サラ・コノリーとFBOのコンサート@コンセルトヘボウ   私を泣かさないでください

憧れのコンセルトヘボウ・デビューである。いや、出演するのではなくアムステルダムのコンセルトヘボウでのコンサートに行くのが、はじめてなのだ。その記念すべきデビュー・コンサートがサラ様のであるというのは、運命的なものを感じる。気が高ぶり、表現が大げさになってしまうことに、ご容赦のほどを願いたい。

サラ様は、先週までバルセロナのリセウで「ポッペアの戴冠」でネローネ役を歌い演じていた。
長丁場のオペラであり、体力・気力ともに消耗したはずだ。その1週間後にアムステルダムでリサイタルを行うというのが心配の種だった。
2年前、あのマレーナ様も「ポッペア」のすぐ後に予定されていたリサイタルをキャンセルしてしまった、という苦しい経験を持っている。サラ様にはその轍を踏まないでほしいと毎日祈っていた。
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アムステルダムのコンセルトヘボウは中央駅から遠い。家から片道3時間かかるので日帰りは無理である。前半だけ聴いて帰るか、泊まるところを確保しなければならない。この件は、バロック好きのオランダ人の知人と同行しホテルの部屋をシェアすることで解決したが、これは大正解だった。コンセルトヘボウに程近い閑静な通りに面したホテルは、アムステルダムには非常に珍しくコスト・パフォーマンスが高かった。
そして、もし前半だけで帰っていたら、大変後悔したであろうことが当日になってわかったのである。

もう一つの心配の種は、着ていく着物である。
サラ様にはどちらかというと衣装の趣味がよろしくない、という定評がある。
あまり豪華な着物を着ていって釣り合いが取れなかったら、サラ様に恥をかかせることになる。
考えた末、白いホールの美しさに似合って、重ね着のできる着物を選んだ。黒の泥染め縞大島と白黒の弁慶格子の羽織の組み合わせに決めた。
これも正解であった。

伴奏を務めるのはフライブルク・バロック・オーケストラ(FBO)で、コンセルトヘボウのサイトに載っていたプログラムを見ると、ヘンデルの歌曲の合間に前奏曲などを入れて、後半にテレマンの「ターフェル・ミュージック」を演奏するかのような印象を与える。
しかし実際は、前半が「アグリッピーナ」と「ジュリオ・チェーザレ」、後半が「アリオダンテ」をメインとし、それらの合間に楽曲を入れているのだった。サイトを信じて、前半だけで帰ってしまっていたら、一生後悔してもしきれなかったであろう。
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「アグリッピーナ」を歌うサラ様の衣装には目を疑った。
胸のぐっと開いた黒のミニ・ワンピースの上に黒のミニ・トレンチ、その裾がバルーン状になっている。足元は黒のブーツである。
髪型は肩につかない程度で、軽やかに毛先を外向きにカールさせていて、全体的にシックなシティ・カジュアル・ルックでスタイリッシュと言ってもいいほどなのである。
L'alma fra le tempesteと Ogni ventoは、だから女性らしさのあふれる、しかし抑制の効いた身のこなしで歌ってくれた。熟女の貫禄・余裕である。ただ、高音になると弱音になりがちだった。

「アグリッピーナ」から2曲歌った後、サラ様だけ退場し、衣装を着替えて再登場。
宝塚のオスカル風に凛々しく変身したので、会場から思わず大きな拍手と歓声が出た。サラ様は胸に手を当てるしぐさの会釈で歓声に応えた。
ネービーブルーの胸もとまでぴっちりとダブルの金ボタンをかけた、膝丈のジャケットの下には、白とブルーのストライプのブラウス、ズボンに乗馬靴のようなブーツで、衣装から男性役になりきっているのだ。
髪型も、すこしサイドを後に流してフェミニンになるのを押さえ、真っ赤だった口紅はちょっとダークに落としてそのかわり、アイライナーできりりとした目を強調していた。
こんなディテールが分かる、かぶりつき真正面の席だったのだ。視覚的にはこれ以上は望めない位置である。表情の変化も全て見ることができる。
シーザーになりきってVa tacito e nascosto と Al lampo dell'armiを歌ってくれた。
最近の舞台や録音に多いスピードとは異なる、サラ様独特の緩やかなテンポである。力強さを女声で出すためにはテンポを速めたほうが手っ取り早いかもしれないが、威勢だけよくなってしまう。ゆったりと情感を込めるのがサラ流である。低音の魅力がほとばしる。

そして、休憩の後が、この晩のクライマックスであった。
「アリオダンテ」のScherza infidaは、イントロが長く、その間サラ様は役柄に入り込もうと表情を硬くして集中している。その蒼ざめたような表情を見ている私のほうもその世界に引き込まれそうなほどのすさまじい吸引力である。歌う前からこうなのであるから、歌を聴いたら、もう、彼女と私だけの世界に入っていた。
カサロヴァの歌う映像が英語訳の字幕つきなのでここで紹介したい。こういう内容をサラ様に歌われたらどのように感じるか、想像してもらいたい。
サラ様は歌う時に表情を崩さない。その端正な顔のままこの内容を歌い不実をなじるのだ。こちらは涙が出てきても仕方がない。



それから、Dopo natte, atra e funestaで速度を上げ一気にクライマックスであった。歌い終わったとたん「ブラーヴァ」の掛け声と心からの割れるような拍手に口笛で、聴衆は熱狂気味であった。

アンコールは、もしかしたらSe in fioritoじゃないかなあ、と期待していたのだが、このコンサート・レポをすでにアップされたMevrouwさんも書いている通り、「リナルド」から「私を泣かせてください」。
おなじみの曲なので、みんな大喜びである。しっとりとして余韻の残るアンコール向けのよい曲だ。

この晩のコンサートを一言でいうなら、サラ様「私を泣かさないでください」であった。
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by didoregina | 2009-02-22 11:05 | バロック | Comments(12)
Commented by sarahoctavian at 2009-02-22 21:06 x
レイネさま、最初から最後まで一部始終のレポートをありがとうございます!まるで私もその場にいるような錯覚におちってます。Mevさまの第一報共々この報告書は私の宝物。彼女のテアトリカルな舞台を細かい表情や服装などまで間近でしっかりご覧になれて最高でしたね!私も夢を見させていただきました。アンコール曲は、そうね、チェーザレDVDのなかで彼女の魅力が一番出てた(と私は思ってる)Se in fioritoも素敵だったろうな~。この間のマリヤーナ様のとき歌ってましたが、ついコノリー様のと比較しちゃって・・。しっとりとしたLascia chio piangaで余韻がいつまでも残ったことでしょう。アグリッピナ・アリアで高音が弱かったのは、彼女元々そうなのか、それともウォーミングアップのせいだったのか・・?
Commented by Mev at 2009-02-23 04:50 x
レイネさま。
ほんとに丁寧な解説をありがとうございました。
このコンサートを客席で共有できたのがとてもうれしゅうございます。
それにしても、あの広いホールの隅まで響き渡る透明な声。すばらしかったですね。
ほんと前半で帰られることにならなくてよかったですねえ!

アグリッピナははじめなので、あえて軽く歌ったのかしら、と、私は思っていました。

Commented by レイネ at 2009-02-23 08:20 x
sarahoctavianさま、無理して行ってよかった!と心から思えるコンサートでした。ただ、コンセルトヘボウは写真撮影厳禁なので、こっそり撮るのもはばかられ、ベストな位置だったにもかかわらず、1枚も撮れませんでした。
サラ様は、歌うときの表情をコントロールする訓練が完璧で、眉間にしわを寄せたり、口をゆがめたりすることが全くなく、ずっとクールなままでした。オーバーアクションしたりしないのが彼女らしいと思えました。
最初、高音が弱いなと感じましたが、後半は滑らかでした。喉の調子が悪くて高音が出にくいという印象ではなく、パワーを温存していたのだと思います。
Commented by レイネ at 2009-02-23 08:32 x
Mevさま、あの拍手とスタンディング・オベーションは、絶対皆心からのものだと思えましたよね。オランダのコンサートの終わりではいつでも必ず全員立つので辟易しています。価値のないコンサートでもそうなので、単なるご苦労様の意味なんだけど。この悪習慣は改善して欲しいと思います。

コンサート・プログラムを買わなかった(もらえなかった)ので、記憶に頼って書いてしまいました。間違いがあったら教えてね。
Commented by アルチーナ at 2009-02-23 10:05 x
レイネさま、至福のひと時を味あわせていただきありがとうございます。
Scherza infidaはいいですよね。こんな曲で不実をなじられたら堪りませんよね。それも端正な表情を崩さずに・・なんて!!別にMじゃないですけど・・
うーーん、でも本当にレビューを読むにつけ・・
オペラも良いですけれどリサイタルも歌手の良さや世界観が出ていいモンですね。
本当にご馳走様でした。
Commented by レイネ at 2009-02-23 21:52 x
アルチーナさま、チケット代52ユーロ50セントは、リサイタルにしてはちょっと高いな、と最初思ったんですけど、その価値はありました。(Mevさんは、割引で買えたようです)
お気に入りの歌手の場合、その人の本当の持ち味がわかるリサイタルはいいですね。
お気に入りと言えば、オランダ人古楽系ソプラノのヨハネット・ゾーマーが、ブリュッヘン指揮18世紀オケのバッハ「ロ短調ミサ」で歌うんです。アムステルダム、ロッテルダム、ユトレヒトだけで平日夜なので行けません。。。彼女はABOの「マタイ」ツアーでも歌う予定だったことを知りました。。。
Commented by Mev at 2009-02-23 22:49 x
そうですっ!レイネさまに割引キャンペーン教えてもらって、ちゃっかり安くチケット買えたのです。ほんとに感謝しています!!ブログを通じて、いろいろなことを教えていただいたり、楽しい情報を得られたり、ありがたいなあと思っています。

そうそう、教えていただいたKlassieke Zakenのサイトにプログラムが演奏順で載っていました。
Programma
G.F. Händel:uit de opera Agrippina:Sinfonia in g
aria "L'alma fra le tempeste" / aria "Ogni Vento"

G.Ph. Telemann:Suite en slot van Tafelmusik

G.F. Händel:uit de opera Giulio Cesare
aria "Va Tacito" / aria Al lampo dell'armi"

G.Ph. Telemann: Concert in E

G.F. Händel: uit de opera Ariodante:
Ouverture in g / aria "Scherza infida" / aria "Doppo Notte"

私もプログラム買っていませんが、上記通り演奏されたと思います。レイネさまのご記憶どおりですね。

Commented by レイネ at 2009-02-24 00:05 x
Mevさま、感謝!です。Klassieke Zakenのサイトに載ってるんですね。コンセルトヘボウのサイトに載ってたプログラムは曲順がめちゃくちゃなだけでなく、コンサートの翌日にはもう消えていて、困っていたんです。
Klassieke Zaken、雑誌の方は読んでるんですが、サイトも結構充実してるのね、知りませんでした。
あの薄っぺらいプログラムが3ユーロなんて高すぎる、と思って買いませんでした。(オランダに住んでますからね)タダの飲み物はいただきましたが。
Commented by sarahoctavian at 2009-02-24 00:31 x
わたし、コンサートにも行ってないのに、ここ数日「金ボタンのオスカル・コノリー様」熱にうなされて、他のことに気が回らない状態です(っというのは大げさかな?)。ネットでコンサート評探してますが見つかりません。そのKlassieke Zakenのサイトでは?むむ、オランダ語ではお手上げですが、もしどこかの新聞などで発見したら教えてくださいまし!彼女のコンサート、それもバロックものはこれからもそう頻繁にはなさそうだし、まったくもって貴重な夕べでしたよね。
Commented by bonnjour at 2009-02-24 07:25
レイネさんの祈祷が効いて(?)無事にコンサートが開催されたのですね、よかった!詳細なレポート、ありがとうございます。当日の着物の選択もバッチリだったようで、さぞかしホールの雰囲気を盛り上げたことでしょう。

「Scherza infida」は、「森熊」バージョン(マッチョなお顔に似合わず甘い声)と「フィリップ王子」バージョン(これがまた可憐で...)を持っているのですが、オスカル・サラ様に目の前で「不実な女よ、戯れるがよい(Scherza infida)」なんて歌われたらしびれてしまって再起不能でございます。ナクソス・ミュージック・ライブラリーに入っている、この曲のサラ様の録音(HANDEL: Heroes and Heroinesというアルバム)をこれから聞いてきまーす♪



Commented by レイネ at 2009-02-24 08:46 x
sarahoctavianさま、サラ様のコンサート評今のところ見つかっていません。NRC経済新聞では、読者特典バロック・コンサート・シリーズと銘打った優待チケットでこのコンサートも応援していたのに、土曜日夕刊にも本日のにもコンサート評は載っていませんでした。21日のエマールと22日のポリーニのリサイタル評は載せてるのに。
会長も、目をサラのようにして探してください!
Commented by レイネ at 2009-02-24 08:53 x
bonnjourさま、あの歌に対抗する返歌として「オスカル、オスカール、君は心の白バラさ」というのはどうでしょうか。
オランダは花の値段が安いためか、サラ様が劇場から貰った花束も半端じゃない大きさでした。薄いパープルやピンクのパステルカラーの丈の長い小花で作った一抱え以上ありそうな花束で、よろめきそう。私だったら、白バラを一輪だけ贈るのに。


コンサート、オペラ、映画、着物、ヴァカンスなど非日常の悦しみをつづります。


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