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3ヶ国語上演の「トロイアの女たち」

もう1週間前の日曜日の話になるが、息子たちの通う学校で毎年恒例のギリシア悲劇の公演があった。
このあたりはオランダ、ベルギー、ドイツの国境が接している地域なのだが、その3カ国の、ギリシア語とラテン語の授業がある(または必修の)高校が、数校共同で製作・上演するもので、今年で8回目になる。配役は、各校公平に割り当て、台詞はギリシア語ではなく、母国語である。つまり、登場人物がそれぞれ蘭・独・仏語のいずれかで台詞を言い、上演地ごとにその国の言語の字幕が出るのである。こういう風に3カ国にまたがる公演を3ヶ国語で行うことで、EUからの助成金がもらえるというメリットがある。
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中学3年間はギリシア語とラテン語が必修で、高校からはいずれかを選択履修することになるオランダのギムナジウムでは、古典語のほか、古典教養科目として、ギリシア哲学、修辞学もしくはギリシア悲劇の履修も必修である。高2の長男のクラスで哲学を選択したのは5人だけ(なんでそんなの取るの?)、プレゼンに効果的な修辞学の方がまだ人気があるが、それよりずっと楽しいのはなんといってもギリシア悲劇のクラスであろう。そのクラスの生徒達が中心となって毎年公演を行うのである。
今年の演目はエウリピデスの「トロイアの女たち」だった。
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わたしがギリシア悲劇に本格的に出会ったのは、高校1年のとき日生劇場で観た、蜷川幸雄演出、平幹二郎主演(!)の「王女メデイア」であった。感受性の強い若い頃に、古典中の古典を蜷川さんの演出で、出演者は全員男性という特異なプロダクションで、ギリシア悲劇を初体験できたのは幸運だったといえる。これを観てしまったために、それ以後のわたしの舞台芸術への関心・嗜好が決定してしまったくらいインパクトのあるものだった。衣装も豪華で(辻村ジュサブロウだったか)、今から思えば、多分にバロック的に大仰で毒々しくも華やかな舞台だった。

「トロイアの女たち」は、大学時代、英国人劇作家Edward Bondの The Womanを読む授業で、エウリピデスのとサルトルのとを比較しつつ精読した。いずれも、トロイ戦争末期、トロイの陥落を背景にした戯曲で、敗国の女たちの悲しい宿命を描いたものである。

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ギリシア悲劇をよく読み、それを上演するということは、古典理解のための正統的なアプローチだ。そんなことができる高校生がうらやましい。息子たちの高校では、毎年夏休みに2週間ギリシャでキャンプしながらギリシア悲劇を演じるという臨海学校のイニシアティブをとっている。これには、ヨーロッパ在住の17~22歳までの青少年なら誰でも参加できるというのが売り物である。いいなあ、もう少し年齢の上限を上げてくれないかなあ、それとも炊事係として参加してもいいくらいだ。(それとは別に、高3になると修学旅行をかねて2週間ペロポンネソス半島を回る旅をする。)
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今回の公演も、高校生の芝居だからといって馬鹿にしたものではない出来で、公演回数も各国各地を回るので数回あり、ちゃんと入場料も5ユーロ取るのだから、それ相応のレベルに仕上がっている。オリジナルの音楽と高校生による専属楽団による演奏付きである。
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ヘカベやカッサンドラ、ヘレナなどトロイ戦争に巻き込まれた悲劇の女たちの嘆き、という、高校生には演じるのが難しいだろう題材を正統的に料理していた。現代への読み替えなどする必要はない。普遍的なテーマなのだから、おもいっきり古代ギリシアらしい衣装とデコールで演るのがよろしい。演技だけで勝負するのだ。そして、その熱い息吹は観客にもよく伝わったのだった。
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by didoregina | 2009-03-17 23:24


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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オランダ在住ですが、国境を越えてベルギー、ドイツのオペラやコンサートにも。
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