Musicaliは、(歌手の2人を除いて)本当に若い人たちの集まりだ。

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              演奏前の調律に余念がない。

16ユーロの自由席だったが、ごくごく早めに入場したので3列目正面、VIP席の真後ろでラッキーだった。
器楽構成は、オルガンとチェンバロ、テオルボと歌(バリトン)、ハープ、チェロ、リュート3種の5人で、男女3人ずつの歌手が複数の役柄を歌う。
なによりも見ものは、リーダーのニコラ・アクテン(またはニコラス・アハテン)が、テオルボを弾きながらオルフェオの役を歌うことだ。彼のパートにバリトンと書いてあったので、テオルボの兄貴分楽器のバリトンかと最初は思ったが、正真正銘声がバリトンなのだった。
ないものねだりの欲を言えば、リラなんか演奏しながらだったら、もっと視覚的にパーフェクトなオルフェオになったかもしれないが。

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     立ったまま、テオルボの弾き語りで主役オルフェオを歌う。

通奏低音はオルガンが主にリードを取る。チェンバロをオルガンの上に乗っけて、鍵盤奏者は一人でがんばるが、チェンバロが聴けたのは、間奏曲とその他少々だった。
まず、テオルボとリュートの出だしが合わなくて、なんだかずっこけてしまった。
ハープ奏者の女の子はきれいな子だが、他の弦楽器の音が大きくて、ハープが聞こえてこないので残念。

プロローグは、カウンターテナーによるトラゲディアの状況説明のような歌だ。祝祭のためだから、ハッピーエンドになると最初からおことわりを入れる。
ちょっと、ボリウッド・スターみたいなルックスのカウンター・テナーは、表情が豊かでリリックな歌声で、他の歌手とは一線を画していた。

そのあとで第一幕が始まり、村人(牧人とニンフ)とエウリディーチェが入り混じって、オルフェオとの結婚を祝福する。牧歌的で、しかしメランコリックな歌が続く。バロック・オペラ黎明期だから、なんだかルネッサンス歌曲と区別が付きにくいようなメロディーだ。春風駘蕩で麗らか。
ところが、ダフネ(カウンター・テナー)が現れて、エウリディーチェが蛇にかまれて死んだとの悲報をもたらし、一同悲しみに打ちひしがれる。

休憩なしにニ幕めに続く。ヴィーナスに連れられてオルフェオは、冥界にエウリディーチェを取り戻してもらいに行く。規則は規則だ、譲れない、と言う冥界王にとりなしを頼んだのは、オルフェオの美声に心を動かされたプロセルピーナ(自分も冥界と外界を半年毎に行き来する例外的存在)その他で、結局、エウリディーチェは、生き返ることができた。

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三幕目も、どんどん続く。胸騒ぎで落ち着かない村人に朗報が伝えられ、その後は、二人の幸福を讃える歌でクライマックス。そして、あっけないフィナーレ。
といっても、音楽では華やかさは押さえられ気味で、喜びの表現も控えめである。その後のバロック・オペラとは比較にならないほど、全てがお上品なのだ。やんごとなき人の結婚のため、典雅荘重を旨とすべしとの、トスカーナ大公国およびフランス王国宮内庁からのお達しがあったのだろうか。

さて、指揮者兼主役オルフェオを弾き語った、ニコラ君は、登場したときから、なんだかとっても典型的ベルギー人に思える容貌が目を引いた。どこが、一体そう思わしめるのかと考えているうちに、ピンときた。
タンタンそっくりなのだ。髪型といい、表情といい、スレンダーな肢体といい、タンタンを実物にしたら彼になる。
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          特に横から見ると、髪型がタンタン

彼の名前をググルと、ラルペッジャータによるモンテヴェルディの「テアトロ・ダモーレ」が出てくるけど、歌で参加してるの?
まだ若いのに、フランダース・オペラの若手養成スタジオでも教鞭をとっていて、今月末は、「ポッペアの戴冠」の指揮をする!関係者だけの内輪公演なのが、残念だ。
そんな、才能ある彼だから、今のうちに唾つけとこうと思う。
ご祝儀として、高かったが(20ユーロ)、会場で同CDを買った。ニコラ君による詳しいライナーノーツと歌詞が付いているから、許そう。
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by didoregina | 2009-08-05 10:00 | バロック | Comments(11)
Commented at 2009-08-05 20:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by さわやか革命 at 2009-08-06 00:46 x
|ボリウッド・スターみたいなルックスのカウンター・テナーは

で、思い出しました。日本人二人を含む四人組グループを作っていて、最近CDも出しているようです。このマジッド・エル・ブシュラ君、スーダンと英国のハーフとか。私が見た(聴いた)時は調子が残念ながら調子が今イチだったのですが。

それにしても、曲目も、テオルボの弾き語りも珍しいですね。

Commented by レイネ at 2009-08-06 04:13 x
アルチーナさま、もしもこちらからのメールが届いてなかったら、フィルターではねられてるかもしれないので、ご連絡を。ウェブメイルから再送します。
Commented by レイネ at 2009-08-06 04:21 x
さわやか革命さま、ボリウッドで、思い出していただけましたか!やっぱり、そう思うでしょ、エル・ブシュラ君の顔。
おお、日本人とアンサンブル組んでるんですか。当日の彼は、声がよく出ていて、CDよりずっといい出来でした。教会の音響がよかったせいかも。

以前、アドリアン・ファン・デル・スプルのCDを超レア・超マイナーとして取り上げたあとで、貴ブログの過去記事を読んで、もう日本には大分前から目白バロック祭とかに来ているんだ、超が付くほどマイナーじゃないんだ、とびっくりしました。
日本のバロック音楽振興には、目を見張らされます。
Commented at 2009-08-06 08:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Mev at 2009-08-06 12:23 x
ブルージュ古楽祭と聞くだけでため息が出ます。素敵ですねえ。
テオルボを立ったままずっと演奏し、歌もうたうというのはかなりの体力も必要ですよね。若いからできる技なのかしら。

そうそう、芸大アリオダンテ、私も行くことにしました!もしかしたらお会いできるかもですね。
Commented by REIKO at 2009-08-06 15:07 x
リュートやハープなどを「弾きながら歌う」のは、当時(というか昔?)は普通にあったことだと思うんですよ。
ただ現代の演奏は、何事にも高いレベルが要求されるのに加え、分野ごとの専門化が進んでしまい、「私歌う人、あなた伴奏する人」みたいに分かれちゃってますが・・・。
ポピュラー音楽だと普通にやってる「弾き歌い」、クラシックでももっと増えてほしいなと思います。
この作品みたいな初期バロックものもそうだし、ダウランドのリュート歌曲とかも♪
Commented by レイネ at 2009-08-06 17:11 x
Mevさま、ブルージュ自体は、電車乗換えで通過しただけでした。リセウェッヘなんて無人駅、マーストリヒト駅でもベルギーのヴィセ駅でも、どこにあるのか誰も知らなくて、スペリングを書かされたわ。でも、ベルギー国鉄は週末は運賃半額になるので、往復20ユーロ60セントでした。

テオルボ、立って弾くのは重そうでした。歌うのは、ギターの弾き語りみたいなもんだけど、やはり体力が要りそう。

芸大「アリオダンテ」、チケット取れますように。そしたら、再会できますね。
Commented by レイネ at 2009-08-06 17:16 x
REIKOさま、たしかにクラシックでは、弾き語りってのはまず聞きませんね。声楽やってる人はピアノも結構上手いはずだと思うのですが。
このニコラ君の場合、まずリュートなどを音大で勉強した後、声楽も始めたようで、どちらもかなり自信とに才能があるからできる技なんでしょうね。それと、体力も。そういう意味では、レアな存在だから、その特技を生かして、これからオペラにどんどん出演してもらいたいわ。
Commented by hyblaheraia at 2009-11-30 08:45
先日はブログにコメントを残して下さりありがとうございました。カッチーニの《エウリディーチェ》上演について教えていただき、早速拝見に参りました。
テオルボを演奏しながらオルフェーオを歌うなんて、斬新なアイディアですね。ヨーロッパの古楽グループの自由な試みは見ていてとても嬉しくなります。一次史料から調査するなど、演奏者の勉強量も並大抵のものではないのでしょう。
Commented by レイネ at 2009-11-30 18:29 x
hyblaheraiaさま、ようこそ。コメントありがとうございます。カッチーニのこの記事のURLをそちらのコメント欄に書いたら、スパム判定されてしまいました。過去記事から探し出して読んでいただき、恐縮しています。

古楽には埋もれた曲が色々あるから、演奏家としては研究・発掘の楽しみもあって続々と面白いものが出てきますね。聴き手としても鵜の目鷹の目。

コンサートやオペラに行く前の泥縄式お勉強しかできないのですが、系統立ててきちんと音楽史を学びたいものだと願っています。まずは、ご著書を手に入れて読もうと思っています。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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