Adam in Ballingschap @ Stadsschouwburg Amsterdam      楽園追放

2009年6月7日 世界初演 於ホランド・フェスティヴァル
Adam in Ballingschap door Rob van Zuidam
c0188818_22522782.jpgmuzikale leiding   Reinbert de Leeuw
regie   Guy Cassiers
video   Arjen Klerkx
kostuums   Tim van Steenbergen

Adam   Thomas Oliemans
Eva   Claron McFadden
Belial   Jeroen de Vaal
Asmode   Roger Smeets
Lucifer   Huub Claessens
Gabriël   Lenneke Ruiten
Rafaël   Maarten Engeltjes
Michaël   Helena Rasker
Uriël   Harry Peeters
Rey van wachtengelen   Vocaal ensemble
orkest   Radio Kamer Filharmonie

今年もホランド・フェスティヴァルには、意欲的な新作や初演が多い。ネーデルランド・オペラの芸術監督であるピエール・オーディが、フェスティヴァル監督も兼ねているせいか、観たいな、と思わせるオペラが多いのが特徴だ。アムステルダムらしいチョイスで、おなじみのものは「カルメン」以外一つもない。

それで、2週続けて、アムステルダムまで出かけた。フェスティヴァルのための新作オペラ「アダムの楽園追放」鑑賞のためである。
新作オペラの世界初演に接することができるというのは、観客として幸運なだけでなく、出演者にとっても光栄なことだと思う。観客としては、新作を積極的に観にいくことで、今後のオペラ振興の一端を担うことになり、また、最初の診断を下すという歴史的責任を負うのだ。緊張に身がぞくぞくする、と言っても大げさではない。なにより、期待感が普通よりずっと大きい。

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Adam in Ballingschap という、17世紀オランダの文豪ファンデルの同タイトル文芸作品に基づいたオペラで、非常に珍しいことに、オランダ語で歌われている。作詞も行った作曲家のザウダムは、フォンデル作品のエッセンスを損なわないように、4分の1程度まで短縮し、あえてオランダ語のままで作曲した。
世界的興行を目指すなら、オランダ語のオペラというのは相当なハンディキャップを負うことになると思う。しかし、自国語の詞にメロディーを付けるという作業は、他にもいくつかオペラを作った彼にとって思いがけない経験だったようだ。頭で考えなくても自然にメロディーが浮かんでくる、というのか、非常にスムーズに作曲できたのが新鮮だったと言う。

フォンデルの名前は、普通のオランダ人にとって、セントラル・パークかハイド・パークのような市民の憩いの公園、フォンデル・パークの名の基になっているという程度でしか知られていないと思う。もう一人の文豪PCホーフトと並んで、高校で必読の古典作品を書いてはいるが、実際に読んでいる人は少ないはずだ。実は、オペラ鑑賞の前に原作を読んでやろうと一念発起したが、なかなか手に入りづらいというか、ポケット版になっているわけではないので、あまりに値段が高いので買うのをあきらめた。(オランダ語の本は、読む人口が少ないため、一般的に高額である。英語のポケットの方が安かったりする。)
だから、オランダ語の(新作)オペラが(少)ないのも肯ける。非インターナショナルな言語だからだ。

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モネ劇場でも意欲的に新作オペラを上演しているが、今年の新作は、川端康成の「眠れる美女」を原作とする英語版だし、数年前のマレーナ様主演のオペラ「ジュリー」はドイツ語だ。「ティエスト」もオランダ人作曲家によるものだったが、フランス語のオペラだった。だいたい、オランダ語圏ベルギー人であるメーテルリンク(「青い鳥」や「ペレアスとメリザンド」)でさえ、作品はフランス語で書いていたくらいだから。

また、オランダ語の響きは音楽的ではない、というのも衆目の一致するところであろう。たしかに、オランダ語で歌われる流行歌には聴くに耐えないものが多い。さて、クラシックではどうであろうか。
結論から言うと、オランダ語で歌われたこの新作オペラは、美しかった。歌詞の詩的な美しさと音楽が非常によく調和していたからで、耳障りな感じがないのだった。これは、作曲家の技量に負うところが大きい。歌詞をよくよく吟味して練りに練った旋律には、現代音楽にありがちな不協和音が少なく、耳当たりがまろやかで、ミュージカルのようにメロディアスでさえあったのだ。

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楽園に住むアダムとイブは、結婚式を間近に控え、幸せ一杯。天使も愛の勝利を歌い、二人を祝福している。しかし、幸福は長くは続かないものだ。結婚式に招かれなかったことをひがんだ堕天使(悪魔)は、まるで「眠り姫」の魔女のように悪巧みを画策する。イブに禁断の木の実を食べさせようとするのだ。

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                 イブとベリアル

(知的)好奇心を押さえきれないイブは、ベリアル(蛇)の甘言に乗って、禁断の木の実を食べ、その結果、様々な意識に目覚める。このオペラの主人公は、自我の目覚めと自己解放の喜びを知ったイブである。タイトルは「アダムの楽園追放」だが、アダムの影は薄い。というより、彼を保守的で優等生というキャラクターにすることで、知的で革新的なイブとの対比がはっきり出ている。
ラジオや新聞のインタビューで、作曲家ザウダムも、女性が主人公であるほうがオペラは面白い、と断言している。

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最後には、ウリエル(神)の怒りを買い、二人は楽園を追放されて、日々の不安に脅かされることになる。タイトルからは、その後の二人の苦難の物語のような印象を受けるが、追放による別の物語の始まりを予感させるオープンな結末である。
不安に怯えるのは同じでも、イブは確信犯だったのだから、共犯者にされただけのアダムよりは強い。見かけは可憐だが芯は強い、現代的な女性としてのイブを見せるオペラであった。

歌手は、皆、上手い。声量があり、堂々たるものである。イブ以外では特に、悪魔と堕天使が迫力満点であった。ベリアル役は、見ることができなかった、幻のオランダ最古のオペラ「グラニダ」に主役の羊飼い役で出た、イェルン・デ・ファールである。彼の声は初めて聴いたが、気持ちのいいテノールだ。
また、オランダの新進カウンター・テナー、マールテン・エンゲルチュスが、天使の一人として出るのに注目していた。エンゲルチュスという名前は「小さな天使たち」という意味で、歌声は天使的だが、体はでかいのが不釣合いだが、ウィリアム・クリスティー主催の新人歌手育成講座にも選ばれて参加しているし、今後に期待できる。
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          左端がラファエル役のエンゲルチュス

コーラスの天使たちの歌には、オランダ名物の木靴を打楽器としてリズムに使うのが、面白かった。ディズニーランドの「イッツ・ア・スモール・ワールド」で、オランダの人形達が踊っているような木靴ダンスが、笑いを誘うものではなく、ちゃんとした音楽の一部になっているのには感心した。
そんな風に、この作曲家の才能には端倪すべからざるものがある。オランダ語ながら、インターナショナルになりうる、期待を上回る高水準のオペラだった。
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by didoregina | 2009-06-09 17:49 | オペラ実演 | Comments(4)
Commented by Mev at 2009-06-10 17:25 x
待ってました!アダムの追放。 
新作というと、オペラ初心者の私としては逆にどういうふうに準備していっていいのか、皆目見当もつかず、チケットを買わずに様子をうかがっていた次第でした。 そうですか、よかったんですね!!レイネさんが「高水準」とおっしゃるならまちがいなし。 私もがぜん行きたくなりました。(ゲンキンでごめんなさい)
ただ、気になるのは、オランダ語オペラってことは、字幕はないってことですよねー。 ああ、悲しい、それでは私には理解できないかも。字を読んでならなんとか少し理解できますが、会話を聴きとって内容を理解するのは私には難しすぎる。。。。あらすじをよーく読んで、レイネさんのこの解説を頭にたたきこんでから出かけることにいたします。
あと、気になっているのは21日にある「アクエリアス」なのですが、これも行こうかどうしようか。。。
でも、実は息子の学校の関係で夏休みに帰国することに決めてしまったので、この際何でもかんでも(!)見にいっておこうかと思います。 
Commented by レイネ at 2009-06-10 19:06 x
Mevさま、耳に心地よく馴染む音楽の、とってもいいオペラでした。ご安心ください、ちゃんとオランダ語の字幕が出ます!
隣に座ったオランダ人のおばあちゃんも、「ルネッサンスの頃のオランダ語なんてわからないから、字幕が見えないと困る」と言って、わたしといっしょに、前のほうに空いてた字幕が見えやすい席に移動したんですが、歌う歌詞も字幕も現代オランダ語でした。(二人称単数形がちょっとだけ違って、聖書風の言い回しでしたが。歌だけだとやっぱり、聞き取るのは難しい。)
作曲家のサイトに載ってる全歌詞を見ると、17世紀のオランダ語なんですが、実際には、ちょっと変えたみたい。

本当は「パッション」(本日)と「メディア」(26日と27日)がとっても観たかったんですが、平日夜なので涙を呑んだんです。
地元のメリットを生かして、手当たり次第にオペラ観といてくださいね!オースターパークの「カルメン」なんて、観に行きたーい。

帰国って、一時帰国ではなく、引っ越してしまうんですか?
Commented by Mev at 2009-06-11 06:43 x
今、アダムを見て帰ってきたところです。イヴ役のクラロン・マクファデン、圧倒的にうまかったですねえ。アダムのトマス・オリーマンスも若々しくて声量豊かで魅力ありました。イヴを誘惑するベリアル役ユルン・デ・ファールもうまい。 満足しました~。
もっとも最初の数分は、「自分は現代音楽が苦手だったのに、きちゃって最後まで聞けるだろうか」という不安もありましたが、どんどん引き込まれて、特にイヴの誘惑されるシーンが最高で、面白かったです。

そうなんです。曲折ありましたが、帰国して家族みんなで住むことにしました。だからオランダ語オペラはこの先いつみられるか?と、思って今日あわてて行った次第でございます。
Commented by レイネ at 2009-06-11 18:12 x
Mevさま、オランダに住んでいても、これから先オランダ語の新作オペラを観る機会はなかなかない、と思われますので、駆けつけたのは正解だったでしょう。年末頃にでもTV放映してくれないかしら。

ご長男も喜ばれることでしょうね、皆さんで暮らせたら。でも、夏休みまでなんて、もうちょっとしかないから、今のうちに観れるだけ、聴けるだけ、どんどん行ってください。オランダでは、もう会えないかもしれませんが、9月に里帰りしますので、日本で再会できたらうれしいです。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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名前:レイネ
別名: didoregina
性別:女性
モットー:Carpe diem

オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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