Dido & Aeneas 聴き比べ

聞く所によると、パーセルの「ダイドーとイニーアス」のCDには35種類以上の録音がでているそうだ。昔から人気のあるオペラなのである。
今年は、パーセル・イヤーということもあり、サラ様、マレーナ様はじめ、各地での上演も盛んだ。
4月3日に、念願のコヴェント・ガーデンでサラ・コノリーがタイトルロールのを観ることになった。そのためには予習が必要である。
わたしもDidoを名乗る女の端くれ、この際手持ち3枚を聴き比べてやろうと意気込み、3月中は毎日聴いた。もう耳にタコ状態になってしまった。
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まず、なぜわたしがDidoなのか、という疑問をお持ちの方もいらっしゃるかと思う。長い説明になるが、この際、ヒミツをお聞かせしたい。

実は、1年半前からラテン語を習い始めた。息子たちの学校で、夜間に父兄のためのラテン語講座が週に1度開かれるのに参加したのである。そこで使われた教科書が1冊丸ごと、ヴェルギリウスの傑作「アエネアス」の簡易版で、ラテン語の初歩文法が一通り学べるようにできている。長男も中学3年間使ったものであるが、それを父兄たちは1年で読むというコースなので、かなりのハイペースだった。

内容は、トロイ戦争の後日談で「オディッセウス」にちょっと似ているが、トロイ側の落ち武者のお話で、その中でも重要な登場人物が、カルタゴの女王ディドである。
トロイ(現在のトルコ)から落ち延びたアエネアス一行はカルタゴ(現在のチュニジア)に漂着し、もともと現在のレバノンあたりから国を追われた女王ディドから手厚い庇護を受ける。手厚すぎて、二人は恋仲になるが、アエネアスにはローマ建国という神から託された使命があるので、この恋愛は成就できない運命にある。ギリシャの神様から邪魔されたら、勝ち目はない。
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その悲恋のヒロインがディド(もしくはパーセルのオペラは英語で作られているのでダイドー)なのだが、彼女は新興国ながらリッチなカルタゴの女王なので、非常に誇り高い女である。この点に留意していただきたい。旅の男と恋愛関係になった女王は、近隣諸国の噂のタネになり、苦しむ。(ダイアナ元妃を思い浮かべるとよろしい。)そして、女王としてのプライドを捨ててその男といっしょになろうと決心した矢先に、男が去っていく、という2重の苦痛に耐えかね、しかし自らの尊厳を守るため、自害するのだ。

オペラだと、どうもこの女王として女としての塗炭の苦しみが理解されにくいようで、唐突に自殺して終わる、という風に見られてしまうのが、こちらDidoとしては残念である。何語でもいいから、ぜひお話をじっくり読んでいただきたい。そうすればディドの心中がわかっていただけると思う。

だから、どうしてわたしがDidoなのだ、という疑問は解けないままかもしれないが、わたしには彼女の気持ちは痛いほどよくわかり、非常に思い入れがあるのだ、ということを言いたかっただけである。

昔から、ディドならこの人、と定評のあるキルステン・フラグスタートによる、ディドの辞世の歌。哀れさが胸に迫る、もしくは、この歌を聴いて落涙を禁じえない、かどうか。

CDは1952年録音なので、時代がかったテンポで悠揚迫らぬ音楽だ。ベリンダがシュワルツコップで、彼女の声と歌い方だけ気に入らないが、ボーナス・トラックで、フラグスタートによるディドの嘆きの歌をもう1度と、「オンブラ・マイ・フ」が聴けるのがいい。

ジェシー・ノーマンのディドも、誇り高い女王の最期の風情が表現されていて好きだ。

1985年録音で、アエネアスがトマス・アレン。しかし、アエネアスというのはタイトル・ロールなのに、とっても影の薄い役である。オペラでは、トロイの益荒男というより、世間知らずのお坊ちゃんみたいな設定になっているせいかもしれない。

で、肝心のサラ・コノリーのが、ユーチューブ上では見つからない。
しかし、現代的でテンポもきびきびした演奏と、情感たっぷりのサラ様の歌がとってもいいので、このCDはお勧めだ。
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彼女も「ディドは私だ」ときっぱりと明言しているほどなので、役柄への感情移入は相当なテンションである。しかし、怨念のこもった感じはしなくて、気高い女王、で踏みとどまっているところに彼女の良識を感じる。
役を作りこんでいる彼女によるナマのダイドーは、いかがなものになるのか、演出はどんなものか、期待に胸が高鳴るばかりだ。
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by didoregina | 2009-04-01 01:07 | CD | Comments(14)
Commented by sarahoctavian at 2009-04-01 14:47 x
レイネさん、ロンドン行もうすぐですね。Didoのお話は私も(ドイツ語ですが~)一通りおさらいしましたが、ここで総まとめ記事をありがとうございます。神様(オペラでは魔法使い)に運命を操られ振り回されるDidoの誇り高いがゆえの苦しみを、コノリー様がどのように演じるか楽しみですね~。短いオペラだしDidoの出番がすごく多いわけじゃないけど、その分Lamentoへの期待が大です。(彼女が魔法使いを歌った10年以上前のCDと較べただけでも、今回のCDがOAEの演奏含めて断然好き)
Commented by bonnjour at 2009-04-01 16:51
Dido's lamentは「The Man Who Cried」というジョニー・デップ様(はあと)とクリスティーナ・リッチ嬢が共演した映画でも効果的に使われていました。ロシアのユダヤ人コミュニティで生まれた少女が数奇な運命に流されイギリスへ。イディッシュしか話せず心を閉ざす彼女が初めて英語でコミュニケーションしたのが、このアリアで、その歌声が人々を感動させ....(その後、舞台はパリ、NYとめまぐるしく移り、デップ君とのロマンスがあり...)というお話。

サラ様のDido、ほんとに楽しみですね。レビューをお待ちしています。
Commented by レイネ at 2009-04-01 17:08 x
sarah会長様、一足お先に行ってまいります。丁度G20サミットと重なり騒然としたロンドン、イヤだわ。
彼女が魔女役だったCDってのもあるんですね。今回ROHでは、前回「カブレッティとモンッテッキ」でネトレプコのジュリエットの代役で好評を博した中村恵理さんが、魔女の一人!
まあ、舞台上演の「ダイドー」は、半分バレエみたいなものでしょう。フィオナ・ウォーナー演出・マレーナ様主演のとは全く異なったものになりそうなので、両方見られる今年はラッキーです。
Commented by レイネ at 2009-04-01 17:16 x
bonnjourさま、ジョニー・デップでも趣味が一致しましたね。彼は大化けしてしまい、昨年度の愛読紙NRC経済新聞の読者アンケート「史上最高の男優」部門でなんと1位!(読者の趣味が偏ってる新聞だとお分かりでしょう。)でも、何演じても上手いですよね、彼。キュートさも残っているし。
あるオランダ人アイドルがインタビューで「1日だけその人になれる、というのなら、ヴァネッサ・パラディになってみたい!理由は分かるでしょ?」と言っていたのに、深く肯いたのでした。

この映画、全然知りませんでしたので、レンタル・リストに入れます。ご教示どうもありがとう。
Commented by dognorah at 2009-04-03 23:10
この曲のCDが35種類以上というのは凄いですね。
2日にお目にかかったときロンドンでマレーナ・エルンマンが出演するコンサートのことを言いましたが、アムステルダムでのダイドーとイニーアスの舞台公演が終わったあと、同じ演奏者でやるコンサート形式のことでした。それをわざわざロンドンに来てご覧になる必要はありませんね。
Commented by レイネ at 2009-04-05 06:53 x
dognorahさま、ロンドンでは素晴らしいオペラをごいっしょでき、おしゃべりもして楽しい一晩でした。ただいま帰宅したのですが、ROH2晩連続観劇してきたなんて、まるで夢のよう。

マレーナ様のコンサート形式「ダイドー」の情報はどうやって入手なさったのですか?また、その会場はどちらでしょうか?同じオペラならわざわざロンドンに行く必要はなくなったのですが、彼女のことなら何でも知りたいんです。
また、来年3月にモネで彼女のイダマンテは、いかがでしょうか?
ガランチャちゃんは、彼女のいいライバルになりそうです。
Commented by dognorah at 2009-04-05 07:29
ロンドン遠征お疲れ様でした。ブログのアップが楽しみです。
マレーナのコンサートは10月10日にバービカンです。私は切符を買ってあります。
来年3月4月のイドメネオ見たいですね。アムステルダムのトロイ人と組み合わせるのが効率的かなと思っています。つまり4月3日にイドメネオを見て4日にトロイ人。ユーロスターでブリュッセル入り、電車でアムステルダム往復というのは現実的な旅ですよね?
Commented by レイネ at 2009-04-05 17:47 x
dognorahさま、10月のチケットすでにゲット済みですか。もしかしたら、5月にウィーン遠征されてマレーナ様ご観覧かと思っていました。
「イドメネオ」と「トロイの人々」の組み合わせ、とってもよさそうですね!これは、ロンドンの別のお方にも勧めなければ。
電車での移動は現実的で時間のロスがなく楽でいいと思います。ロンドン~ブリュッセルが2時間ジャストですものね。チェックインも30分前までにすればいいし、街中から街中なのでそれ以外の移動時間がかかりませんし。
でも、帰りは、アムスから飛行機で直接ロンドンへ、というのがお値段的にはお安くなると思います。格安エア・チケットいっぱいありますからね。チェックインと空港トランスファーの時間がかかりますが。
ただし、アムスの歌劇場ではリターン・チケットがでないのと、特にマチネは人気が高いため、チケット入手が困難です。発売日に気合を入れてゲットしてくださいね。
Commented by ロンドンの椿姫 at 2009-04-05 21:14 x
10月10日のバービカンは見逃してましたが、今チケット買いました。 情報ありがとうございました。


Commented by レイネ at 2009-04-05 21:20 x
ロンドンの椿姫さま、早速マレーナさまのチケット・ゲットですか、本当に素早い!
来年4月のブリュッセル・アムステルダム遠征プラン、いかがでしょうか?
Commented by dognorah at 2009-04-05 22:19
ということはブリュッセル-アムステルダム間の電車賃は結構高いということでしょうか?因みにユーロスターは往復59ポンドです。
4月4日(日)は初日なのでマチネーではなく夕方開始です。
ロンドンの椿姫さん、是非ご一緒にいかがですか?
Commented by レイネ at 2009-04-05 22:54 x
dognorahさま、ブリュッセル~アムス間のタリス料金が結構高いけど、一番安い設定で往復59ユーロというのがあるし、タリスでない特急ならもう少し安い週末割引とか、いろいろ研究比較の余地はあるでしょう。ユーロスターにしろ、タリスにしろ、イージージェットやライアン・エアにしろ、発着時間や時期によって値段が千差万別ですものね。丁度来年の4月4日はイースターなので、混雑しそうですよ。
また、日曜がオペラ初日というのもビミョーですね。
いずれにせよ、あと1年ありますからね。皆さんでツアー組めたら楽しそう。ミュンヘンのsarahoctavianさんも、いかがかしら?
Commented by Mev at 2009-04-06 05:28 x
レイネさま、おかえりなさい。
密度の高いロンドンの旅だったのですね。
ダイドーにはかなり思い入れがあるとのことですので、
サラ・コノリーのダイドーをご覧になったご感想を楽しみにしております。

G20でセキュリティチェックが厳しかったですか?

日本では北朝鮮のICBM(もどき)の発射騒ぎで大変な様子ですよね。長男を一人で日本に帰すのがとても心配になっています。。。
Commented by レイネ at 2009-04-06 05:33 x
Mevさま、そちらもお疲れ様でした。
いやあ、密度が高くてとっても楽しい3日間でした。ポンドも安いし、今が行き時ですね。5月に「ローエングリン」ですよね。アムスのミュージック・シアターとは全然雰囲気が違うのよ。

セキュリティチェックもなにもほとんどありませんでした。
そうか、ミサイル騒ぎで日本は騒然ですね。困ったわね。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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